闇の中で、臨の身体は電気を帯びて光っている。
今日の電子錠のように、臨は電化製品などを壊してしまうことが時おりある。
スマホだって気を付けないと、彼の持つ力で駄目になる。
でもここは外で広いし、臨は心置きなくその力を使うことができる。だからだろうか、臨を囲う電気の量が半端ないし、空気がバチバチと音を立てている。
化け物は臨の方を向き、シャー! と威嚇しているようだった。
――みゃー……
……?
威嚇の声の裏でかすかに、猫の鳴き声が聞こえた気がした。かなり小さい、子猫だろうか?
どこから聞こえてるんだ?
見回すけれど、暗くてわからない。
この辺りには木が多く、猫が隠れるような場所はいくつもある。
だから野良猫が住みつくわけだけど。
どこにいるんだ、猫?
「猫……化け猫、なのかなあ」
臨が呟く。
たぶん、猫だろう。
じゃあなんで化け猫が現れるようになったんだ?
もうだいぶ薄くなった、僕が吸い上げた学生たちの記憶に何かヒントはないだろうか?
……駄目だ、化け猫の場面しかもう思い出せなくなってる。
僕は今目の前にいる白い化け猫を見上げた。それは、道路沿いの茂みを背にして立っていて、大きさはニメートルはありそうだ。
白く巨大な化け猫は、威嚇してくるだけでそこから動こうとはしなかった。
……てことは、敵意はないんだろうか?
そう思ったとき、化け猫は臨に向けて口から何かを吐き出した。それを臨は横に跳んで避ける。すると、吐き出した液体はアスファルトの地面に落ち、シュウシュウと音を立てた。
……なんだよあれ、酸?
戦う能力なんて持ち合わせてない僕は、さらに後ろへと下がった。
そこで初めて気が付いたけど、心なしか、僕の足は震えている。
当たり前だよな、さすがにあんなの目の前にしたら怖いに決まってる。
そんな僕とは対照的になんで臨は平然としていられるんだよ?
それどころか、化け猫に向かってその手から電撃の矢を放っている。
『ギャッ!』
と、短く化け猫は悲鳴を上げた。
それは首をふるふると振り臨を睨み付けている。
……っていうか、あの猫、僕たちにそこまで敵意はないような気がする。
さっきから猫は茂みから一歩も動かない。
っていうことはあの茂みに何かあるのだろうか?
猫は臨の方を見ている。なら、僕の方には注意が向かない……かな。
僕は化け猫の様子を伺いながら、茂みへと近づいた。
ゆっくりと少しずつ。だけど猫は僕の方に気が付き、威嚇の声を上げる。
『シャー!』
その声を聞き、僕は思わず足を止めた。
そして猫の口から何かが吐き出されたかと思うと、誰かに手を引っ張られた。
「紫音!」
「うわぁ!」
臨に腕を思い切り引っ張られ、僕はよろけて転んでしまう。
見ると、僕が立っていたところのアスファルトはしゅうしゅうと煙を上げていた。
それを見て、僕の背筋を冷たい汗が流れていった。怖い。あんなのをくらったらきっと、ひとたまりもないだろう。
「紫音、何考えてるんだよ?」
呆れと怒りをはらんだ声がすぐそばで響く。
臨が僕を引っ張らなかったら、あの酸の唾液が僕に直撃していただろう。そう思うと恐怖が僕の心を支配する。
だけど、僕は行かないと。あの茂みにはきっと何かある。あの化け猫が守りたいものが。それはひとつしか思いつかなかった。
僕はぎゅっと、拳を握りしめて言った。
「臨、あの猫をひきつけられないか?」
すると、臨は険しい顔をする。
「できなくはないと思うけど、さっきからあの猫、あそこからは動こうとしないから、もし紫音があそこに近づきたいのならそうとう危険だと思うけど?」
そんなことはわかってる。
だけど、あの猫が執着する何かがあの場所にあるのなら、あそこに近付かないといけないだろう。
「臨、あそこにあの猫が威嚇してくる理由があると思うんだ。だから、少しでいいからなんとかならねぇかな」
それはそれで臨が危険かもしれない。
それでも他の被害を出さないようにするにはこれしかないだろう。とにかくあの茂みに近づかねえと。
臨は僕の顔をしばらく見つめたあと、頷き化け猫の方へと振り返った。その手には電撃が絡まりついて、バチバチと音を立てている。
「俺がひきつけている間に、その理由ってやつを見つけろよ、紫音」
言葉と共に臨の手から電撃が放たれ、化け猫の目の前で弾けた。
『……!』
驚いたらしい猫は一瞬ひるんだように見えた。
それを見て、僕は全力で走り出す。
『シャー!』
猫の威嚇する声が響く。
恐怖に一瞬ひるむけれど、僕は走り続けた。
「紫音!」
臨の、切羽詰った声が響き僕の後ろで、ジュ……という音と焦げた匂いが漂ってくる。
「こっちだ!」
臨は再び電撃を放ったらしく、バチバチと言う音が響き渡る。
ちらり、と猫を見ると僕と紫音を交互に見て迷っているように見えた。
その隙に、僕は茂みに入りそして、目的の物を見つけ出した。
怪我をしているらしい、紅く血に染まった白だったであろう母猫と、その猫に縋る四匹の子猫たち。
たぶん、あの化け猫はこの母猫だろう。
母猫はぐったりとしていて、全然動かない。そして子猫たちは懸命に鳴き声を上げている。
僕は猫たちに近づきしゃがみ込むと、動かない母猫に触れた。
母猫は冷たく、硬くなっている。
あぁ、死んでるんだ。
この子猫たちを守る為に、母猫は化け猫となって現れたんだろうか。それとも居場所を知らせたかったのだろうか?
「大丈夫だよ、僕たちは君の子供を傷つけたりはしないから。ここには動物病院があるし、だから……眠って、大丈夫だよ」
母猫を撫でながら僕が言うと、その身体が一瞬、光ったような気がした。
「紫音! 猫が消えた」
臨の声が聞こえ、足音が近づいてくる。
僕は四匹の子猫を抱え、どうしようかと悩みつつ声を上げた。
「臨! 手伝ってくれないか」
「手伝うって何……あ……」
茂みへと現れた臨は、僕が抱える子猫たちを見て、全てを悟ったらしい。
頭に手をやった臨は、一瞬迷った顔をした後言った。
「とりあえず、病院に連れて行こう。動物病院のほうには誰も残ってないだろうけど、大学病院に戻れば誰か、獣医と連絡取れるかもしれないし」
言いながら臨は僕に手を伸ばし、子猫を二匹受け取り抱きかかえた。