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第22話 記憶

 なんとか仮眠室にたどり着き、貸与されているIDで仮眠室の扉を開ける。

 中に入ると、リモと臨が何やら話をしていたけれどそんなものに構ってはhさいられなかった。

「おぉ! 紫音さんお帰りなさい!」

「紫音……?」

 リモが弾んだ声で言った後、臨が不審そうな声で言う。

 僕はふたりに構う余裕はなく、靴を脱ぎそのままベッドへとなだれ込んだ。

 あー、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 臨が斬った幽霊の姿とさっき吸い上げたあの男性の記憶の女性の姿が重なり、僕の感情がぐちゃぐちゃになっていく。

 同じかもしれない。でも違うかもしれない。

 あの幽霊は何も語らなかったし、あの男性も何も話さなかった。だから幽霊とあの女性が一緒であることを証明する手立てはない。

 僕が吸い上げた記憶の中で、女性の死に顔が生々しく映し出されている。

 血にまみれた、青白い顔。男性の方も重傷だったけど生き残った。たったひとりで。

 哀しみの中で彼が生きてきたことはよくわかる。

 この記憶だってしばらくすれば僕の中から消えてしまうだろう。

 彼は知りたかっただろうか。彼女が何を思って亡くなったのか。

 いいやでも、彼は忘れることを選んだのだから知っても仕方ないか。

 事故の記憶を消すのは初めてじゃない。

 家族を失った人の記憶を消すのも。

 あの幽霊は本当に未練なんてなかったんだろうか。

 あの男性は未練ばかりの記憶だ。

 あの時あの道を通らなければとか、もっと伝えたいことがあったのにとか。そんなこと彼の想いが僕の中で渦巻いている。

「紫音、飲み物買ってこようか」

 背中から臨の心配げな声がかかり、僕は頷いた。

「じゃあちょっと行ってくるから、ID借りるよ」

 立ち上がる気配がしたあと臨が近づいてくるのがわかる。

 僕は重い腕を動かしてIDをポケットから取り出し、振り返り臨へと差し出した。

「紫音」

 名前を呼ばれたかと思うと、手が頭に触れる。

 驚き彼を見上げると、臨は微笑み俺から手を離すとその手を振り、

「すぐ戻るから」

 と言って、背を向けて扉のほうへと消えて行った。

 扉が開く音と閉まる音が響いた後、ひょい、とリモがベッドに乗ってきて僕の顔を見つめた。

「ずいぶんと辛そうですが大丈夫ですか?」

 その問いかけに僕は何も言わず、腕を伸ばしてリモを掴みその身体を抱き寄せた。

「おお?」

 数時間後か、明日かわからないけれど吸い上げた記憶は忘れ去る。

 でも忘れるまでが辛い。

 しかも今回の記憶は僕が出会ったことのある幽霊の関係者かもしれないから、もしかしたら忘れ去ることはできないかもしれない。

 幽霊のことを思い出すたびに、今日の記憶を思い出すはあり得る。

 残された側はこんなにも後悔の念を抱いているのに、死んだ側は残されたものに何も感情を抱かないものなのだろうか。

 答えなんてでるわけないか。他の幽霊を僕は知らないし。

 そんなことを考えていると、リモがもぞもぞと動き喋り始めた。

「紫音さん、僕はたくさんの出会いと別れを繰り返してきました。人は寿命が短くて、大人になって戦争で死んじゃった子もいます。小さいうちに死んじゃった子も」

 それはそうだろうな。

 長く生きればそれだけ別れの数が増えるのだから。

「僕もすべての人を覚えてるわけではないですが、皆と遊んだのはとても楽しかったですよ。皆死んじゃった事実は哀しいですけど」

 哀しいと言いながらも、リモの声は楽しそうだ。

 僕はまだ身近な人の死、以外経験したことがない。

 でもリモはたくさんそういう経験をしているんだな。僕には想像ができないけど。

「僕は覚えてないんだ。消した人の記憶なんて。なんでその人が記憶を消したいと望んでいるのかも知らないし、聞いたことがない。でも今日の記憶は……僕はもしかしたら忘れられないかもしれない」

 それは僕にとって拷問のようなものだ。

 他人が忘れたいと望んだ記憶を僕が覚えていて何になる? ただ苦しいだけだ。

「僕には忘れたい記憶、っていうのが理解できませんが、でもそうしないと人は生きていけないんでしょうね。昔、人に聞きましたが人は二度死ぬと聞きました。肉体が滅んだ時と、人の記憶から消えたときと。紫音さんは辛い記憶や哀しい記憶を消すことで生きた人を救っていますね。死んだ人はもう、死んだらそれっきりなんですよ。幽霊さんになる人もいますが、何も変わりませんし何も生み出せません。でも生きた人は何だってできますから。えーとなんだっけ……」

 何を言いたいのかわからなくなったのか、リモは首を傾げる。

「とにかく! 人は忘れん坊です。紫音さんにとってその記憶がいらないものならたくさんの楽しい記憶に埋もれてきっと消えていってしまいますよ!」

 死んだらそれっきり、か。確かに死者は何も生み出せないし、何もできない。でも生きていればたくさんの思い出と記憶を作ることができるし、忘れたいことは忘れ去る。

 生きていくうえで必要のない記憶など、消え去るものなのだから。

「楽しい記憶か……」

「はい! 紫音さんは生きている人間ですし、まだお若いですからきっとたくさん楽しい記憶ができますよ! だから大丈夫ですよ!」

 リモはリモなりに僕を励まそうとしているのだろうか。

 人の記憶を吸い上げた後、辛くなるのはいつもの事だ。

 いつもなら猫の写真で上書きして早く忘れるようにするのに、猫惨殺事件のせいでそれもできない。

「リモ」

「なんでしょう?」

 言いながらリモは僕を見る。

「いてくれて助かったよ」

「おお! そう言っていただけると嬉しいですね。僕も紫音さんに出会えて嬉しいですよ。人とおしゃべりするのは楽しいですし。日和ちゃんも見つかるといいんですけどねえ。ぜひ紫音さんと会わせたいです」

 噂の日和ちゃん。

 狐の妖怪。

 狐の住む社。人と結婚したと言う伝説。

 この事件に狐は深く関わっているんじゃないだろうかと思う。でも、確証はない。

 満月の夜に僕たちが捜している化け物に会えるだろうか?

 いったいどういう相手なのか。

 次の満月までに集められる情報はできるだけ集めなければ。

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