彼の話を聞いた後、俺たちはギルドに残ってリリアナさんと話していた。内容は、魔物討伐についてだ。連続窃盗事件の方も急務とはいえ、命の危険がある魔物の方が先に片付けるべき案件だろうという判断を下したのだ。
「どうも調べたところ魔物の群れが街の近くの洞窟に住み着いたみたい。駆除をお願いできる?」
「分かったわ。報酬は…」
エレナがリリアナさん相手に金額交渉をしている間、俺とダーシーは手持ち無沙汰に突っ立っていた。ダーシーのことを好きだと意識し始めてから、いまいち絡み方に悩んでいる。俺は単純な人間なので、ドストレートに告白してしまいたい気持ちもあるが、こういうのは雰囲気とか色々考えるべきことがあるというのはさすがにわかるので未だ気持ちを伝えられずにいる。
(兄さんって案外奥手だったんだね)
(なんだ、真?)
(なんにも?ちょっと意外だなって思っただけ)
そんなこんなでギルドから立ち去った俺たちは、街から少し歩いたところにある洞窟の前まで来ていた。さて、魔物討伐である。
魔物とは、魔素を過剰に取り込んだ動物や植物の突然変異体である。形は様々で、元の生き物と似通ったものもいるが、多くの場合はかけ離れた姿をしていることが多い。
「行くぞ」
俺はダーシーに声をかけて洞窟の中へ入っていった。真っ暗な闇が続いている中を進んでいくと次第に目が慣れ始めてきた。すると奥の方から何やら物音がすることに気がついたのでそちらの方へ足を向けることにした。そして少し進んだところで開けた場所に出るとそこには巨大な熊のような魔物がいたのである。
「ガァァ!」
どうやらこちらに気づいたようで威嚇するように吠えてきた。俺は冷静に腰に差していた剣を抜いて構えを取ると一気に間合いを詰めて切りかかった。しかし相手も中々手強いようで俺の攻撃をかわしてみせた後、鋭い爪を振り下ろして攻撃を仕掛けてきたのである。俺はそれをひらりと躱し横一文字に斬り捨てる。かなり深く傷が入ったようで、魔物はどさりと倒れた。しかし、その戦闘の音が聞こえたのか、魔物がどんどん集まってくるのが感じられた。
「ふっ!」
俺は気合いを入れて剣を構えると、向かってくる魔物たちを次々に斬り捨てていった。そんな中、ダーシーは杖を構え集中している。そしてしばらくして、呪文を唱えた。
「“フエゴ”!」
火の魔法は魔物たちを混乱させ、隙を生むには十分だった。そして数分後にはその場に立っているのは俺だけだった。ふぅっと息を吐いてから洞窟の外へと向かっていったのである。
「終わったんですか?」
「あぁ、問題無い」
そうして俺たちは街へと戻って行ったのだった。しかし、事はそうスムーズには進まないものだった。ダーシーの足元が覚束なくなり、パタリと倒れてしまったのだった。
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「これで大丈夫だとは思うんですが……」
リリアナさんはそう言いながら不安げな表情を浮かべる。その視線の先にはベッドに横たわるダーシーの姿があった。魔物討伐の後、俺たちは街へと戻ってきたのだが、途中でダーシーが倒れてしまったのだ。幸いにもすぐに目を覚ましたものの、顔色は悪く体調が悪いことは明らかだった。そこでリリアナさんに頼んで医者に診てもらったところ、疲労と軽い栄養失調が原因だと診断されたのだった。
「とりあえずしばらくは安静にして様子を見ましょう。何かあればまた連絡してください」
リリアナさんの言葉に軽く頭を下げ、俺とエレナはダーシーに向き直る。
「なんでそんなに疲れてたんだ…?」
「…どうも、魔法の練習のしすぎじゃないかしら」
エレナが顎に手を当てながら言う。確かにダーシーが魔法の練習を始めたのは知っていたし、その練習に熱中するあまり食事や睡眠を疎かにしていたのかもしれない。
「とりあえず今日は帰るぞ」
俺はそう言って立ち上がるとそのまま部屋を出て行った。エレナもその後に続くように立ち上がり、部屋を出る。
「……ごめんなさい」
ダーシーの弱々しい声が聞こえた気がしたが、俺は聞こえないふりをしてそのまま部屋を後にしたのだった。
