ベッドの上でうとうとしてどうにか動けるようになったのは、午後五時を過ぎた頃だった。
その間、臨は僕が寝転がるベッドにもたれかかって寝ていた。
カーテンが閉められているため外の様子は何もわからないけれど、まだ明るいだろうな。
四人の大学生から吸い上げた記憶は、すでにおぼろげだ。
それはそうだ。僕の記憶じゃないから、他人の記憶を覚えていられる時間はとても短い。
妙な、青い目をした化け物。
そんなもの実在するんだろうか?
四人が同じものを見ているのだから真実なのだろうと思うけど……正直信じがたい。
この町は未知であふれている。
一定期間以上住めば誰でもちょっとした超能力が身につくし、人によっては強大な力を手にする。
だから化け物位現れてもおかしくないだろうけれど、いいや、僕はそんなの見たことないし認めねえぞ。
お化けなんていない。
それは真理だと思ってる。
なのに。
六時になって再び現れた真梨香さんの言葉にすべてを打ち砕かれた。
「それで、貴方たちにお願いしたいことなんだけどね」
仮眠室の壁に寄りかかり、私服姿の真梨香さんは寝ぼける臨とベッドに座る僕を見下ろして言った。
「学生たちが目撃した化け物を退治してほしいの」
想像はできていた。
真梨香さんが何を僕らにさせたいかなんて、簡単に予測できた。
とはいえ、僕は人の悲しみや辛い記憶を吸い上げる力しかない。化け物退治なんて不可能だ。
だから、真梨香さんは臨にも声をかけたんだろうな。
こいつは電撃の力を操るから、訳の分からない化け物に対処できるかもしれねえもんな。
「化け物? って、化け物ですか」
臨が声を弾ませて立ち上がり、真梨香さんに近づいて行く。
……こいつ、なんでこんなに嬉しそうなんだ?
真梨香さんは真面目な顔で頷き言った。
「えぇ。昨日の夜、学生たちが目撃したの。庭の、道路沿いの茂みから白い化け物が現れて襲われたって」
「何ですかそれ、超興味あるんですけど」
やべえ、臨がめちゃくちゃ乗り気だ。
「おい、臨。お前信じるのかよ? 化け物とかの存在」
呆れつつ僕が言うと、臨はばっとこちらを振り返り、目を輝かせて言った。
「当たり前じゃないか。俺、都市伝説とか大好きだって言わなかったっけ?」
知らねえよ、そんなこと。初めて知ったよ。
臨と出会ったのは十年以上前だ。そんな様子あったっけ……?
……そういえば、学校の七不思議とか話すとき、妙にテンションが高かったかも知れない。
臨は立ち上がると、僕の隣に腰かけて言った。
「紫音、君は見たんでしょ? その大学生たちが見た化け物を」
見た。白くて青い瞳の化け物を。
でも僕はその見たものの存在を疑っていた。
だってお化けなんているわけがない。怖いから。
「確かに四人の記憶は共通していたし、なんか見たのは確かだろうけどさ……」
「じゃあ、確認しようよ紫音。そうしたら真偽、わかるでしょ?」
テンション高い臨に対して、僕のテンションはダダ下がりだった。
化け物の存在を確認する。
彼女らが目撃した時間は日が暮れていたから、夜まで待たないといけないわけじゃねえか。
充分休んで回復しているとはいえ、僕は乗り気じゃない。
だってお化けなんていないんだから。
「化け物なんているわけねえだろ」
「いるかいないか、直接確認すればいいじゃないか」
嫌がる僕の腕を掴み、臨は満面の笑顔で言う。
だめだ、これ。
この様子では何を言っても無駄だろう。
「お前ひとり……」
「紫音、ひとりで帰れるの?」
そう言われると辛い。
タクシーを使う様な金はないし、自転車で帰るのはまだ無理だろう。
さすがに四人の記憶を吸い上げるのは辛すぎた。
僕は押し黙りそして、小さくため息をついて言った。
「わかったよ、臨。でも僕は、危ないことは一切やらないからな」
諦め顔で僕が言うと、臨はにっこりと笑って言った。
「大丈夫だよ、紫音の事は俺が守るから」