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第30話 理由

 「日和ちゃんと最後に会ったのっていつですか?」

「六月だよ。彼女と会う日はいつも満月だった」

 臨の問に初芝さんは即答する。

 六月っていうと、五か月前か……

 けっこう経つよな。

 リモいわく、日和ちゃんはいつもご飯をくれる初芝さんに恩返ししたい、みたいなことを言っていたらしいし。

 恩返しってなんだったんだろ?

「彼女と会ったのは三回で……その内二回は店で話をしただけなんだけど……」

 そして初芝さんは下を俯いてしまう。

「店で話したのは本当に他愛のない話だったんだ。その穏やかな時間が楽しくて。最初、彼女はここで働かせてほしいって言ってきたんだ。でも俺は断って。人を雇う余裕はないからね。そしてまた二回目に来たときもそんな事を言っていて……でもそれは無理だから、また来てここで話が出来たら嬉しいって俺が言ったんだ。そして三回目に会ったとき……」

 三回目に会ったとき……関係もったって事か。

 あー、僕はそう言う話苦手なんだよな……考えただけで恥ずかしくなってくる。そもそも誰とも付き合ったことないせいもあるんだけど。

 三回会っただけでそんなことすんのか? だめだ僕にはわからねえよ。

「正直変わった様子とかはなかったし……満月の夜にしか現れなかったな、って言うのも後で気が付いたしね。まさか人じゃないとは思わなかったよ」

 下を俯いたまま語る初芝さんの声は、意外にも冷静なものだった。

 愛した相手は人じゃなかった。

 それってどういう感情なんだろうか。

 僕は恋愛事が苦手だしよくわからないけど、ショックなんじゃねえのかな。でも、昨日初芝さんは記憶を消すのは望まないみたいなこと言っていたよな。

 愛した相手が人でなくても、っていうか化け物と化しても愛せるのか?

 しかも相手を救う手だてを自分は持たなくて、誰かを頼るしかねえ状況で。

 たぶんもどかしいんじゃないだろうか。

 臨の方をちら見すると、彼は顎に手を当てて何やら考えているように見えた。

 こいつまたなんか言い出したりしねえだろうな。

 なんか冷や冷やすんだよな。

「六月に最後に会って……化け物が目撃されるようになったのは九月位だっけ」

 と、臨が呟く。

 臨がSNSで見つけた女性が化け物を見かけたのは、確か九月ごろだった。それより前の目撃情報はなかったな。無いだけでどこかで何かを襲っていたのかもしれねえけど。

「餌が見つからなくなって下りてきたとか?」

「狐ってうさぎとか肉食だよな……」

「鳥とか昆虫も食べますよ! 冬はご飯が取れにくくなるので人里に下りてくるんですよ。それで去年の冬、おいらたちお腹すいてさまよってて、そうしたらマスターさんに会ったんです!」

 水を飲んでいたリモがぱっと顔を上げて、尻尾を振りつつ言った。

 妖怪もご飯食べないと生きていけないのか……リモ、うちでがっつり食ってるな、そう言えば。主にドッグフードだけど。

「それで恩返しをしたくて人の姿で会いに来たのか。そして人と恋に落ちて……」

「お願いだからそれ以上言うなよ臨」

 僕は臨の言葉を遮る。すると臨は僕の方を見て目を瞬かせて不思議そうに言った。

「俺たち健全な高校生なんだから、これくらい普通の会話じゃないかな」

「かも知れねえけど僕は苦手なの! っていうかお前がいっつもそう言う話してきても僕は逃げるだろ?」

 言いながら僕の顔が熱くなるのを感じる。

 最近は化け物の話題ばかりだけど、普段、臨は誰と寝てどうのこうのって話をしてくる時がある。

 しかもこいつは特定の相手を作らねえし、男同士でも気にしねえから、僕はその手の話題にげんなりしているんだ。

 あー、ほんと駄目なんだよ、僕。大人が付き合って何するかなんてわかってるけど、無理なものは無理なんだ。

「だから別に平気かと思ってたけど」

 涼しい顔で言い、臨は頬杖をついて僕を見る。

「平気じゃねえよ」

「そうなんだ。で、初芝さんはその日和さんと寝たわけでしょ? それきり姿を現さなくなったっておかしくないかな」

「お、おかしいって何がだよ」

「どういう経緯があったのかわからないけど、そう言う関係になるってことは互いに好意を持ってるってことだと思うんだよね。だからその後も会いに来るんじゃないの? でも全然会いに来ない。ってことは来られなくなった強い理由があるんじゃないかな。化け物になってしまったからなのか。それとも別の理由なのか」

「何だよその理由って」

 僕が問うと臨はうーん、と呻った後ぱっと表情を明るくさせて言った。

「妊娠したとか?」

「だって人と妖怪だろ? そんなこと……」

 呟き僕は言葉を飲み込む。

 そんな昔話いくらでもあるか。

 里見八犬伝だって犬と人だし。

「妊娠しただけなら会いに来るもんじゃねえの? なんで来ないんだよ」

「人じゃないからでしょ。ふつうの人ならそれを伝えたところで問題ないだろうけれど、彼女は妖怪だからね。戸籍もない彼女が初芝さんと一緒になれる?」

 そうか。昔ならどうとでもなるだろうけれど、妖怪が人として生きていくとなると戸籍とか問題になるか……公的に彼女が存在することを証明する手段がないと、生活に支障をきたすよな。

 っていうか妖怪と人間の間に生まれた子供はどうなるんだ? 出生届けとかどうやって出すんだ?

「……えーと……ふたりとも俺を置いてけぼりにして色々と想像しているみたいだけど……」

 遠慮がちな初芝さんの声が響く。

 僕たちがばっと初芝さんの方を見ると、彼は困惑した顔でこちらを見ている。

 そして気まずそうに頬を掻きながら言った。

「その可能性はその……妖怪云々を抜きにすれば無くはないかなっていうか……俺が気にしているのはそこ、何だけどね」

 と、言い淀んでしまう。

 あー、なんか話しにくそうだったのはそう言う理由なのか。

 つまりは妊娠するようなことになったって事か……ってあー……恥ずかしさで僕、初芝さんの顔見てらんねえや。

「本当に妊娠していたらどうするんですか? 相手は妖怪だけど」

 僕が俯くと、臨の試すような言葉が響き変な汗が背筋を流れていく。

 初芝さんはなんて答えるんだろうか。

 もし彼女が妊娠していたら?

 妖怪と人の子が幸せになんて暮らせるだろうか。

 社で出会ったおばあさんが言っていた、天狐の伝説。

 天狐は人と結ばれて、めでたしめでたしで終わっている。その先は何も伝説は語っていない。

 天狐が降りた時代は今ほど戸籍とかどこに誰が住んでいるかなんて言うのは、そこまで管理されていないだろう。でも今は違う。

 人が管理されている社会だ。

 そう簡単に妖怪と人が暮らしていくなんてできないだろうし、ましてや妖怪は人より長く生きる。それって幸せなのか?

「色々と考えて答えなんて出ないけど、それでも俺は彼女を、起きていることの結果を受け入れたいって思うよ」

 初芝さんの声に揺らぎを感じなかった。

 そこまで人の事を想えるって僕には信じらんねえけどこの人、本気なんだな。

「だって、紫音。そうしたらねえ、俺たちはお願いしに行こうか」

 言いながら臨の手が僕の肩に触れる。驚き僕は彼の方を見て言った。

「え? あ、だ、誰に」

「病院の院長と研究所の所長に。ねえ知ってる? コネと権力はこういう時に使わないと」

 と言い、臨はにやっと笑った。

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