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第41話 吸い上げた記憶

 その後僕は、真梨香さんに言われるまま、計四人の女子学生の記憶を吸い上げた。

 ふたりめまではまだよかった。

 今までにも経験がある。

 でも三人目から辛くなり、四人目となると気持ち悪さにふらふらになって歩くのもやっとになってしまった。


「仮眠室まで送っていくから」


 そう言った真梨香さんの肩を借り、僕は廊下を歩いていた。

 四人から吸い上げた記憶はすべて共通していた。

 ――外が騒がしかった。

 ――事故でもあったのかな。

 ――大学病院に運び込まれたらしいよ。

 そんな雑談を交わしながらすっかり暗くなった庭を歩いていた四人は、茂みから突如現れた白い不気味な影に驚きその場にへたり込む。

 鋭い牙をむき襲い掛かってきた牙は、後ずさる女性たちを見て追いかけはしなかった。

 何とか動けるようになった女性たちは走ってその場から逃げ出した。

 彼女たちが感じた恐怖が僕の中で渦巻いている。

 ……って、何だよこの記憶。

 化け物? 妖怪? そんなのいるかよ?

 いるわけがない。でも四人が同じ幻覚を見るなんてありえねえよなあ……

 なんなんだよ、この記憶は……


「とりあえず、落ち着いたら話聞かせてね、紫音君」


「え……? あぁ……でも真梨香さん」


 言いかけて僕は口を閉ざす。

 制服警官とすれ違い、僕は不思議に思った。

 警察が病棟に何の用だろうか? 何かあったのか?

 あぁ、そう言えば彼女たちの記憶の中に、事故がどうのって話があったっけ。で、ここにけが人が運ばれたとか……

 ってことは、その事故の事情聴取か何かだろうか?

 まあいいや、そんなことは。僕には関係ないしな。

 階段を下りて関係者以外立ち入り禁止の区画に入り、僕は口を開いた。


「あの記憶、何なんですか?」


「何って、見たんでしょ、紫音君。彼女たちが見たものを」


 見た。というか、吸い上げた。

 だから彼女たちはもう、自分たちが何を見たのか覚えていないはずだ。

 もしかしたら何かのきっかけで思い出すかもしれないけど。記憶と言うのは鎖のようなもので連綿と繋がっていくものだ。

 でも、僕が知る限りそう言う事例は今の所聞かない。

 そして僕はその吸い上げた記憶を忘れ去る。 しょせん人の記憶だし、僕が生きる上で必要のないものだからいつまでも覚えていられない。

 僕は、真梨香さんに支えられながらいつも使っている仮眠室に連れて行かれ、ベッドに横たわる。

 この力を使うといつもこうなってしまう。

 吸い上げた記憶は僕の中でぐるぐると回り、彼女らが感じた恐怖が僕の心を支配する。


「落ち着いたら教えて。話聞くから」


「わかりました」


 真梨香さんが仮眠室を出ていくのが聞こえ、僕は大きく息をつく。

 これが僕のアルバイト。

 真梨香さんが記憶を消す必要であると判断した患者がいる場合のみ呼び出され、僕は求めに従いその人たちの悲しみや苦しみの記憶を消す。

 殺人事件の目撃者。事故の被害者。たいていが重大事件に関わった人たちだ。

 目の前で恋人が自殺した人もいたように思う。

 何人もの記憶を、僕は吸い上げてきた。でも僕はどの記憶もほとんど覚えていない。

 その日の内か、数日で忘れ去る。だから僕はこの仕事を続けられる。

 時給はいいし、おかげで僕が目指す医学部への入学資金や講習資金を稼ぐことができている。

 精神的にはきついし、時には吐くこともあるけれどこれは僕にしかできないことだ。

 友人の臨には色々と言われるけれど。

 でも、今日のはきつい。

 四人もの記憶を一日で吸い上げたのは初めてだ。

 これ、今日、帰れるだろうか。

 自信ねえな……

 彼女らの感じた恐怖が、僕の中にずっと滞留している。

 あの化け物はいったい何なんだよ?

 何かの動物……だよな?

 たくさんの記憶を消してきたけど、あんな化け物の記憶は……初めて、だよな。たぶん。

 僕は寝返りを打ち、吸い上げた記憶の事を考えた。

 この大学の構内に化け物がいる?

 もしそうなら今までに目撃情報とかあるだろう。

 でも僕はそう言う話を聞いたことがない。

 じゃあいったい何なんだよ。わかんねえな……

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