翌日、俺たちは再びギルドを訪れていた。理由はもちろん魔物討伐の依頼を受けるためである。昨日倒した熊のような魔物以外にも何種類か目撃情報があったらしいのでそれらをまとめて受けることにしていた。
「ではよろしくお願いしますね」
そう言ってリリアナさんは書類を渡してきた。それを受け取り目を通すと確かに依頼内容と一致しているようだったので問題ないだろう
。
「じゃあ行ってくる」
俺はそう言って歩き出したのだが、ダーシーに呼び止められたので振り返った。するとそこには心配そうな表情を浮かべたダーシーの姿があった。
「気をつけてくださいね」
その言葉に頷き返し今度こそギルドを後にしたのだった。依頼書によると目撃情報はこの街の近辺にある森の中らしいのでそちらへ向かうことにする。その森には魔力や栄養不足に対して効果を発揮する薬草が生えているらしく、魔物討伐ついでにそれも取ってこようという算段だ。しばらく歩いているとやがて森が見えてきたためとりあえず入ってみることにした。中は薄暗く不気味な雰囲気が漂っているが気にせず進んでいくことにする。しばらく歩くと開けた場所に出たためそこで休憩することにした。
「ふぅ……少し休むか」
「そうね。少し疲れたわ」
エレナも同意してくれたためその場で座り込むことにした。するとその時、茂みの方からガサガサという音が聞こえてきた。警戒しつつそちらへ視線を向けると、そこにいたのは狼のような魔物だった。
「行くぞ」
俺はそう言って立ち上がると剣を抜いて構えた。しかし次の瞬間、別の方向からもう一匹現れて襲いかかってきたのだった。咄嵯に回避したのだが少し体勢を崩してしまうことになったのである。幸いにも大きな隙にはならなかったもののかなり驚いたので思わず顔をしかめてしまったほどだ。
「大丈夫!?」
エレナが心配そうな表情で声をかけてくるが問題ないと答えると再び戦闘に集中することにした。相手は二匹同時である上に連携を取ってくるため中々厄介な相手だと言えよう。俺はエレナと協力して一匹ずつ確実に仕留めていくことにした。相手は予想以上にしぶとく苦戦を強いられることになったのである。その結果、なんとか倒すことに成功したもののかなりの時間がかかってしまい疲労困憊の状態になってしまった。
「さすがに疲れたな……」
「そうね……でももう少し頑張れば帰れるわよ」
エレナの言葉に頷きつつ歩き出そうとしたその時だった。突然背後から気配を感じたのである。慌てて振り返るが誰もいないように見える。気のせいかと思って再び歩き出そうとした瞬間、突然目の前に人影が現れたのだ。
「うわっ!?」
驚いて声を上げると相手も驚いたようでビクッと体を震わせた後に恐る恐るといった感じでこちらを覗き込んできたのである。よく見るとそれは少女だった。年齢は10代半ばくらいだろうか?肩より少し長いくらいの茶髪に緑色の瞳が特徴的な可愛らしい顔立ちをしているのだが今は不安そうな表情をしているのが印象的だ。服装は軽装で武器などは持っていないようだ。俺が困惑していると彼女もまた驚いたような表情をしていたがやがて口を開いた。
「あの……もしかして冒険者の方ですか?」
「そうだが……」
突然の質問に対して戸惑いつつも答えると彼女は嬉しそうに目を輝かせた後に言葉を続けた。
「私もそのパーティに入れてもらえないかなって思って来たんですけど……」
その言葉を聞き俺たちは顔を見合わせた後、もう一度少女の方へ向き直った。
「どうして俺たちに?他にも強いパーティはたくさんあると思うが」
俺が疑問を投げかけると彼女は少し困ったような表情を浮かべながら答えてくれた。
「……実は私一人じゃ何もできないから不安で……でもあなたたちなら安心できそうだと思ったの」
彼女の話を聞き終えた後、エレナの方を見ると彼女もまたこちらを見てきた。どうやら意見は同じらしいのでとりあえず連れて帰ることにすることに決めたのだった。
「分かったよ、とりあえずこの森を抜けるまで一緒に行こう」
俺がそう言うと少女はぱあっと明るい笑顔になり嬉しそうに飛び跳ねていた。その様子を見て思わず苦笑してしまうが不思議と悪い気はしなかったのである。こうして俺たちは一時的に仲間を加えることになったのだ…。
「じゃあ自己紹介から始めようか」
