その時、バチバチ、という音が聞こえたような気がして、僕は扉の方を見つめた。
これはあいつが来たってことだろう。
想像通り、現れたのは眼鏡を掛けた癖のある焦げ茶色の髪の友人、臨だった。
こいつは電撃を操る能力者だ。
さっきの音は、この部屋の電子錠を壊す音だろう。
ってなんで壊すんだろうな、こいつ。
「臨」
「やあ、紫音。やっぱりここで寝てると思った」
言いながら、彼は微笑みベッドに近づくと、床に座り込んで僕の顔を見つめた。
「だったら鍵、壊すなよ。また怒られるぜ?」
「だって、皆忙しそうで鍵、借りられなかったんだよ」
僕はこの部屋に入るためのIDを持っているが臨は部外者なので持っていない。だから事務所の誰かからいつもIDを借りるか通りすがりの人に開けてもらうしかないんだが、めんどくさがりの臨は、その力を使って無理矢理電子錠を開けてしまう。
そして真梨香さんに怒られるのが常だった。
「僕は関係ないからな」
「俺は君を迎えに来てあげたんだけど?」
「別に、頼んでねえし」
「そう? 絶対動けなくなっていると思ってわざわざタクシー使ってここまで来たのに。今夜、うちに来る約束でしょ?」
確かに、臨の家に行く約束になっている。
でもそれは、臨が休んでいた日の勉強を僕が教えることになったからだ。
臨はモデルの仕事をしている。
背も高いし見た目が良いからそれは納得できるが、その仕事の関係で学校を休むことがたまにある。
基本学校が休みの日しか仕事をいれないようにしているらしいけど、そうもいかないことがあるらしく。
それで僕がこいつに勉強を教える羽目になったわけだけど。
「っていうかお前が学校休まなきゃいいだけじゃねえか。それにお前、別に僕が教えなくたって教科書見ればわかるだろ?」
「あはは、まあそうかもしれないけど」
否定しねえのかよ。
……今夜こいつの家に行くのやめるかな。
臨は親元をを離れてマンションでひとり暮らしをしている。
血の繋がらない父親と妹がいて、それで家を出た、らしい。
ひとりで生きて行けるだけの収入を得ているため困ってはいないみたいだけど。
「でも約束は約束でしょ? 紫音だって乗り気だったじゃないか」
まあ、確かにそうだけど。
友達の家に泊まるのは特別な感じがする。臨の家には何回も泊まりに行ってるけど。
「まあ、親には泊まり行くっていっちゃってるから行くけどさ、まだ僕は動けねえぞ」
「別にいいよ。それで今日はいつになく顔色悪いけど大丈夫?」
言いながら、臨は僕の頬に触れる。
手が温かい。っていうか、僕が冷たいのかもしれない。
実際臨は首を傾げて、心配そうな顔になる。
「こんな暑いのに、顔、冷たすぎない?」
「そうだな……今日は、力使いすぎたからだと思うぜ」
「使いすぎたってどういうこと」
「四人の記憶を吸い上げた」
僕が言うと、臨は呆れた顔をする。
「四人て、初めて聞いたよ。この仕事を始めて一年ちょっとだよね? いつもはひとりかふたりじゃない。なんで今日はそんな大人数の記憶を消すことになったの」
そう言われるとどう説明したらいいのか迷う。
化け物の記憶を消したって言って、こいつ信じるか?
……信じるか。臨が僕を疑うわけがないから。
僕は今日吸い上げた記憶について喋ろうとしたときだった。
ものすごい勢いで扉が開く音が聞こえた。
「ちょっ臨君! また壊したのね、電子錠! いったいいくらかかると思ってるの!」
声を張り上げ入ってきた真梨香さんは、仁王立ちになり僕らを見下ろす。
臨は真梨香さんを見上げて言った。
「ちゃんと弁償しますから大丈夫ですよ」
「そう言う問題じゃないの! なんで壊すの! もう、いい加減にしなさいよ」
臨がこの部屋の電子錠を壊したのは何度目だっけ。
三回か、四回か。もしかしたらそれ以上かもしれない。
「ちょうどいいわ、臨君、紫音君。ふたりにアルバイトしてもらうからそのつもりでいてよね」
アルバイト?
僕にいったいこれ以上何をしろって言うんだよ?
げんなりする僕とは対照的に、臨は嬉しそうな声音で言った。
「喜んでやりますよ」
これはもう逃げられない。
そう思い僕は心の中でため息をついた。