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第22話

ヴァーノン滞在中の出来事である。


「ねえ、私たちもそろそろ武器を新調したいのだけれど」


エレナがおずおずといった様子で話しかけてくる。そう言えばそうだった…俺も真も武器は基本的なものしか持っていないからもっと強いものが欲しかったところだ。


「そうだなあ…今の旅に向いているような長剣が欲しいな…」


俺は呟く。


「じゃあ武器屋に行きましょうか」


(そうだね。僕もそろそろ杖が欲しいところなんだ)


ダーシーが快活に笑う。俺たちは宿を出て、近くの武器屋へと向かった。


「いらっしゃい」


気の良さそうな店主が迎えてくれる。ここは剣を中心に取り扱う店のようだった。俺は長剣の棚を物色する…が、なかなかしっくり来るものが見つからない。


(うーん、これとかは?)


(いや、ちょっと軽すぎるな)


(兄さんは力が強すぎるんだよ…)


俺と真がああでもないこうでもないと言いながら武器を見ている。

ダーシーは、とそちらを見ると彼女もまた杖を手に取って吟味しているようだった。少ししてダーシーはいくつかの杖を店主に持って行き、話し出した。

それからしばらくすると彼女はぱあっと表情を明るくし、俺たちのところに戻ってきた。どうやらいい買い物が出来たようだ。エレナも手頃な杖を見つけたようで会計をしている。俺は棚の剣をじっくり見て、1本の長剣を手に取った。軽くて手に馴染む感じがする。俺はその長剣を購入し、店を出た。


「いい買い物が出来たよ」


「それは良かったわ」


エレナが微笑む。俺たちは宿に向かって歩き始めた。


「しかし、なんでダーシーも杖を買ったんだ?」


「私も魔法の練習をしてみようと思って…」


「そうだったんだな」


出来ないことにトライする姿勢は大変好ましい。さすがダーシーだ。


(兄さんはやっぱり長剣が似合うねえ)


(そうか?)


真と会話しつつ歩く。ダーシーもにこにこしながら俺の隣を歩いていた。そんな俺たちを微笑ましげに見ながら、エレナが口を開いた。


「さて、じゃあこれからのことについて話し合いましょうか」


俺たちは宿屋に戻り、テーブルを囲むように座った。


「まず、王都に帰ろうと思う。それでいいかな?」


俺が聞くと全員が賛成してくれたので、俺は再び王都に戻ることを決めたのだった。


「じゃあ、各自準備をして明日集合ということで」


俺が締めくくると、エレナが立ち上がった。


「私は今から買い物してくるけど……」


「ああ、行ってらっしゃい」


俺は手を振ると、ダーシーも立ち上がる。


「私も新しい杖で魔法の練習をしていますね」


俺と真は留守番だ。宿屋のベッドに腰掛けた。


「それにしても、真は杖を買わなくて良かったのか?」


(ああ、あんまりコストパフォーマンスがいいのもなかったし、魔法の精度は使い手次第みたいだからいいかなと思ってさ)


「真がいいならそれでいいんだが」


俺は真と談笑しながらエレナたちの帰りを待っていたのだった。

俺と真が宿屋で待っていると、エレナとダーシーが帰ってきた。2人とも大きな荷物を持っている。


「おかえりなさい」


「ただいま!」


エレナは嬉しそうに笑った。ダーシーもにこにこしている。


(無事に過ごせたみたいだね)


真が微笑む。エレナとダーシーも元気そうだし、いい旅だったのではないだろうか。

俺は2人に声をかける。

そして俺たちは宿を出て王都への帰路についたのだった。

ヴァーノンを出発してから5日ほど経ち、俺たちはようやく王都にたどり着いた。門をくぐり抜け、王都に入る。久しぶりの王都は相変わらず賑やかで人通りが多いようだ……が、少し様子がおかしかった。


(なんだか騒がしいね)


真が言うように、街はどこか騒然とした雰囲気を醸していた。何かあったのだろうか?俺は周りを見渡した。すると、大通りに人だかりができているのが見えた。


「行ってみましょう」


エレナが言う。俺たちは顔を見合わせて頷くと、その人だかりの方に向かって歩き出したのだった。

人だかりに近づくにつれて、声がはっきりと聞こえるようになってきた。どうやら誰かが暴れているらしい……しかもかなり強いようだ。


(これはまずいね)


真が呟く。確かに、このままでは死人が出るかもしれない。早く止めなければと、その時だ。人混みの中から1人の男が飛び出してきたのだ。


「きゃーっ!」


(女の子が襲われてる!)


