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第33話 大丈夫、だから

 放課後、玄関で臨と待ち合わせて互いの家に寄って、私服に着替えてから山に向かうことになった。

 時刻は十五時半過ぎ。十七時前になれば辺りはだいぶ暗くなってしまうから、山に行くならこのまま向かう方がいいだろう。

 二十二時過ぎに俺たちみたいな高校生がほっつきあるっていると補導されてしまうから、さっさと済ませたい。

 まず臨の家に寄った後、僕の家に寄り着替えてリモを回収して、自転車を押しながら山に向かうことにした。

「なんだかドキドキしますね」

 僕の自転車の前かごに入ったリモが、言いながら尻尾をぱたぱたと振る。

 その様子をすれ違いざまに見た学生らしき女性の集団が、かわいいー、と声を上げて通りすぎていく。

 まあ……今リモは冬毛だしご飯をたんまり食べて真ん丸だから、超可愛いんだよな……

「今日こそ終わりにしたいね」

「あぁ、そうだな」

 ついてくる、と言っていた真梨香さんには結局声をかけていない。

 あんまり人数いると臨の負担になるだろうし。

 臨しか戦う力を持っていないし、僕ひとりなら逃げればいいけど真梨香さんを連れて来てなんかあったら嫌だしな。そう思って何も言わずに決着をつけようって話になった。

 まあこの件の依頼者は真梨香さんだけど、だからと言って現場に連れ込むのはな……

 通りを歩きながら近付いてくる山を見ると、それは巨大な黒い塊に見えた。

 烏が鳴き、風が唸り声を上げて枝を揺らしている。

 山の入口近くに自転車はなかったが、犬の散歩をする人が山から出てくるのが見えた。

 時刻は十六時半すぎ。辺りはだいぶ暗くなっている。

 僕は、首から懐中電灯をさげ、それの電源を入れるとリモを抱き上げた。

 もこもこの毛皮は暖かいが、リモはわずかに震えているようだった。

「お前怖いの?」

 リモにそう声をかけると、びくん、と震えて僕を見上げる。

「そ、そ、そ、そんなことないですよ!」

 そう言ったリモの声がやっぱり震えていた。やっぱり怖いのか。

 山は風が吹くたびに轟音を上げて木々の枝を揺らし、烏の鳴き声を響かせている。

 ここが魔界への入り口と言われたら信じるくらい禍々しい雰囲気を醸し出していた。

 この山には何度も来ているのに、今日は一番怖いかもしれない。

 烏が騒がしく鳴いて羽ばたいているのが見える。

 いったい何羽いるんだろうか。夕暮れの空を舞う烏の姿に恐怖心を抱きながら僕たちは山の中へと入っていった。

 道なりに山を登っていくと、途中でリモがひくひくと鼻を鳴らしてきょろきょろと視線を巡らせる。

 ここはまだ山頂と社の分かれ道よりだいぶ手前だ。

 リモの様子を見て、僕は声をかけた。

「リモ、なんか感じてる?」

「はい……あの、社がある方向から気配がしますが……ちょっと怖いです」

 と言い、ぶるり、と震える。

 やっぱり社の方なのか。分かれ道はもう少し先だし、社までまだ距離があるけどここでも震えるくらい怖い気配を感じるって事なんだろうな。

 日和ちゃんにいったい何があって化け物に憑りつかれたのか。その理由は結局わかっていないけど、今日は、今日こそは決着をつけてやる。

 すっかり日が暮れた山は真っ暗で、今にも何か出そうな雰囲気だった。

 烏の鳴き声と風で枝が擦れる音が大きく響き、一層恐怖感を抱かせる。

 あの化け物がどこからか現れないか、そう思うとリモを抱きしめる腕に自然と力がこもってしまう。

 そんなことがあるようなら、たぶんリモが騒ぐだろうから大丈夫だと思うけれど。

 歩く度に響く枯れ葉を踏みつける音すら恐怖を増幅させる演出に思えてしまう。

 臨と僕で並んで歩き、少しずつ山を登る。

 リモの案内でたどり着いたのはやはり、あの社だった。

 辺りは既に闇が包み、烏の鳴き声と羽ばたく音が不気味に響いている。

 他に生き物の気配は感じない。

 ただ闇がそこにあるだけだ。

 あの化け物は近くにいるのだろうか? 残念ながら僕には何も感じない。風の音さえも僕には化け物が現れる予兆に感じられた。

 彼女は現れるだろうか? 現れてくれないと困るけど……

 リモは鼻をひくひくさせて首をしきりに動かしている。

「日和ちゃんは狐ですから、森の中では危険だと思うんですよ。圧倒的にあちらが有利になってしまいます」

「まあ俺の電撃は直線でしか飛ばないから、広いほうが助かるけど、彼女のあの黒い手はそんなの関係なさそうだから結構厄介かも」

 と言い、臨は笑う。

 その笑顔に僕はどきり、としてしまう。

 死ぬかもしれないって言うのに、なんでこんな笑顔でいられるんだろうか、こいつ。

 僕は手を伸ばして臨の腕を掴み、その顔を見つめて言った。

「お前、死なねえよな」

 それは自分に言い聞かせる為の言葉だった。

 臨を巻き込んだのは僕だ。それで臨が傷つくのは嫌だし何かあったら嫌だ。

 ここまで来て僕の心は揺らいでいる。

 大丈夫だと思いたい。臨は強い。僕が思っているよりもずっと。でも不安はぬぐえなかった。

「紫音」

 臨の手が、僕の頭に触れる。

「心配してくれてありがとう」

 その時、大きく風が吹いた。

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