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第32話 作戦会議

 翌日。十一月二日火曜日の朝がきた。

 明日は祝日だから、山に行くなら今夜か明日だろうか。

 ベッドの上でまだ眠っているリモを起こし、僕は言った。

「リモ、今夜か明日、お前にも手伝ってもらうから」

 ベッドの上にちょこん、と座り大きな欠伸をしたリモは、じーっと僕を見つめた後頷いた。

「わかりました! 日和ちゃんを助ける為なら僕は頑張ります!」

 と言い、ガッツポーズをして見せた。

 朝食を食べ、リモを置いて僕は学校に向かう。

 今朝も寒いな。

 通り過ぎる人々は皆、コートのポケットに片手を突っ込み片手にはスマホを握りめ、背を丸めて通り過ぎていく。

 学校まで十分ほどの道のりを歩いて行くと、途中で臨に会った。

 彼は僕に気が付くと手を振って微笑む。

「おはよう、紫音」

「おはよう。なあ臨、お前今夜時間ある?」

 そう問いかけると、臨は目を輝かせた。

「何か進展あったの?」

「進展っていうか……リモがたぶん、彼女の居場所を捜せるんじゃないかって」

「あぁ、そっか。リモ、怖い気配がとか言ってたからその気配を捜せばおのずと彼女にたどり着けるって事か」

 その言葉に僕は頷く。

「怖い気配の正体が日和ちゃんで、僕らが捜している存在である可能性が高いからさ」

「そうなるとだいぶ楽だね。山の中をあてもなくさまよわなくて済むし」

「そうそう。次、彼女がいつ現れるかもわからないし、人に被害が出てからじゃ遅いからな。早い方がいいかなとは思うんだけど……」

 そこで僕は言い淀んでしまう。

 あの化け物を何とかできるんだろうか。

 そして何とかするのは臨だ。僕じゃない。

 僕の複雑な表情に気が付いたのか、臨が僕の顔を覗き込み笑って言う。

「あれ、俺の心配してるの?」

「あ、あ、当たり前だろ? あんな化け物の相手、することになるんだから」

「大丈夫だって言ったじゃないか」

 確かに臨は大丈夫だって言っているけど昨日のあれを見てからだろさすがに心が揺らぐ。

 でもだからと言って誰かに助けてもらえるわけでもない。

 自分たちで何とかするしかないんだよな。

 警察はあてになんねえし……っていうか下手すりゃ射殺されるよな……

 それは避けたい。

 僕は首を横に振り、

「そうだよな、お前がやられるわけねえよな」

 と、自分に言い聞かせるように言った。すると臨は僕の肩に手を回し、抱き寄せてくる。

「ちょ……!」

「紫音は大丈夫なの、身体が震えてるけど」

 耳のすぐそばで言われ、俺は顔を真っ赤にして臨に腕から逃げ首を振って言った。

「お前何すんだよ! 僕にそんな趣味はねえって言ってるだろ!」

「嫌だなあ。俺は紫音の心配をしているだけだよ」

「ぼ、僕は大丈夫だっての! だって僕は戦えるわけじゃないし……」

「でも、紫音になら彼女を救えるじゃない」

 救える。

 意味が分からず目を見開いて僕は臨を見る。

「ねえ紫音。日和ちゃんがどういう状況なのか詳しいことは分かんないけど、もし全部憶えていたら不幸じゃないかな。猫を襲ったり、化け物と化した姿を初芝さんに見られてさ」

