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第36話

 意識を失っていた

 俺は、また失ったのか?

 悔しさに周囲を見ると、ルカが必死にファンファンの傷口を嘗めていた

「ファンファン! アネモネ!」

 二人を見ると、どちらも意識を失っているが、辛うじて息がある

 念のため持ってきておいたポーションを飲ませると、二人共呼吸が安定した

 もう大丈夫そうだ

 この前何とか出来た中級ポーション

 骨折や内臓の損傷くらいなら回復できるはずだ

 二人の顔色も戻って来た

 俺は二人を担ぐと周囲を見回す

 オークはいない

 どうやら死んだと思ってとどめを刺さずにどこかへ行ってしまったのだろう

 それにしても喋るオークか、進化すれば知能も上がり、しゃべる個体もいるらしいから、あれもそうだったのだろう

 俺は悔しさに唇から血がにじむまで噛む

 二人を守れなかった

 こんなひどいけがを負って、命の危機に瀕した二人

「すまない二人共。俺は、お前たちの家族失格だ」

 そう言ったところでアネモネが目を覚ました

「だ、旦那様。そんなことは、ありません。わたくしは見ていました。旦那様の強さを。旦那様のおかげで、わたくしたちは命があるのです」

「でも俺は何もできなかった。オークを目の前に足がすくんで動けなかった」

「それでも、立ち向かってくれました。わたくしも、主様も、旦那様を守るのが生きがいなのです。旦那様の家族になれて、とても嬉しく思っています」

 アネモネの言葉に俺は自然に涙を流していた

 俺は、こいつらの家族でいいのか?

「う、ぐ」

 ファンファンがむくりと起きあがる

 どうやらポーションが効いたようで、フラフラながらも立ち上がった

「よ、よかった、カズマ生きてた。守れた? 違う、俺は守れなかった・・・。ごめんカズマ! ごめんんんん!! うわああああん」

 大泣きするファンファン

 俺は彼女を優しく抱きしめた

 俺は強くはなれない

 それは理解できている

 それなら、俺なりに彼女たちを守る手段を、二人を支援できる手段を模索しないと

 俺は決意を固めて二人の強化のため、研鑽と研究を重ねることを心に決め、二人とルカと共に家へと戻った

 すっかりびしょぬれになったため、ファンファンとアネモネに風呂に入ってもらい、その後俺とルカが一緒に風呂に入った

 しかし二人を強くするにはどうすればいいのだろうか

 やはり武器か?

 しかし武器の性能に頼り切っていたんじゃ地力が育たない

 それならやはり、特訓だ

 俺自身も自己防衛をできるくらい研鑽すればいいんだ

 これでも元々冒険者だ

 戦い方の基礎は叩き込まれている

 二人に戦い方を教えるくらいはできるだろうからな


 ふむ、どうやら三人とも落ち着いたようじゃ

 混乱を避けるためにオークの死体は処理しておいてよかったわい

 カズマに自身の力を分からせれば混乱はするだろうが、奴は他者のために戦い始めるじゃろうな

 そうなれば今の平和な暮らしはなくなるだろう

 それはだめじゃ。こ奴が笑顔で笑っておらねばわしは嫌じゃ

 あ、いや、違う違う違う

 今の生活ならばわしも怪しまれずに自身の力を取り戻せるからのお!

 決してカズマのためと言うわけではない!

 それよりもじゃ

 あの力は何じゃ?

 カズマには確かに生活スキルしかない。それは今もそうじゃ

 変化していた料理スキルは既に元に戻っている

 イワカムツカリ

 どういう意味なのじゃ?

 わしは自慢ではないがこの世界のスキルで知らないものはない

 にもかかわらずわしの知らぬスキル

 聞いたことのない言葉

 ここで改めて、カズマが一体何者なのか、という疑問が浮かぶ

 人間族であるのは間違いない

 いくら視ても平凡な男

 それどころか生活スキルしか身につけられない、冒険者としては劣等とも呼ばれそうな男じゃ

 まぁここまで高レベルな生活スキルがあるんじゃから、仕事は引く手あまたじゃろうが、冒険者としては邪魔じゃろう

 生活スキルは生活スキル

 戦うスキルが無ければ自衛手段がないからのお

 じゃがこやつは先ほど生活スキルで戦っておった

 三枚下ろしに背開きなどは魚をさばくときに使うスキルじゃ

 それを変化させて攻撃手段に昇華させておった

 決してこやつ自身が作ったレジェンドレベルの包丁の性能だけではできない

 こやつの技術によるものじゃ

 スキルを変化させるなど、神の所業ではないのか?

 しかしいくら眼で視てもこやつに神が宿っている気配などない

 様子がおかしかった時もじゃ

 相変わらず人間族の一般的な男じゃったし、体力や魔力に変化もなかった

 変わったのはスキルだけ

 まるでスキルに操られているかのようじゃった

 ふむ、分からぬことをいつまでも考えておってもしかたない

 今はこやつの成長を喜ぶだけにとどまろう

 いずれカズマ、お前の力の秘密を暴いたやろうぞ

 わしは抱っこされ、体を丁寧に洗われながらそう決意した

 あ、そこ気持ちいいのじゃぁ

 わしはカズマのことを考えながらも、体を洗われる快楽に酔いしれ、幸福感を存分に味わった


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