真梨香さんのおごりで大学病院にあるレストランで夕食をとり、僕たちは仮眠室で夜を待った。
学生たちが化け物を目撃したのは、夜の九時前位だったらしい。
真梨香さんいわく、八時前に大学近くで自損事故があったそうだ。そして現場が近所だったこともあり、けが人はここの大学病院に運ばれたらしい。
そんな事故の騒ぎの後、彼女らがおかしなものを見たと、大学病院に駆け込んで来たという。
つまり、そのくらいの時間になれば例の化け物を見られるんじゃないのか? というのが真梨香さんの見解だった。
「そういえば、日中警察官が病院を歩いてませんでした?」
僕が尋ねると、真梨香さんは頷いて言った。
「えぇ。自損事故のけが人に話を聞きに来たの。猫を轢きそうになって、ハンドルを切ったら塀にぶつかったとかなんとか聞いたけど」
「猫、ですか」
大学には野良猫が多い。
捕まえて避妊手術をしているらしいが、なかなか減らないと聞いた。
轢かれそうになった猫は無事だったんだろうか?
真梨香さんに聞いたけど、さすがにそれはわからないと言われた。
「それはそうと、ちゃんと確認してよね? 変な噂がたっても困るの。ちゃんとお小遣いあげるから」
バイトじゃなくてお小遣いかよ。
ってことは、真梨香さんが個人的に金を出すって事だろう。
「べつにお金なんていらないですよ」
なんて臨は言ったが、真梨香さんは臨を思い切り睨み付け、
「貴方には出さないとは言わないけど、壊した電子錠の修理費は差し引くからそのつもりでいてよね」
なんて言っていた。
そりゃそうだよな。
大学の備品壊したわけだし。
しかも初めてじゃねえんだもん。
仮眠室は静かだった。
八時半になったら現場と思われる場所に行こう、という話になり僕たちは勉強したりスマホをいじりつつ時間が来るのを待った。
昼は人が多く騒がしい大学構内。
夜となると静まり返り、夕闇が庭を包み込んでいる。
外灯は少なく病院から外に出ると、ぽつ、ぽつ、と灯りは見えるものの全体的に暗かった。
「わかってはいたけど、外暗いね」
臨は視線を巡らせたあと呟く。
「ここ、広いからな。なんだかんだ言って、通りは街灯が多いから明るいもんな」
普段、夜の街を歩いていて闇を感じることは余りない。
それだけ町に街灯が溢れているし、だからこそ、僕は闇に対して恐怖を抱くのかもしれない。
「ねえ、紫音。場所はどこ?」
臨に問われ、僕はスマホを取り出す。
吸い上げた記憶は忘れてしまう。
もうかなりおぼろげになってしまっているので、忘れる前にスマホにメモを書いていた。
「えーと、東の方。理化学部の校舎の方で、道路沿いの茂み」
「じゃあ、けっこう歩くね」
この大学病院から理化学部の校舎まで歩くと五分くらいはかかるんじゃないだろうか。
化け物を見た後、学生たちはきっとがむしゃらに走ったんだろうな。
暗い、暗い庭をゆっくりと歩いて、僕たちは現場へと向かう。
車が走る音などが近づいてきたとき、僕たちは立ち止まった。
道路沿いの茂みに、まるで門番のように大きな白い影が生えていた。
青い瞳を光らせて、こちらを見つめている。
『シャー!』
まるで怒った猫のように牙をむき、その化け物は僕たちを威嚇する。
ってまじかよ。
彼女たちの見た化け物の姿はきっとこれだろう。
化け物なんていない。
お化けなんていない。
そう思っていたのに、現実は小説よりも奇なりっていうのは本当らしい。
臨が僕をかばうように前に立つ。
「スマホはおいて来たし、ここ、広いから気兼ねなく力が使える」
楽しそうに呟く臨の声。
そして、彼の髪がふわり、の浮かぶ。
それを見た僕は一歩、臨から離れた。