真が言う。女の子は男から逃げるように走っているが追いつかれてしまいそうだ…これはまずいな。俺は慌てて走り出した。


「ちょっと、何するのよ!!」


「うるせえ!大人しくしろ!」


男はそう言うと、女の子を地面に押し倒すと馬乗りになった。そして拳を振り上げる。


「やめてっ……!」


女の子が叫んだ瞬間、男が吹っ飛んだ。どうやら誰かが男を後ろから蹴り飛ばしたようだ。その隙に女の子が逃げ出すのが見えた。俺はすぐに駆け寄り、男の腕を掴んで引き起こした。そして男を地面に引き倒すと馬乗りになり、男の顎に拳を叩き込む。男は白目を剥いて気絶してしまったようだ。とりあえずこれで一件落着か。

そう思ったのもつかの間、今度は男が俺の脇腹を蹴り上げてきたのである。骨に響くような鈍い痛みが全身を走りぬける。


「ゴホッ…やりやがったな」


職業『大地の勇者』のおかげで、地面に立っている限り傷はすぐに回復するものの、少し呼吸を乱してしまう。


(兄さん大丈夫!?)


「ああ、なんとかな……」


俺は立ち上がると、脇腹を抑えつつ2人の方へと向かったのだった。

俺たちは大通りから少し離れた裏路地で男を取り囲んでいる状況だ。男は俺たちを睨みつけているものの抵抗する様子はなく大人しくしている。

「それで……なんでこんなことをしたんだ?」


俺は男に問いかける。しかし男は黙ったまま何も語ろうとしない。どうしたものかと考えあぐねていると、エレナが口を開いた。


「何か言い分があるのなら聞くわよ」


その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。さすがの俺も少し怖気づいてしまうほどだ。男はしばらく考え込んでいたようだがやがてぽつりぽつりと話し出した。


「……金がなかったんだよ」


「お金?それならギルドに行けば……」


(いや、違うな)


真が言う。その通りだった、この感じは金が目的で暴れているわけでは無いようだ。俺はさらに質問を重ねた。

「じゃあどうしてあんな事をしたんだ?」


「それは……」


男は言い淀むと再び黙り込んでしまった。その様子から何か事情があることを悟る……しかしこのままでは埒が明かないな。どうしたものかと考え込んでいるうちに、ふとある考えが頭に浮かんだ。


(ねえ兄さん)


「ああ、そうだな」


真も同じ考えに至ったらしい。


「ねえ、あなた……何か事情があるのなら話してみてくれないかしら。力になれるかもしれないわ」


エレナが言う。しかし男は黙ったままだ……そこで俺は口を開いた。


「お前は誰かに脅されているんだな」


「……っ!?」


男が驚いたように目を見開く……どうやら図星のようだ。やはりそうか。俺たちは男に詰め寄った。


「誰に脅されてるの?」


「教えてくれないかしら?」


俺は優しく問いかける。すると男はしばらく黙り込んでいたがやがてゆっくりと話し出したのだった……

男の名はダレンといった。ダレンが言うには、最近この王都で犯罪組織が暗躍しているそうだ。その組織は表向きは義賊を装っており、貧しい人々に施しを与えてくれたりするらしいのだが、裏では人身売買や違法な薬物の販売なども行っているという。


「俺は…その組織の末端構成員の1人だったんだ」


「そうだったのね…」


エレナが悲しげに呟く。ダレンの話によると、その組織は最近になって勢力を拡大しており、ついには王都にも進出したようだ。これは【ペルディダ】による社会情勢の悪化も一因となっているのだろう。ダレンは家族を人質にとられ、組織の一員として働かざるを得なくなっているそうだ。


「俺は…家族を助けたいんだ…」


「それであんなことを…?」


真が言う。ダレンはこくりと小さくうなずくと、再びぽつりぽつりと話し出した。


「ああ、俺が捕まれば家族がどうなるか分からないからな…だから俺は組織に逆らうことが出来なかった」


そう言って目を伏せる。その目には涙が浮かんでいた。


(なるほどねえ…)


