目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第70話

 ギリギリでミンティの足による突き刺しを避けると、俺は剣でその足を斬った

 ガキィイン

 まるで鋼鉄でも斬ったかのような手ごたえに、思わず剣を取り落としてしまう

 そこにまた足の突き刺しが迫った

 避けられない

 思わず顔を背けると、ドチュッと音がした

「あ、うぐ・・・。大丈夫か?カズマさん」

 イリュウの胸部分を、ミンティの足が貫いていた

「あ、ああ、これ、私・・・」

 ミンティは足を引き抜くと、頭を抱える

 そして糸の切れた人形という表現がふさわしいほどに力が抜け、倒れ込むイリュゥ

「イリュゥ!」

 俺はすぐに駆け寄って彼女の様子を見るが、胸にぽっかりと開いた穴は、彼女がもう長くないことを示していた

「そんな、イリュゥさん!」

 フェナンも駆け付ける

「ぐ、うぶっ、あ、フェ、ナ」

 もう目が見えていないのか、彼女の手は空を掻き、そのままだらりと落ちて、彼女の呼吸がヒュゥと漏れ出て、こと切れた

「イリュゥさん! イリュゥさん!!」

 いくら呼ぼうとも、彼女の目が再び開くことはない

 こうなれば俺のポーションでも回復は不可能だ

 死者は、蘇らない

 ミンティのような死霊術は死者の体を使って魂を定着させるものだが、それは黄泉がえりとは違う

 俺はミンティの方を見る

 彼女はまだ頭を抱えていた

 イリュゥと出会ってからまだ一週間と少ししか経っていないが、彼女はこんな俺にとても親切にしてくれていた

 母親である細工職人のラーニアさんにも良くして貰っていた

 俺はイリュゥの亡骸を地面にそっと寝かせる

「なぁ、なんでこんなことをするんだ?」

 俺は、ミンティにそう問うた

「私は、私、は、ただ、数千年前に、虐げられた魔人と、魔王様のため、私は間違ってない! ヒトを殺したのは初めてだけど、私は・・・。私は、あああ、ぐ、があぁあああ!!」

 急にミンティの目が赤く染まり、再び襲い掛かって来た

 俺はフェナンにイリュゥの遺体を運ぶように言い、剣をもう一度構えた

 やれるやれないかじゃないんだ

 今やらなくちゃ、いけないんだ

 ありったけの薬品を飲み、身体を強化して挑む

 が、俺はあっさりと蹴り飛ばされて宙を舞った

 薄れゆく意識の中、ファンファンの叫びが聞こえる

「ウオォオオオオ!! よくも俺の旦那様を!」

 その直後、グチャッという音が聞こえ、俺の意識も消えた


 ✕✕✕ス、スキる、キルキキキキキルルス、キギギギ

 ザ、ザザザザ・・・

「まったく、こうももどかしいこともない」

 ザ、ザアアアア

「そこの女、死にたくなければ下がっておれ」

 ザザ

「ああうるさい! ノイズが走る」

 ザァアア

「上誕せよ、黄泉平坂」

 ふむ、結果は上々

 カズマめ、もう少し早くわらわを呼び出せばよいものを

 いや、これは違うな

 意識が途切れたことで強制的に呼び出されたか

 この前と同じだな

「さて、そこで死した耳長と、潰れた鬼か? 魂はまだそこにある。ならば戻せばよい」

 魂を掴み、死した肉体に戻す

 簡単なこと

 わらわにとって死などあってないようなもの

 カズマ、八百万に愛されし者よ

 そなたはわらわの子らが愛した故力を貸すのじゃ

 耳長と鬼は、ふむ、もう息を吹き返したか

 楽な仕事よな

 さて、あとは子に任せるか

「母上」

「頼んだぞ。須佐」

 子に託し、わらわは再び黄泉へ

「託されたからには全霊を持ちて迎え撃とうぞ。怒りに喰われた哀れな魂よ」


 カズマさん、一体何が起こっているの?

 あの体、あの力は一体・・・

 恐ろしい、まるでこの世界の力ではないみたいに

 イリュゥとファンファンはその力のおかげで助かったけど、なんて禍々しい力なの

 死者蘇生を可能にするなんて、神話の魔法じゃない

 本当に、カズマさん、あなたは何者なの?

「黄泉返し」

 カズマさんが口を開き、その口から、カズマさんのものではない声が出る

「あ、イギャァアアアアアアア!! あっあっあっ、痛い、痛い、痛い、痛いぃいい!」

 突然ミンティが叫び転がり、もがき苦しみ始める

「痛い、痛いよぉ! 助けて、アロエラ、クーミーン、痛い、オレガ様、ごめんなさい、痛い、私、役に、たて・・・」

 そして、ミンティは灰になって消えてしまった

「魂を贄にした秘術か・・・。許せ少女よ。その魂はもはや還ることはない。今はただ祈ろう」

 カズマさんはミンティを滅ぼしたその手で祈り、そのままあの恐ろしい気配が消えた

 そしてカズマさんは意識を失って倒れ込んでしまった

 私は今起きた出来事にどう対処していいのか分からず、ただ茫然としていた


「嘘だ、嘘だよね? あの子が、秘薬を使ってまで、成そうとしたことが、こんなあっさり」

「アロエラ、あいつを殺せばいいんだよな?」

「待ちなさいクーミーン。今行けば、こっちがやられる。あの力が何なのか分からない以上手を出せば」

「分かってるよそんなこと! だけどよぉ、ミンティは、俺たちのこと、姉だって。生まれたときから、俺たちの後をついてきて、それで・・・」

「う、ぐぅ、ミンティ、私達の可愛い、妹」

 二人の魔人は、ミンティの最後を見届けると、魔王への報告のため赤の山にある城へと帰って行った

 その背中からは、悲しみと、怒りと、復讐に満ちた怨嗟が漂っていた


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?