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第20話

ギシ、と何かが軋む音で目が覚めた。寝返りをうとうとするも、身体が動かない。何事かと目を開けると、俺は知らない場所で椅子に縄で縛り付けられていた。横を見ると、ジャレドとダーシー、エレナも同じように捕らわれている。3人はすでに起きているようで、ガタガタと椅子を鳴らすと全員がこちらを向いた。


「ッ…何事だ!?」


「あら、遅いお目覚めねリン。見ての通り捕まっちゃったみたいよ」


「なんでエレナはそんなに余裕があるんだ…」


エレナの泰然自若とした態度に戸惑いつつ、辺りを見回す。見張らしき男が2人ドアの前に立っていて、それ以外は物らしき物も置いていないがらんどうな部屋だった。窓は無く、重苦しい雰囲気が漂っている。俺たちは横一列に並んで椅子に座らせられている。後ろをできる限り見てみるが、背後にも特に何もある様子はない。本当にただ俺たちを捕らえておいておくためだけの部屋のようだ。


「どうやら食べ物になにか仕込まれてたようだ。でなければ流石に起きるだろう」


「私は起きたんですけど…誰も助けてくれなかったので…」


「街ぐるみの犯行…ってことか」


食べ物…酒場で食べたステーキか、その場で飲んだ水か。それになにか入れられていたのか。気付けなかったことに歯痒さを覚える。気付けたところで防げたかどうかは怪しいが、何かしらの対策は打てただろうに。


ふと、扉の奥の方からコツコツと音がした。階段を降りる時の音だ。ということはここは地下か?とにかく、誰かが来ることに間違いはない。がちゃり、と音がして扉が開き、老紳士が姿を現した。ピシッとスーツを身に纏い、杖を持って立つ姿は老齢ながら異様な威圧感があった。その老紳士が口を開く。


「初めまして、勇者御一行さま。わたくしはロックスと申します」


「なっ…!」


ロックス。ロックスと言ったか、この老紳士は。ロックスといえば【ペルディダ】のボスとして名前が上がっていた人物だ。まさか、デュークスバリーで会うこととなるとは。


「…【ペルディダ】のボスが直々に挨拶に来るなんて、私たちも偉くなったものね」


「ジョシーやサイラスがお世話になったようですから」


老紳士…ロックスは感情の読めない笑みを絶やさず応える。まさか、【ペルディダ】のボスがこんな老齢の男性だとは思っていなかったため、驚きが隠せない。思わず凝視してしまい、ばちりと目が合って気まずくなる。


「…ふふ、そんなに顔を見つめられては穴が空いてしまいますね」


ロックスは可笑しそうに笑う。ここだけを見れば、誰にでも好かれそうな、人の良さそうな老人だ。そんな男が多くの【喪失者】たちを束ね、協力者を集め、国王を暗殺するまでに至ったのだという事実が、ロックスを知る前と比べてさらに末恐ろしく思えてくる。


「…なぜ俺たちが潜り込んだと分かった?」


ジャレドが疑問を口にする。確かに、なぜ俺たちがデュークスバリーに入ってきたのか分かったのか。酒場や宿屋で怪しまれた様子はなかったのに、どうして今こうやって捕まっているのだろう。