真が呟くように言う。そして俺に対してこう言ったのだ。


(兄さん、彼を助けてあげようよ)


(そうだな)


真の提案に俺は同意する。別に見ず知らずの人間だから放っておくという選択肢もあるのだが、助けてやりたいという気持ちが強く芽生えてしまったのだ。きっとこれは俺の自己満足でしかないだろう…でもそれでいいんだ。困っている人がいたら助けるのが普通なのだから。

俺が考え込んでいる間にも話は進んでいくようだ。ダレンは真剣な顔つきになると深々と頭を下げてきたのである。


「頼む!俺を助けてくれ…!」


俺たちは顔を見合わせると頷いたのだった。


「とりあえずその組織の拠点に連れて行ってもらおうかしら」


エレナがダレンを促す。彼は素直に頷いたのだった。

ダレンに案内されてたどり着いたのは、王都にある寂れた教会だった。どうやらここが彼の属する組織の本拠地のようだ。俺たちは慎重に中に足を踏み入れる。教会の中は薄暗く埃っぽかった。あちこちに蜘蛛の巣が張っており、床板もところどころ腐っているように見える。


(なんだか不気味なところだね)


真が言う。俺も同じ気持ちだ。こんなところに本当に人身売買が行われているのだろうか?ダレンの後を追って歩いていると、奥の扉の中へと入っていった。そこは地下へと続く階段があり、壁には燭台が置かれており仄かに明かりが灯されていた。


「この階段を下った先がボスの部屋だ…ついてきてくれ」


ダレンの言葉に俺たちも階段を降りていくことにしたのだった。階段を下りるとそこには重厚な扉がある。どうやらここがボスの部屋のようだ。ダレンはゆっくりと扉を開けると中に入って行ったので俺たちも後に続いた。

部屋の中に入ると、まず目に飛び込んできたのは大きな机だった。


その上には書類が山積みになっている。どうやら仕事をしていたらしい。そして部屋の奥に目を向けるとそこには1人の男が座っていた。その男は一見すると普通の中年男性に見えるが、どこか不気味な雰囲気を漂わせているように感じる。


「ダレンか、何の用だ?」


「ボスに話があるんだ」


「ほう?言ってみろ」


男は興味深そうに身を乗り出してきた。ダレンは小さく深呼吸をすると意を決して話し始めたのだ。


「…俺、組織を抜けるよ。もうこんなことしたくないんだ」


ダレンは震える声でそう告げた。すると男は大きな声で笑い始めた。一体なんなんだこの男は?俺は怒りを覚えつつも黙って見ているしかなかった。


「ハハハハハッ!面白いことを言うじゃないか!」


男はひとしきり笑うと、ダレンに向かって鋭い視線を向けた。その眼光に気圧されたのか、ダレンは黙り込んでしまったようだ。そんな様子を見てさらに笑みを深めると男は言った。


「まあ、いいさ。お前が抜けたところで代わりなんていくらでもいるんだからな」


その言葉にダレンの肩がびくりと跳ねた。


「しかし、おまえがそんなに酷薄だったとはな。家族はどうでもいいらしい」


「…!それは…!」


「いや、いいさ、分かってる。家族より自分の身がかわいいのは誰だって一緒さ。気にすることじゃあない」


「…黙って聞いてりゃいけしゃあしゃあと…」


エレナが怒りを露わにする。


「ああ…ところでダレン、そこの人たちはお客さんかな?」


「…俺を後押ししてくれたいい人たちだよ」


「そうかい。そんな人たちまで危険に晒すとはなかなかどうして悪いやつだなお前も」


「悪い奴はあんたでしょう!」


エレナが吠えた。


「ほう?言うねえお嬢さん」


男は余裕の表情でエレナを見つめている。


「ダレン、お前は組織を抜けると言ったが……それはこの俺に喧嘩を売るってことだよなあ?」


「……っ!」


ダレンは息を飲むと後ずさった。


「おいおい逃げるなよ、まだ話は終わっていないんだ。俺はな、お前みたいなやつが一番嫌いなんだ。口先だけで行動しない奴ほど厄介なものはない」


男はにこりと笑うとパチンと指を鳴らした。


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