くそ! 俺が、俺がもっと警戒してれば、ファンファンは攫われずにすんだのに!
悔しさで拳に血がにじむほど握りしめる
「カズマさん・・・。申し訳ありません! 私達が、弱いばかりに」
「いや、君たちのせいじゃない。魔人の方が上手だったんだ」
ファンファンの消失は、俺の心に大きな穴を開けた
今すぐにでも赤の山に行きたいところだが、族長から止められた
「敵は魔人だけではありません。ファンファンちゃんを連れ去ったのは恐らく、セリという洗脳を得意とした魔人です。戦闘能力は皆無ですが、強力な洗脳によって、心を変えてしまうのです。そう言った魔物も数多く、あそこには生息しているのです」
族長は俺の話から、魔人の推測を立ててくれた
「心を変える?」
「はい、自分は心からその魔人に仕える者だと思い込まされるのです。ただ、セリの洗脳によって配下になった者は自我は保っていません。いうことを聞く人形になるはずなのです。それが、ファンファンちゃんは自我を保っていたとのことですね?」
「はい」
「ならばそこに、ファンファンちゃんを戻す隙があるかもしれません」
族長はさらに話を続ける
「セリに操られた魔物は、元に戻ることはありませんでした。最後までセリの配下としての役割を全うするのです。とは言ってもセリもいたずらに命を失わせることはありません。しかし一度戦いとなれば、セリに洗脳された魔物たちは通常以上の力を出して戦ったと言われています。恐らくファンファンちゃんも・・・」
「あのファンファンが、さらに力を」
鬼人形態になったファンファン、いや、小鬼状態だった時も、おれでは絶対に勝てない強さだった
鬼人のファンファンとなると、恐らくこの里の強いエルフたちが束になっても勝てないだろう
「あいつを取り戻すにはどうすればいいんですか?」
俺は冷静を装いつつも、言葉には怒りが込められていたと思う
族長の優しい顔が、険しくなる
イリュゥとフェナンに至ってはなぜか怯えている
「落ち着きなさい。方法は、あるはずです。必ず」
族長は長い袖部分から本を一冊取り出した
ずいぶんと古く、ところどころが破れている
「これは、聖女リアラス、わたしのおばあ様が記した日誌です。ここには魔王幹部たちの情報が記されています」
ページを開く
「ヒュプノシスのセリ、そしてもう一人いたのは恐らくこの魔人、ネクロのミンティでしょう。ミンティは、魔王と同じく魔人を作り出せる力を持っています。魔王と違って薬品でですが。研究者としての側面が強いですが、その強さはSランクの魔物と同等かそれ以上かもしれません」
「あの小さい子、そんなに強いのか・・・」
ファンファンだけでも絶望的なのに、Sランクの魔人がまだ複数いるという
族長が俺が飛び出していくのを止めた理由が分かった
「でも、能力や特徴が分かっただけでもありがたい。それなら対処の方法はある」
セリに関しては戦闘能力はない
それならセリにたどり着ければ勝利だ
逃げ足なら自信があるし、気配遮断薬もある
「これだけ分かれば上出来です」
俺は本に書かれた魔人たちの情報を漏らさず手帳に書き記した
「では、行きます」
「待ってください! 一人では危険すぎます!」
「私達も共に!」
「イリュゥさん、フェナンさん。あなたちを危険にさらせません。これは、俺の家族を取り戻すための戦いです。ついてこないで下さい。それと、ラーニアさんにお礼を伝えておいてください」
「行かせません! 私達を連れて行ってくれるまで放しませんよ!」
二人は俺の腕を掴んで引っ張る
しかしその二人を引きずりながら俺は族長の家を出た
馬鹿な
本気で足止めしているのに、びくともしないだと!?
私とフェナンとでだぞ!?
「待ちなさい。これを」
追いかけて来た族長が、俺に指輪を渡した
「これは?」
「輪環の指輪です。運命の巡りを与えてくれると言われている、おばあ様の形見です」
「そんな大切な物をなぜ俺に?」
「分かりません。ですが、これを渡すべきだと思ったのです。それが運命だからなのでしょう」
どういった効果があるのか分からないが、材質はミスリルだろう
何かは分からないが、優しい魔力がある
「ありがとうございます。それと、この二人を放してもらえませんか?」
「イリュゥ、フェナン」
「しかし!」
「覚悟をきめられているのです。それにカズマさん。あなたは死にに行くわけではないのでしょう?」
「ええ、もちろんです。勝算のない戦いは、あまりしない主義なんで」
こうして二人を引きはがした俺は、赤の山へ向かう準備を整えると、ファンファンを取り戻すために旅発った
「族長、彼は」
「ええ、自分の力が、あの魔王すらを凌ぐということを、全く理解していないのでしょう。知らせるべき、分からせるべきなのかもしれません。が、下手に彼の力を刺激しない方が良いのかもしれません。けれど、あの方はきっと、私達リアラスの子孫と魔人との因縁を、より良いものとしてくれるでしょう。輪環の指輪が、彼に反応していたのですから」