アネモネ聖女への道
治療院へとやって来た私は、死屍累々の光景を見て少し吐きそうになりました
傷が化膿していたり、両手がない方や、内臓をやられてもう長くない方もいます
「依頼を受けてくださった治療師の方ですね! こちらです。すぐに治療が必要な方が数人いるのですが、優秀な治療師があの戦闘で亡くなったり、怪我をして動けなかったりで、人手が足りなくて・・・」
戦いでは治療師がまっさきに狙われたそうです
普通のオークならばそのような考えに至ることはないのですが、あの時のオークは知識と知恵を持っていました
治療師がいれば倒した相手も復帰してきます
だから戦争では治療師や回復魔法が使える魔導士が最初に狙われるのです
こういった知識は本に書いてありました
そこかしこでうめき声をあげている人たち
依頼人は彼らの家族でしょう
早速私は重要な器官を損傷している人から治し始めました
私のこの力は魔法ではないためイメージが余計に大事になってくるようです
魔法ではないのですが、根本的なところは同じだと、アルク師匠は言っていました
「こちらです、お願いします!」
治療院の看護師さんに案内されたところには、体の半分が吹き飛んでいる方、全身が焼けただれている方などがいて、治療院の方の魔法でなんとか生きながらえている状況です
なるほど、この依頼書に書かれている急募というのは、本当に切迫した状況のようですね
「一番危ない方は?」
「こちらの冒険者さんです。しかしこの方は依頼書にないのです・・・。ですので依頼の方を優先してください」
その冒険者さんは両目を失い、下顎と右半身がぐちゃぐちゃになっていました
私はすぐにその方の治療を始めました
想いを力に変えて、願う
「これはっ! こんなに強力で早い治癒魔法、初めて見ました!」
治療院のお嬢さんが何か言っていますが、私は治療に集中します
内臓やの潰れた目すら治せたのは、ひとえに本を読んでいたおかげでしょう
旦那様が様々な本を所有していたため、その中に人体解剖図もあったのです
構造が分かっていたが故の再生です
「どんどん治します。重篤な方からお願いします」
「は、はい!」
次は両足を吹き飛ばされた戦士の方
傷口が化膿していて敗血症になっています
すでに内臓が機能不全を起こしているので、死を待つばかりです
まずは体内から毒素を全て抽出します
願い、乞い、そして実現する
毒素は塊となって傷口から吐き出されました
「こんな魔法、見たことないです。そう言えばアルクさんのお弟子さんと聞きました。あの方なら私達の知らない魔法を知っていそうですものね」
あの方は、いったい何をしでかしたのでしょう?
師匠とは言え、私自体はあまり目立ちたくないものです
旦那様が、目立つのを嫌っていますから
「ふぅ、あとは腐りかけている臓腑を治して、足を再生させます」
内臓は慎重に治さなければなりませんから、神経を使います
しかし無事に治して足も再生
次に移ります
次から次へと運ばれてくる患者たち
その方たちを私も次から次へと治していく
「はぁはぁ」
「大丈夫ですか? 少し休憩されては?」
「いいえ、私はこのくらいこなせるようにならなければいけないのです。あの方のお役に立つために」
最後の一人
もう魔力がきれそうですが、剣が握れなくなったこの方のため、祈りを捧げます
「おお、俺の動かなくなった指が、動く。ありがとう、ありがとう」
依頼含め、治療所にいた57人全ての方を癒し終わりました
もう限界です
寝ます
「ぐー」
「ちょ、アネモネさん大丈夫ですか? アネモネさん! アネモネさーーん!」
治療院の方に運ばれる気配がします
治療が終わって帰って行った方が寝ていたベッドに寝かされたのでしょう
深い眠りについてしまいました
ふーむ、なかなかおらんな
む、あれは・・・。違うなまどろっこしい
この辺りにおるはずなんじゃが
まずわしが来たのはレッサーキマイラが出没した銀狼の荒野
大昔にわしと銀狼フェンリルが戦った場所じゃな
懐かしいのぉ。あいつ今何しとるんじゃろう?
死んでないはずじゃからこの世界のどっかにおるはずなんじゃが
まあそんなことはどうでもよい
周囲の気配を探ると、いたいた
「さてと、レッサーキマイラなんぞ雑魚中の雑魚じゃからな。一応討伐の証拠を取るんじゃったな。レッサーキマイラは通常のキマイラと違ってライオンの体に蛇の頭しかついとらんが、まあ魔石でも持って帰ればよいか
見つけたレッサーキマイラを殴り殺し、魔石を取って次じゃ
一撃じゃ一撃
弱いのぉ
次に来たのはアースリザードのおるいざないの風穴という洞窟
ここには昔サイクロプスが住んでおったが、すっかり生態系が変わってしもうとる
うむ、わしのせいじゃな
かつてのわしが魔力が溢れておったから、サイクロプスどもがあてられて死んでしもうた
しばらくは生命が栄える場所じゃなかったが、どうやらどこぞの聖女か何かが浄化したらしい
街の図書館でそんな話を見た
勇者の横におった聖女とは違うみたいじゃな
さて、アースリザードは、奥の方か
素早く洞窟の奥を目指し、目当てのアースリザードを見つけると、睨んで気絶させ、ナイフでとどめを刺してから皮を剥ぐ
ふむ、綺麗にできたな
さて最後じゃな
これが一番の問題じゃ
握力の力加減、出来るかのぉ
来たのはエドラ村という少し発展した村じゃ
ここでは屈強な男たちがマッドゴートの乳を搾ってチーズを作っておる
依頼書によると、その男たちが魔物に襲われて怪我をして、乳を搾れなくなってしまったそうじゃ
ふむ、ついでじゃからその魔物、倒しておくかのぉ
村に着いて村長に話を聞く
どうやら魔物はチーズの匂いに引きつけられてきたらしく、巨大なネズミ魔物だという
このあたりででかいネズミと言えば、ラットベアーか?
ベアーと付いているがネズミじゃ。ただ熊並みにでかくて凶暴じゃがな
まあその程度の魔物なら指一本で消し飛ばせるじゃろう
レッサーキマイラより弱いからな
「わしに任せろ!」
村長は目を輝かせてよろしくお願いしますと言った
ふむ、人間なぞ塵芥にしか思っておらんかったが、なかなかどうして、感謝されると胸のあたりがムズムズするのぉ
ネズミを探す
まあわしの力ならすぐ見つけられる
早速おったおった
村から少し離れた木々が生い茂る森
そこにのんきに寝ておるな
一瞬で移動して目の前に出現
寝ておるところ悪いが、デコピンで駆除した
その死体を持って村に戻る
「ほれ」
「え、あの、早っ」
村長は驚きのあまり語彙力を失った
固まってる村長は放っておいて、わしは依頼をこなした
ふむ、力加減もなかなか。この体にもようやく慣れてきたようじゃ
依頼も終えて村長のお礼も聞かず早々に街へと戻り、依頼の達成報告をした
はて、これだけ時間があればアネモネの方も終わっておると思ったんじゃが、まだ帰って来ておらんのぉ
まあAランク昇格を待っておる間には帰ってくるじゃろうて
しかしその日、アネモネは帰ってこなんだ