「あ……」

 臨が何を言いたいのかすぐに悟る。

 そのことは初芝さんとも話したし、頼まれたっけ。

 もし日和ちゃんが記憶を消すことを望むなら、だけど。

「だから紫音、俺が彼女に憑りついているものを倒すから紫音は彼女を救ってあげてよ」

「か、彼女が望むならな」

「そうだね。彼女の戸籍のことや病院の事は根回ししたし、これ以上被害を出さないためにも早く憑りついてるやつを倒さないとね」

 そんな話をしている間に学校に着いた。

 生徒たちは各々話をしながら玄関に吸い込まれていく。

 昨日化け物を目撃して襲われたのに、日常は変わらずやってくる。

 これって現実なんだろうか、って思うけどこれ現実なんだよな……

 この事件が終わったら、普通の日常に戻るんだろうか。

 ……そんなことなさそうな気がする。

 僕の日常は少しずつ崩れていくんじゃないだろうか。

 僕は来年受験生だぞ……

 そう思い、僕は小さく息をつく。

 昼休み。

 中庭にあるベンチに腰かけて臨と作戦会議をしたものの、これ、という案は出なかった。

 あの黒い手で攻撃できること。

 たぶんあの手は日和ちゃんに取り憑いてる何かのものだろう、てこと。

 初芝さんがいるとたぶん日和ちゃんには逃げられるので、彼には伝えないでおこう、という話になった。

「この力であの化け物を引きはがせればいいんだけど。使い方間違えると感電死させちゃうからなあ」

 と、臨が物騒なことを言う。

 普段触られても、静電気で痺れるくらいだけど、本気の電撃を喰らったら……そうか、死にかねないのか。

 シャレになんねえ力だな。

 でもその力がなければ、あの化け物に対抗できない。

「日和ちゃんが死にかければ離れるかもだけど、それはリスキーだよねえ」

「流石にそれはやべばいだろ」

 半眼で臨を見つめて僕は言う。

「電撃って、まっすぐにしか飛ばないんだよね。電撃の網とか作って捕縛できればいいけど、やったことないしなあ」

「お前、突拍子もないこと言うよな」

 電撃の網って、その発想は正直なかった。

 臨はポケットからスマホを取り出すと僕に押し付け、両手を前にかざす。

 するとその手の間に電気の網が出来上がり、臨の髪がふわり、と浮かぶ。

 ……できるんだな、網って。

「この大きさならできるんだけど、大きいものが作れるかが分かんなくて」

「わかんないってどういうことだよ?」

「だって、そこまで大きい対象を相手にした事なんてないから、やったことないんだよね。人間相手に使ったら、下手すると相手は死ぬし」

 あ……そうか。

 この電撃がどれくらいのボルト数か知らないけど、どこかのネズミのキャラの技みたいに何万ボルトとかだったら死ぬか。

 ……絶対、臨を怒らせないようにしよう。

「さすがに研究所でも、人相手に容赦なくこの力を使ったことはないんだよね。戦闘訓練みたいなのは何度も受けてきたけど、本気で力使う様なことはしなかったからさ」

 戦闘訓練、と言う言葉が飛び出し、僕は目を瞬かせて臨を見る。

 総合科学研究所の目的は、この異能を科学的に分析、研究することだと言われている。

 実際僕は、幼い頃に何人もの被験体に会わされて記憶を消す実験をしたけれど、他の子たちがどんな実験を受けてきたのかは知らない。

 臨と知り合って十年以上経つが、研究所での出来事はなんとなく触れちゃいけないような雰囲気があって聞いたこともないし聞かれたこともなかった。

「戦闘って……」

 絞り出すような声で僕が言うと、臨は小さく首を傾げて言った。

「だって、俺の力は破壊でしか役に立たないからね。戦う以外に何するの?」

 ……ここ、日本だよな……うん、日本だ。

 思わず自問自答してしまう。

 この日本で、警察でも自衛隊でもないただの高校生が戦闘訓練受けるってどういう状況だよ……?

 政府はこの能力者を戦闘員にでもしたいのか?何の為に? 戦争? それとも今僕たちが遭遇しているような化け物退治の為?

 考えても分かんねえか。

 でも臨はそれを疑問に思っていないみたいだし、っていうかこいつ僕と相当感覚違うんだな。

「まあ……そうなんだろうけど……」

「昔はなんでこんな痛いことしてるのか意味わかんなかったけど、今はあの訓練、やっといてよかったって思うよ」

 なんてことを笑顔で言い、臨は手を下ろした。

「僕の知らない所でンなことやってたのか」

「まあ、あそこって人体実験やってるからね。紫音だって色々実験してきたんでしょ? 人によっては薬飲まされたり、身も心もボロボロにさせられることもあるらしいから」

 ……またこいつ、さらっととんでもないこと言った……?

 僕は思わず両手をぎゅっと握りしめる。

 子供の頃消してきた記憶の中にどんなものがあったかなんていちいち覚えていないけど、臨の話を聞いていると胸がざわつく。

 もしかしたら僕は、その身も心もボロボロにされた子の記憶を消してきたかもしれない。

 大人もいたし子供もいたと思う。どの人も虚ろな目をしていたよな。

 ……いいや、考えてもわかんねえからやめよう。

 今僕が、研究所に疑問を抱いたとしてなんになる? 今すべきは、日和ちゃんを救って化け物退治して、猫を襲うのをやめさせることだ。

「次は逃がさないよ」

 と言い、臨は僕の腕に絡みついた。

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