歩いて3日ほどでヴァーノンに着いた。ヴァーノンは港町で、活気に溢れた雰囲気の町だった。俺たちはまず腹を満たすためにレストランに寄ることにした。通りには数軒レストランが並んでおり、メニューやのぼりが店の前に所狭しと飾られている。俺はこちらの世界の言葉が読めないので、レストラン選びはダーシーとエレナに任せることにした。そうやって選ばれた店は、いかにも港町にあるレストラン、といった風情のレストランだった。
「らっしゃい!」
元気な声が響き渡る。ダーシーいわく、ここは海鮮焼きの店だそうだ。新鮮な海鮮を焼いて食べられるということで人気の店らしい。
「さざえ…ほたて…えび…美味しそうね…」
「俺はほっけを食べようかな」
「私はほたてを…」
選んだ海鮮が次々と運ばれてくる。それを七輪のうえに並べて焼き、食べる。エレナは黙々と焼いては食べ焼いては食べている。どうやら海鮮焼きは気に入ったようだ。
「えび…美味しいわね…」
「ほっけも食べてみたらどうだ?」
「じゃあお言葉に甘えて…」
いそいそとほっけに箸を伸ばす様子は見ていて面白い。海鮮もこれだけ美味しそうに食べてもらえたら本望だろう。食べては焼き、食べては焼きを繰り返すエレナの顔には笑みが浮かんでいる。元気が出たようでなによりだ。
「はあ、お腹いっぱいだわ」
たらふく海鮮を平らげたエレナは満足そうに言う。お値段はちょっと目を見張るお値段になったが、払えない値段ではなかったのでよかった。宿代もなんとかなりそうだ。
ふとなんだか、昔のことを思い出した。家族で炉端焼きの店に行った時、健全かつ体育会系な俺はもちろんのこと実は大食漢な真が食べに食べまくり会計がすごいことになったことがあるのだ。もはや戻れない過去のことだが、今はもう懐かしむことができる程度には心の傷も癒えているらしい。
しかし、思ったより金を使ってしまった。この一晩の宿場代で精一杯かもしれない。明日以降のこともあるし、なんとかしないといけない。
「しかしまあ、金策も必要だなあ」
「そ、そんなにさっきの海鮮食べ過ぎたの…?」
「いや、そういうわけじゃないから安心して」
「そう…良かったわ…」
エレナは目に見えてほっとしている。食べ過ぎの自覚あったのか。
「お金稼ぐならやっぱり賞金首狙いですかね?」
「俺たちが金を稼ぐとなるとそうなるかなあ」
「一気に大金が手に入るし…それがいいでしょうね」
「じゃ、そうするか。賞金首の一覧でも見に行こう」
町の掲示板を見に行く。この世界では町に大概こういった掲示板があって、クエスト依頼やら賞金首の情報やらがのってある。賞金首の情報を見てみると、近くの“白眉の洞窟”に盗賊たちが居座っていて、その頭目が賞金首になっているらしい。俺たちはその頭目を狙うことにした。
「では行きましょう、“白眉の洞窟”へ!」
そういうことで、俺たちはヴァーノンから海沿いを辿って少し先にある“白眉の洞窟”へと向かった。“白眉の洞窟”は海蝕洞窟で、美しい自然が有名な観光スポットだったらしいのだが、盗賊たちが居座ってからは観光にもいけなくなり、地域として大打撃を受けているそうだ。
“白眉の洞窟”が近づいてくると、ガラの悪い男たちが増えてきた。ガンを付けてくるだけで襲ってきたりはしないが、あまり気分のいいものではない。
“白眉の洞窟”は観光スポットになって然るべき美しさだった…盗賊たちがいなければ。下っぱらしきものが5人ほど、そして頭目が美しい海蝕洞窟に居座っていた。
「ああ?何だテメェら」
「しがない旅人だよ。賞金首をいただきにきた」
「ハァ?舐めんのも大概にしろよ」
下っぱが剣を持って切り掛かってくる。俺はそれを避けて真と入れ替わった。ここは海蝕洞窟…地面は海水で満ちている。真はするりと呪文を唱え自身とエレナ、ダーシーに保護魔法をかけると、容赦なく攻撃魔法を“地面に”放った。
「バストン・デ・トルエノ!」
雷魔法だ。雷が海水をつたって盗賊たちを感電させる。感電しばたりと倒れた盗賊たちは、時折ぴくりと不随意に動いているが、完全に気絶しているようだった。
(えげつないことするなあ真…)
(だって効率がいいでしょう?)
