七月の頭。
連日猛暑を記録し、今日も気温は爆上がりだ。
私立の六年一貫校に通う高校二年生である僕は、土曜日である今日も学校だった。
そして来週から期末試験がある。
今日は数少ない友達の臨の家で、一緒に試験勉強をする約束になっている。
午前中の授業を終えて家に帰り、臨の家に行く準備をしているとスマホがメッセージの受信を知らせた。
この音は病院からだ。
私服に着替え終わった後、座卓に放り投げていたスマホを手にしてロックを解除する。
メッセージは思った通り、大学病院に勤める精神科医の高野真梨香さんからだった。
『紫音君、仕事』
それだけ書かれたメッセージで、僕はすべてを理解する。
仕方ない。臨に遅くなると伝えないと。
僕は臨に仕事で遅くなるとメッセージを送ると、泊まりの荷物を抱えて家を出た。
この町、翠玉市に住む人々には不思議な力が宿る。
その理由はわかっていないけれど、一定の期間この街に住めば誰でもちょっとした超能力が身に着く。
その多くは少し物を動かせるとか、無くしたものを探し出すとかその程度だけど、中には学校ひとつ位破壊するような力を持つような者も存在したりする。
そういう強い力を持つ可能性があると認められた子供は、国の機関である総合科学研究所、と呼ばれる研究機関に集められ、検査や実験を行ったりする。
成長するにつれて、そこまでの力が身につかなかった場合は研究所を出て行くことになるためそのメンバーは徐々に減っていき、気が付けば同い年はひとりふたり、なんてことも多い。
僕は、臨とその研究所で知り合った。
臨は電撃を使う強い能力者で、僕は……ちょっと変わった能力を持っていた。
そしてその力を使い、研究所の隣にある大学病院でアルバイトをしている。
着替えの入ったリュックを背負い、僕は自転車を走らせる。
気温はきっと三十五度を超えているだろう。
超暑い。とりあえず帽子は被って来たけど、アスファルトを反射する太陽光の熱の暑さは半端ない。
僕はハンカチで汗を拭いつつ、病院へと急いだ。
土曜日、と言う事もあり大学病院の周りに人影は少ない。
途中、警察が交通規制をしていたけれど何か事故でもあったんだろうか。
そう思いつつ僕は大学の自転車置き場に自転車を停めた。
真梨香さんに呼ばれた場所は、一般病棟の一室だった。
きっとこの「仕事」のあと、僕は倒れるだろうな。
だから僕は、荷物を仮眠室に置いた後指定された病室に向かった。
消毒液の匂いが漂う病院の中。
顔見知りの看護師や医師と挨拶を交わし、僕は約束の場所にたどり着く。
ノックせず病室の扉を開けると、そこには白衣をまとった黒髪おかっぱの精神科医、真梨香さん二十歳そこそこと思われる女性がいた。
彼女は怯えた様子でベッドに腰かけている。
いったいなにがあったのかわからないけれど、僕がやることはただひとつだ。
僕に気が付いた真梨香さんは、微笑んで言った。
「あぁ、紫音君。さっそくだけどよろしくね」
笑って言う事かよ? まったく、他人ごとだと思って無責任だよな。
僕は怯えた目をした女性に歩み寄る。
「あ、あの、この子は……?」
震えた声で言う女性に、真梨香さんは言った。
「さっき話した、記憶を消すことができる子よ。貴方が見た怖い出来事の記憶を全部消してくれるわ」
真梨香さんの説明を聞いた女性は、僕を期待と不安が入り混じった目で見つめてくる。まあ、疑うよな。
「いいの、真梨香さん」
僕は彼女から視線を離さずに言った。
「えぇ、さっさとやっちゃって。後がつかえてるから」
不穏な言葉を聞き、僕はゆっくりと真梨香さんを振り返る。
後が、つかえてる?
不審な目を向ける僕に対して、彼女は満面の笑みを浮かべて言った。
「あと三人いるの。だからちゃちゃっとよろしくね」
……他人ごとだと思って、この人は……!
心の中で悪態をつきながら、僕は女性の頭に触れた。
僕の力。それは、触れた相手の悲しみや辛い記憶を吸い上げて消すことだ。
女性が忘れたい記憶が僕の中に流れ込んでくる。
これは夜の大学構内だろうか。
学生四人で、楽しそうに話しながら暗い庭を歩いている。
なんだか騒がしいけれど、事故でもあったのかな?
そう言えば、なんか大きい音聞いたしパトカーの音聞いたね。
そんな会話をしながら、彼女たちは校門に向かって歩いていた。
その時、茂みの中から白い不気味な影が飛び出した。
その影は何かの獣のようで、目が青く光っていた。
驚いた彼女たちは怖くなって動けなくなり、その場にへたり込む。
その影は女性たちに近づき、牙をむいた。
そこで記憶が途切れ、僕は女性の頭から手を離す。
……って、何だよ今の?
「あ……あれ? なんで、私こんなところに……」
不思議そうな女性の声が響く。
そりゃ、わかんねーよな。
彼女がここにいる理由はその目撃した情報と共にすべて消えたんだから。
戸惑う僕に、真梨香先生がとんでもない言葉をかけてくる。
「あと三人いるんだけど、紫音君、よろしくね!」
……まじかよあんた。
僕は胃のあたりを抑えながら、大きく息を吐いた。