そう言って俺は少女に視線を向ける。彼女は少し緊張気味ではあるもののしっかりとこちらを見ており、その表情には期待と不安が入り混じっているように思えた。
「えっと……名前はジェーンです!年齢は16歳で、趣味は読書と散歩かな?あ、あと料理も好きで得意ですよ!よろしくお願いします!」
ジェーンは元気いっぱいに自己紹介を終えると深々とお辞儀をした。その様子を見て俺とエレナは笑顔を浮かべていた。
「こちらこそよろしく」
そう言って手を差し出すと彼女もまた笑顔で握り返してくれたのだった。こうして俺たちのパーティに新しい仲間が加わったのだった。
「さて、早速だが依頼について話そうと思う」
俺がそう切り出すと皆の視線が一斉にこちらに向けられたのを感じたので少し緊張しつつも話し始めたのである。
まず最初に俺たちが受けた依頼の内容を確認することにしたのだ。依頼内容はこの街の近くの森に住み着いた魔物を退治することだ。目撃情報によると鹿のような姿をした巨大な獣であるらしいが詳しいことは分かっていないようだ。この依頼を受けた理由としては単純に報酬が高いからである。またギルドからの依頼であるため信頼度も高いと言えるだろう。
「というわけで早速出発しようと思うのだが……」
俺がそこまで言ったところで、エレナが待ったをかけた。
「その前にお昼ご飯食べましょうよ」
確かに言われてみれば腹が減ってきた気がするので賛成することにした。街に戻って昼食を食べることにすると、ジェーンは美味しいと言って喜んで食べていたため一安心である。その後準備を整えてから森へと向かうことにしたのだった。
森の中に入ると辺り一面に木が生えており見通しはあまり良くなかった。しかし幸いにも魔物の気配は感じることができるため警戒しつつ進んでいくことにする。しばらく歩いているとやがて開けた場所に出たためそこで休憩することにした。
「ふぅ……少し休むか」
俺がそう言うとエレナたちも同意してくれたのでその場に腰を下ろすことにした。ジェーンはというと、辺りをキョロキョロと見渡しており落ち着きがない様子であるのだが何かあったのだろうか?心配になり声をかけようとしたその時、突然背後からガサガサという音が聞こえてきたのである。驚いて振り向くとそこには巨大な鹿のような魔物の姿があったのだ。突然のことに驚いているうちに襲いかかってきたため咄嵯に回避したが体勢を崩してしまうことになったのだ。戦闘が始まり、まずは俺が前に出たのだが相手の攻撃を避けきれずにダメージを受けてしまった。だがそこで諦めるわけにはいかないと思い反撃に出ることにしたのだ。しかし相手もこちらの動きを読んでいるかのように的確に攻撃を繰り出してくるため中々隙を見つけることができないでいた。
「くそっ……」
思わず悪態をついてしまうものの状況は悪化するばかりであった。このままではまずいと思ったその時だった、突然魔物の動きが鈍くなったのである。何事かと思って周りを見るとエレナが魔法を使って援護してくれたようだったので助かったと安堵したのだった。そしてそのまま一気に畳み掛けることで無事に倒すことができたのである。
しかし安堵したのも束の間、今度は別の方向からもう一匹現れてしまったため再び戦闘態勢に入らなければならなくなったのだ。さすがに疲労困憊だったため少し気が滅入ってしまうものの、気合を入れ直すことにした。
「行くぞ!」
そう叫んで走り出した俺の後を追ってエレナたちもついてきたため心強かったと言えるだろう。こうして俺たちは再び戦闘を開始したのだった。
結局あれから更に4匹の魔物を倒すことに成功してようやく全てを倒し終えたのである。
「はぁ…」
俺は思わずため息をつきその場に座り込んでしまったが無理もないことだろう。それほどまでに激しい戦闘だったのだ。
しかしそれでも何とかなったことに安堵していたのも事実である。
「お疲れ様」
そう言って近づいてきたエレナも少し疲れている様子だった。
「あぁ…エレナのおかげだよ」
俺が素直に感謝の気持ちを伝えると彼女は照れくさそうに笑っていたのだった。ジェーンはキョロキョロと周りを見渡している。何か気になることがあるのだろうか?結局その後、俺たちは森の奥へ進むことにした。それがあんな出会いに繋がるとも知らずに。