全く悪びれる様子のない弟にちょっと引きつつ、また入れ替わって盗賊の頭目を担ぐ。
「さて、換金するか」
「手っ取り早くすんでなによりだわ」
頭目をヴァーノンの警備隊の詰め所に持って行くと小切手を渡されたので、銀行で換金する。これでしばらくは金に困ることはなさそうな金額が手に入った。警備隊の人たちは盗賊たちに苦労していたらしく、かなり感謝されたので良い気分だ。
「さて、宿屋を探すか」
「そうね、そろそろ休みたいわ」
そうして、俺たちは手頃な宿を見つけてそこで休むことにしたのだった。宿屋は大きくもなく小さくもない普通のホテルを2部屋借りることにした。俺だけ1人部屋で申し訳ない気がするが、ダーシーとエレナと同じ部屋というのも気が引けるのでありがたく1人で部屋を使わせてもらうことになった。ぼす、とベッドに腰掛ける。ここのところ色々ありすぎて頭がついていってない。…ジャレドは無事だろうか。あの人数に追われていては、デュークスバリーから脱出するのは至難の業だろう。助けに行きたいが、今のところ無策で突撃することになってしまうから良くないし、なにか手立てを考える必要がある。
「…なんにも役に立ててないな、俺」
ぽつりと呟く。その言葉はひどく虚しく響いた。そもそも俺が勇者なんてのがガラじゃなかったんじゃないか…なんて考えてしまって頭がぐるぐるする。俺は取り立てて正義感が強いわけじゃないし、ただ運動神経が人よりいいだけの人間だ。真は勇者の器かもしれないけど、俺は違うんじゃないか?俺が本当に勇者なら、エレナにあんな顔をさせずに済んだんじゃないだろうか。
「だめだ…」
ネガティブはネガティブを呼ぶ。延々と回る思考を無理やり止めて、目を瞑った。真、父、母。当たり前にあった家族という幸せを、これほど渇望する日が来るとは思わなかった。思い出を振り返ることができる程度に傷は癒えたが、思い出を振り返るとまた傷付く。我ながら難しい話だ。
(…兄さん、変なこと考えてないで未来のことを考えようよ)
(…真。そうは言ってもな)
(余計なネガティブなこと考えて落ち込むの、時間の無駄だから。もう済んだことはもう済んだことなんだよ)
(…はは、お前はそういう奴だよな)
こういう時、さっぱりした性格の真には助けられる。俺は意外と女々しいところがあるから、真に喝を入れてもらって立ち直ることが元いた世界のころからたまにあったのだ。やっぱり真には勇者の素質があるように思う。
(…なんで俺たちなんだろうな)
(分からないよ。エレナさんに聞いたらいいんじゃない?)