「ああ…ここに入るための“符号”はあなたがたが思うより複雑なんですよ。パッと見じゃあ分かりませんがね…」


「入った時点で捕捉されていたってことか」


“符号”にまだ隠されたことがあったか。振り返って考えてみるが、心当たりがないので本当にうまく隠されているのだろう。それに気付けなかったのはこちらの落ち度だ。


「ええ。まさか勇者御一行さまが自らこの街に来てくれるとは…飛んで火に入る夏の虫とはこのことですね」


「すっかり嵌められたわけね。で?私たちを捕まえて何をしようってわけ?」


「【ペルディダ】の…邪魔をするのをやめてほしいだけですよ」


ロックスはふぅ、とため息をついた。見張りの男が何処からか椅子を持ってきて、ロックスがそれに腰掛ける。


「【ペルディダ】は…居場所がない者たちの逃げ場です。確かに少々荒っぽいですが、それは我々が生き残るため。我々は社会に居場所が欲しいだけなのです」


「嘘だな。それならなぜ国王を殺した」


「…それは」


「お前たちは民間人も殺している。…居場所が欲しい奴らのやることとは思えないな」


「…そうですね。組織が大きくなるにつれ…制御できない部分も出てきました。しかしわたくしは…」


「そんなこと望んでないとでも?」


「ええ。【喪失者】であるだけで迫害される社会などおかしいでしょう。【喪失者】にも出来ることはあるはずです」


ロックスは深く刻まれた眉間の皺を揉むように手を動かす。本当に苦悩しているかのようなその仕草に、少し同情心が湧き上がるのを感じたが、ロックスはあの国王を殺した【ペルディダ】のボスであることを考えると、やはり許すことはできない。


「…俺たちを捕らえてどうするつもりだ」


「話し合いで解決すればよかったのですが…」


「ですが?残念ながら話し合いでは解決しないぞ」


「ええ、そうはいかないようなので。…申し訳ありませんが、死んでもらいます」


「はっ…それが本音かよ」


ジャレドが吐き捨てるように言う。ロックスは本当に悲しそうな顔をしていた。これが演技なら主演男優賞ものだ。


「それでは…さようなら。“天啓の雷”」


バチバチッと大きな音がして、雷が部屋を駆け巡った。煙が巻き上がる。その煙が晴れると、現れたのは拘束から逃れた4人とそれを守る魔法障壁だった。魔法障壁は雷魔法により一部欠けてしまったが、中にいる4人に怪我はない。


「…やはり一筋縄では行きませんか」


ここで、俺がどうやって拘束から逃れたのか解説しよう。まず俺は真と入れ替わった。真は魔法を使い4人分の拘束具と椅子を破壊して、その上で魔法障壁を張りロックスの技を防いだのだった。ロックスは魔法を使うようなので、魔法使いの真の方が相性がいいだろうと考え、俺たちは表に出るのを真のままにしておくことにした。


「敵しかいないデュークスバリーで備えなしに闘うのは悪手よ。逃げましょう」


「うん、僕もそう考えてた。…道は開ける」


「行くぞ。…走れ!」


「“バストン・デ・トルエノ”!」


魔法でロックスと見張りの男たちを後退りさせ、扉に向かって走り出す。扉を開けるとその先は階段になっており、全速力で駆け上がる。最後尾はジャレドが務めた。ダーシーが足をもつれさせ転びそうになるが、真が後ろから支えて事なきを得る。


「荷物があったわ!」


駆け上がったその先は宿屋だった。荷物がまとめられて置かれている。俺たちはそれを走りながら手にとり、荷物を背負う。


「親愛なき狂騒…」


ジャレドが詠唱を始める。何かを召喚して後ろとの距離を取る作戦だろう。


「排他なき統治…」


「紅蓮なる松泉…」


「抵抗なき慈愛!」


呼び出されたのはユニコーンのような、大きな馬だった。長く鋭いツノで後ろから来る敵を振り払ってくれている。


「“些事たる水流”」


ロックスの声が響く。デュークスバリーの道が水で満たされ、流れに逆らいながら進まざるを得なくなり、逃げるスピードが遅くなってしまう。


「ッ…!“フエゴ”!」


真が後ろに向かって火球を放つ。それは追ってくる男のうちの1人に当たり、男はもんどうりうって倒れた。しかし、ロックスがなにかしらの号令をかけたのか、追いかけてくる人は増える一方だ。


