拙の名はハッカ・クラマハクコ
白狐の魔人でござる
魔王オレガ様に仕える十二魔人が一人
拙は今深刻な問題に直面している
それは力不足
かつての戦いで拙が不甲斐ないばかりに、仲間の魔人も、オレガ様も守れなかった
ひとえに拙の未熟さが招いた結果にござる
「拙の糧となってくだされ、そこな武人よ」
拙は愛刀痕滅(こんめつ)を向き合う相手に向ける
「なんだ? 狐獣人か? まるで東方の国のような装いだが、俺と戦いたいって言うのか? 腕試しならやめておけ、俺はAランク冒険者でな、これでもそこそこ名が通ってんだ。爆撃殲王のザンクウと言えば分かるだろう?」
「無論、知ってのこと。我が研鑽のため、いざ、いざ!」
拙の愛刀痕滅には刃がない
相手を殺さず倒すのが拙の心情にて
それが、あの時の悲劇を招いたことは百も承知
あの子供を生かして返さねば、勇者となって戻ってくることもなかったのだからな
だがそれでも、拙は信念は曲げぬ
相手を殺さずして心を折る
「拙の名はハッカ。ザンクウ殿、尋常に!」
「おう、分かった。やってやろうじゃねぇか」
ザンクウ殿は好戦的な性格で、戦いを好む傾向にあると聞き及んでいる
そして実力もSランクに近いA
復活したてのこの身としては、申し分のない相手
「烈火撃滅、大鳳斬(だいほうざん)!」
「なんと手刀で斬ると申すか!」
ザンクウ殿の手刀を痕滅で受ける
「何だその刀は、なまくらじゃねぇか。なんで刃がねぇんだ」
「殺さぬため」
「はんっ! 甘っちょろいやつだな!」
手刀が幾度となく振り下ろされ、薙ぎ払われるが、それをいなし躱し、一撃の隙を伺う
その筋骨隆々の巨躯からは考えられないほどの速度ではあるが、見えぬほどではござらん
「何だ見えんのか? ならもう少しいけるな」
さらに動きが速くなる
「ホラホラホラァ! 守ってばっかじゃその刀、砕けちまうぜ!」
「心配ござらぬ。拙の愛刀はしなやか故。そして」
さらに速度が上がるザンクウ殿の攻撃をかわし、その動きの癖を掴んで隙を捉えた
「一突鬼(ひとつき)」
ザンクウ殿の急所、みぞおちを正確に捕らえた突き
常人ならば三日は目が覚めまい
常人ならばでござるが
「へっ、やるじゃねぇか」
「なんと、渾身の突きを・・・」
「頑丈なんでな。だが、めちゃくちゃ痛ぇ」
「拙の剣術は守るため故。守り、護り、一撃のもとに敵を打ち倒す剣でござる」
「そうか、俺じゃなったら今のでやれてたかもな。それと、甘っちょろいとか言って悪かったな。こっから本気だ。爆撃の二つ名、見せてやるよ」
手刀の構えから拳を握り、構えが変わる
「爆砕烈拳、弾!」
視界から、消え
ドゴォ!!
訳も分からないまま背中にとてつもない衝撃が走り、メキメキと骨が悲鳴を上げる
「線!」
一筋の線が走ったかと思うと、体のいたるところに爆裂を受けたかのような衝撃が走り、口から鮮血が吹き出る
「グガァ!、ゲフッ、はぁはぁ」
「どうした? その程度だったのか? だったらてめぇ、期待外れだわ」
「まだ、まだでござる。拙はもう失わないために、強くあらねばならぬ、故、すまぬ、解放するでござるよ」
尾の一本を解放し、拙は力を増す
「朧狐(おぼろぎつね)」
相手の目に拙は何重にもぶれて見えているであろう
高速で動くザンクウ殿も目でとらえた
「霞三閃」
拙の剣技が決まると、ザンクウ殿は白目を剥き、倒れた
その巨体故に地面が少し揺れる
「感謝にござるザンクウ殿、拙はまた一つ強くなれた」
「おんやぁ? ザンクウやられてんじゃーん? お兄さん強いねぇ、あたしとやんない?」
全く気配がなかった
拙の真横から、まるで突然そこに現れたかのように女性が一人立っていた
糸目に軽装の花のような御仁
「ザンクウってばうちでも速い方なんだけどねぇ、つってもあたしに比べたらまだまだ」
「失礼、拙の名はハッカ。あなたは?」
「あたしはカセン。冒険者クラン、疾風のメンバーだよ」
蘇り、しばらく旅をし、この時代の情報収集をしていた時、何度か耳にしたクランの名でござるな
まさかザンクウ殿がそのクランに所属していたとは知らなかったが、そうか、大手クランの、ザンクウ殿よりも速い御仁が、出て来てくれたか
「どう? 一戦」
「無論!」
拙は再び刀を構える
一つ解放された尾はそのままでござる
彼女の速さに、及ぶであろうか?
「んじゃ、いくね」
案の定視界から消える
出現位置を感で予測したが
キィイイン
「へぇ、やるじゃん」
「予測は当たってござったか」
真横に現れ、ナイフによる一撃を防いだが、次も防げるとは限らない
冷や汗が頬を伝って落ちる
その瞬間また彼女が消えた
「ふふ、こっちだよ」
後ろから声がし、振り向いた時にはすでに胸に手の平があたっていた
「烈風掌」
みぞおちに重い衝撃を受け、拙は吹き飛ばされて壁に打ち付けられた
「うーん、反応はいいね。まだまだ伸びそう。お兄さんうちでもっとその力伸ばしてみない?」
「う、ぐぅ、拙が、疾風に?」
「うん、もっと速くなりたくない?」
「非常に魅力的なお誘いにござるが、拙は速さが欲しいのではござらん。この手で守れる力が欲しいのでござる」
「そっか、残念。でもお兄さんならいつでも歓迎。これ、渡しとくからさ、いつでもうちのクランにおいでよ」
クランへの紹介状を渡すと、彼女はザンクウ殿を抱えて視界から消えた
あの巨体を軽々と支えるでござるか
まだまだ力の底が見えぬ
一方その頃赤の山にて
「ハッカのやつまだ戻ってねぇのかよ」
「そうみたいね。これはオレガ様を守るための武者修行にござるとか言って出て行ったきり何の音さたもないわね」
「っち、オレガ様が一番苦しんでるってときにいねぇでどうすんだよあのアホ!」
クーミーンとアロエラの二人は、未だ戻らない城にいない他の十二魔人たちに怒りをあらわにしていた