あっしはがたがた震えながらミンティとあの男との戦いを見ていた
あんなの、どう戦ってもあっしには勝てない
かつての勇者との戦いの中、あっしは操る魔物や人間達の影に隠れてた
でも勇者はそんな人間達の洗脳を光の力でやすやすと解除し、魔物を倒してあっしの元にまでたどり着いた
あっしが戦えないと見るや、彼は悲しそうに微笑んで去って行ったけど、後続の人間達に掴まって、あっしは殺された
勇者は確かに強くて、怖かったけど、あっしはあっしを殺した人間達の方がはるかに怖かった
拷問にかけられ、辱めを受け、四肢を先端から切り刻まれ、生かさず殺さずじっくりと殺された
だからあっしはヒト族が怖い
あいつらは魔人よりも悪感情が強くなる
でも、それでもなお、あの男が見せたあの力よりはましだった
あれは悪感情なんて生易しいものでは片づけられない何か
悪意そのものなのか? それとも・・・
「ともかくあっしはもう、ここから出ない。もう死にたくないし、怖い思いもしたくない」
あっしは部屋にカギをいくつもかけて、さらに深く、深く、引きこもった
アネモネが進化してから数日が経ったが、未だにカズマが帰ってこんのぉ
わしはアネモネに魔法を教えながらカズマのことを考えていた
得体のしれん力を持ってはいるが、あやつの行動理念は仲間のため、人のためという善性
やつが魔人にした者たちも善性が大きく表に出ていることから、やつの影響を受けていると推測される
かく言うわしもかもしれん
これほどまでに穏やかな気持ちになったのは母ティフォンと共にあったころ以来じゃな
あやつは包み込むような優しさを持っている
「よし、いいぞアネモネ。お前もかなり魔力をコントロールするのが上手くなったもんじゃ。回復のスキルに至ってはわしの魔法を上回るかもしれんぞ」
「本当ですか師匠!?」
「うむ、まあ攻撃魔法の方はまだ魔術の域を出てはおらんが、かなり洗練されてきておる」
「これからも精進します!」
「では今日はこれまでじゃな。飯にするぞ」
「はい!」
こやつ結構きっつい修行してたんじゃが、なんか元気じゃの
進化してから魔力が有り余ってるとか言っておったし、行幸行幸
「今日は岩石ガニの焼き、炊き込みご飯、お味噌汁ですよ」
「ほほぉ、あの硬い甲殻をさばいたのか?」
「はい、旦那様から頂いた包丁を使いましたら、こんなに簡単に」
うわぁ、あやつ聖剣レベルの包丁ばっか作ってるのぉ
もはや鍛冶師としての腕前は神話レベルなんじゃなかろうか?
この岩石ガニの甲殻はダイヤよりも硬い
ミスリルやオリハルコンとまではいかんが、通常の包丁では甲殻が切れないため、普通は関節の間の柔らかい所から刃を入れて捌く
ちなみに高級食材じゃ
この辺りでは赤の山に近い川に生息しとる
「さぁ食べましょう」
席に着くととんでもない量のカニ料理が置かれた
そして20分ほどで全て平らげてしまった
「ゲフゥ、うまかったぞ」
「ケプッ、ですねぇ」
平和じゃぁ
もう赤の山におる魔王とかどうでもいいわぁ
どうせあやつヒト族滅ぼす気なんかないじゃろ
昔のままならばじゃがな
そして食後に風にでもあたろうと外に出たときのこと
嫌な魔力の、いや、この力は魔力なんぞではない
禍々しい、あの気配じゃ
カズマ、お前何があったんじゃ?
あの時カズマが見せた力の気配が、エルフどもの里からここまで流れてきおった
アネモネも気がついたようで、わしの横で震えておる
「大丈夫じゃアネモネ。わしが守ってやるからな」
恐怖で顔が引きつっておるが、わしが肩を抱えてやると少し収まったようじゃ
カズマ、お前はその力のことを理解しておるのか? いやそもそもじゃ、自分の本当の力を知っておるのか?
この世界のものではない。断じてない
そういえば、母から聞いたことがある
遥か遥かな昔、転生者や転移者と呼ばれる不思議な力を持った者達がいたことを
じゃがそんなもの数万年も前の話じゃぞ?
神代の頃の話じゃ
この世界の神は力を失い、今では世界を維持するので精一杯
それ故に神の力を分け与えられた神獣たちが管理しておる
わしの母もそうじゃった
今ではアルビオナのやつがその力を受け継いでおるがな
それと神狼フェンリル、神鳥フェニクスか
他にもおるらしいがわしは知らん
会ったことのあるのはその二匹だけじゃからな
ふぅむ、いずれカズマの力については調べねばならんと思っておったが、こうも頻繁にあの力を振るうならば早くせねばならんな
それに・・・
アルビオナとわしの母の仇でもある存在
アレのこともある
魔王が蘇ったのは恐らくアレが関わっておるんじゃろうな
あの時も姿を見せなかった
じゃが確実におる
わしが怒りに飲まれ、邪竜となったのも元をただせばアレが裏で糸を引いておったのかもしれぬ
悠長なことをしてはおれんのかもしれんな
「アネモネ、もっと強くなれ、わしを倒せるほどに」
「? あの、それは一体どういうことですか?」
わしは答えず、カズマのいる方向をただ見つめた
もしアレがカズマの力を利用すれば、この世界は消滅するじゃろう
アレの目的が何であるにせよ、あの優しいカズマにそんなことはさせとうない
わしが、アレの所在を明かし、討つ
姿さえわからぬ敵じゃ。わし自身の命を懸けて戦う必要もあるじゃろう
そうなればカズマを守れる者が、いなくなる
アネモネやファンファンを、鍛え上げなければ
力の流れがようやく収まり、アネモネを安心させ、わしらは家へと戻った