「くッ…このままじゃあ…!」


「…真」


ジャレドが声をかけてくる。エレナとダーシーは走るのに必死で、気づいている様子はない。ジャレドの声のトーンは真剣で、何か覚悟を決めたような調子だった。


「俺が囮になる。…エレナとダーシーを頼むぞ」


「そんな…!何を言ってるんだ!」


「このままじゃ全員捕まる。お前が捕まるわけにはいかないだろう。…大丈夫だ、死ぬつもりはない」


「でも…!」


「任せてくれ。…頼むよ」


「…くそッ…ああ、分かったよ」


珍しく真が声を荒げた。ジャレドはやり取りが終わると、ユニコーンのような馬にまたがり、再び詠唱を始めた。追手の者たちはジャレドに釘付けになっている。


「幻影たる黄昏、相貌似しし霊体、葉隠する全霊、大破する妖艶」


なにか、幻術に近いものを使ったのだろうか。ジャレドが道を曲がり俺たちと違う方向へ向かうと、追いかけている人全員がジャレドの方へ向かった。


「門までもうすぐだ!」


そうして俺たちは走り抜け、門を潜り抜けてデュークスバリーの外へ出た。真は門に施錠魔法をかけ、近くの森まで走って身を隠した。そうして、森の中で一息つく。真は俺ほど体力があるわけではないので、ゼェハァと肩で息をしている。ダーシーとエレナもかなり辛い運動だったようで、ハアハアと息を切らしていた。


「…ハァ、…?あれ、ジャレドはどうしたの、真…?」


「ジャレドは…囮になってくれたよ」


「…!そんな!」


「今すぐ助けにいかなきゃ…!ジャレドが死んでしまうわ!」


「駄目だ、エレナ。それに、死ぬつもりはないってジャレドは言っていた。彼が約束を破る男だと思う?」


「それでも…!」


「ジャレドに生かしてもらったんだ。僕たちは生きなきゃいけないんだよ、エレナ」


「そんな…」


エレナの瞳から涙が溢れる。エレナとジャレドはいい雰囲気だったのもあり、ショックが大きいのだろう。でも、俺は確信があった。ジャレドなら大丈夫だ。あいつが嘘をつくはずがない、と。


「やっぱり助けに行くべきじゃあないかしら…」


諦め切れないらしいエレナが呟く。ダーシーが困ったような顔をする。どう説得したものか悩んでいるようだ。


「でもデュークスバリーの中が今どうなっているのか分かりませんし…」


「あれだけの人数を相手にできるほどの余裕はないね…」


「でも!」


「隠れているなら僕たちが行くことで邪魔になるかもしれないよ」


エレナは悔しそうに下を向く。俺たちもジャレドを助けたい気持ちはあるが、どう考えてもデュークスバリーに戻るのは悪手なのだ。ロックスも言っていたが、まさに飛んで火に入る夏の虫、といったところだろう。今行ったらそれよりも悪いかもしれない。デュークスバリーは俺たちが思っていたより【ペルディダ】の根が深く張り巡らされていた。今はジャレドの無事を祈ることしかできない。


「デュークスバリーに戻るのがだめでも、近くで待つことは出来ないかしら?合流出来たらきっと良いわ」


「どの段階でジャレドの囮がバレるか分からないし、もしかしたら【ペルディダ】の人たちがデュークスバリーの近くを探るかもしれない。リスクを減らすには、とにかく離れるのが一番だ」


「…そうね、その通りだわ。…ごめんなさい、冷静じゃないみたい」


エレナも頭では分かっているのだろう。あっさりと引き下がった。エレナの顔は涙でぐしゃぐしゃになってしまっている。ダーシーがそっとハンカチを差し出した。エレナはおずおずとそれで顔の涙を拭うが、涙は溢れて止まないようだった。


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ぐずぐずと泣き止まないエレナを連れ、森の中を進む。追手は来ていないようだ。それだけジャレドの囮が上手く機能しているのだろう。とりあえず、どこか【ペルディダ】の手が及んでいない街に行きたいところだ。


「地図、は…なくなってないな。ここから近いのはヴァーノンか。3日くらいで着くかな」


「港町ですね。【ペルディダ】のひとが居ないといいんですけど…」


泣き止んだエレナが、地図を覗き込んでくる。


「港町…美味しい海鮮…」


こんな時もやっぱり食欲はあるらしい。まあ、引きずられて食欲まで無くなられてはこちらの調子も狂うので、全然良いのだが。


「海鮮料理、楽しみですねエレナさん」


「ええ…そうね」


ご飯の話で少し調子が良くなったらしいエレナは、ほんの微かに笑う。エレナにとってジャレドがどれほど大きな存在だったのか目に見えて分かるようで、胸が痛くなった。


「じゃ、行こうか。次の目的地はヴァーノン!」


えいえいおー!と無理にテンションを上げて言う。ジャレドは静かながらパーティに不可欠な存在だった。それを痛感しつつも、前を向かないわけにはいかないのだ。俺たちには世界を救うという使命があるのだから。



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