(答えが得られるか謎だな)
くすくすと笑いながら真と会話する。久しぶりの兄弟とのゆっくりとした会話だ。真が生きていた頃も含めて、こんなにゆっくり話したのは久しぶりじゃないだろうか。目を瞑ったまま真との他愛無い会話を楽しんでいると、こんこんとドアをノックする音がした。
「はい」
「あ、ダーシーです。エレナさんとこの後のことを話してて…もし良かったら私たちの部屋で話しませんか?」
「おう、分かった」
ベッドから起き上がる。ぎしりとベッドが鳴った。ドアを開けて、ダーシーと共にエレナとダーシーの部屋に向かう。エレナとダーシーの部屋はベッドが2つあり、それぞれ荷物を広げていた。エレナが椅子を引いてきてそこに座るよう誘導してくる。
「ありがとう」
「いいえ。それで、これからのことなのだけど」
「ああ…どうするつもりなんだ?」
「【ペルディダ】には【喪失者】じゃないけど【ペルディダ】に所属している協力者たちがいるでしょう?金で雇われていたシェリントンは除いて」
「…ジョシーやサイラスのことか?」
「ええ、そうよ」
エレナがペンを回しながら話を続ける。
「【喪失者】たちはロックスの力で【混沌者】を付与されてる…でもジョシーやサイラスはそもそも持ってる職業があったわけよね。その力は【混沌者】よりも強いと考えられるわ」
「確かに【喪失者】や【混沌者】よりジョシーやサイラスの方が苦戦したな」
「ええ。だからね、【ペルディダ】に協力する役職持ちを倒していけば【ペルディダ】の戦力ダウンに繋がると思うの」
「なるほど…?」
「ロックスは強大な敵だわ。ならその周りの力を削ぐのを優先すべきだというのが私の意見よ」
確かに、エレナの言うことも一理あるような気がする。しかし、俺には判断ができないため、真に任せることにした。
「…ロックスとの直接対決はしばらくは避ける方向で行くってことだね」
「そうね。今の練度じゃロックスとの直接対決は悪手だと思うわ」
「それは僕も同意見だね。力の底が見えなかった…。周りに兵がいればなおのことやりにくい。いい案だと思うよ」
(なら練度上げつつ【ペルディダ】の協力者潰しか)
「そうだね。兄さん、サイラスと決着をつけてよ」
(ああ…そうだな)
サイラスとはなんだかんだ因縁めいたものがある。そろそろけりをつけるころなのだろう。
「…でも、【ペルディダ】の協力者かどうかなんてどうやったら分かりますかね?」
ダーシーが口を開く。確かに、そこが問題だ。
「そうね…そこは情報を足で稼ぐしかないわね」
「やっぱりそうなりますよね」
ははは、とダーシーが力無く笑う。まあ確かに情報は足で稼いでばかりだから、そんな気分になるのも致し方ないのかもしれない。
「…【ペルディダ】はそんなに悪い組織なんでしょうか」
ダーシーがぼそりと呟く。
「あ、すみません…!戦うことを否定してるわけじゃ無いんですけど」
「じゃあ、どういうことかしら」
「…デュークスバリーで自給自足で生きている分には、悪いわけじゃ無いんじゃ無いかなって思ったんです。…国王暗殺とかは言語道断なんですけど」
それに…とダーシーは言葉を続ける。
「私も【喪失者】だから…私は運良く両親が理解があって、ちゃんと育ててもらえたけど…普通の【喪失者】は投げ出されるのが当たり前なんだって知って…そんな人たちが、デュークスバリーみたいな場所を与えられたら依存しちゃうのは当たり前なのかなって」
「あの薄寒い家族ごっこが…?」
「はい。おかえりって言ってくれる人がいて、ただいまって言えるのって、きっとみんなが思ってるより大切なことなんだと思うんです」
ダーシーは必死に言葉を紡いでいる。
「ロックスが話し合いで解決できないかって言ってたじゃ無いですか。彼らにデュークスバリーで生きてもらうのは無理なんでしょうか…」
「…厳しい話をすると、無理だと思うよ。デュークスバリーで養える【喪失者】の数には限界がある。それに、彼らが望んでいるのはこの世界の秩序の転覆だ。…どう足掻いても、相入れない」
「そう…ですよね。ごめんなさい、話の腰を折ってしまって」
「…ダーシーは優しいのね」
エレナはしみじみと言う。確かに、俺たちには無いような価値観だ。【喪失者】として感じることが少なからずあるのだろう。もしかしたら、自分が【ペルディダ】にいる想像でもしたのかもしれない。
「その優しさは美徳よ。でも【ペルディダ】との戦いでは致命傷になりかねないわ」
「そうだね。優しいのは悪いことじゃ無い。使い所を間違えなければね」
「…ありがとうございます…」
ダーシーはぺこりと頭を下げた。その姿に、強烈に惹かれるものがあるのを俺は感じた。【喪失者】として【ペルディダ】のメンバーのことを思う気持ち、その優しさ…こんなに素晴らしい女性はいるだろうか。ああ、俺はダーシーのことが好きなのだ。そう、自覚した。