デュークスバリー。王国の北方に位置するこの街は、王都ヴァージルから徒歩移動で5日とそれなりに近い位置にあるものの、王都とは打って変わって寂れた雰囲気を漂わせていた。しかしながら堅牢な壁に囲われた街の威容は今なお損なわれておらず、全体としてちぐはぐな印象を受ける街であった。
「やっと着いたな」
「ここがデュークスバリーですか…」
4人は固く閉ざされた門扉の前に立っていた。凛がぐ、と門扉を押してみるものの、びくともする様子はない。
「…入る方法が分からないな」
「こんな真っ昼間に門が開いていないことなんてあるのか?」
「普通はないと思うけれど」
凛は門を押したり引いたりと手遊びがてら試しているが、門は開かない。他にデュークスバリーに用がある旅人も居ないようで、4人は完全に立ち往生していた。
「これは…困ったわね。デュークスバリーが【ペルディダ】の根城なら全く手出しができないってことになるわ」
「確かにそうだな…しかし、民間人もいるだろうに、門が開いてないと不便じゃないか?」
「何か手掛かりがないか探してみましょうか」
4人で手分けして周囲を探索するものの、何も手掛かりらしきものは見当たらなかった。もしや裏口などがあるのではと思ったが、それも一通り見た限りでは見つからない。
「これは…お手上げだな」
「何かしらで門が開くタイミングがあると思うのだけれど…」
「張り込んでみるか」
そうして、俺たちは門扉が見える茂みの辺りでキャンプをすることにした。寒い上に食料の備えがあまりないため、早めに決着をつけたいところである。門扉を見張るのは交代制とし、俺たちは夜を過ごすこととなった。事が動いたのは明け方ごろ、ダーシーが見張り番の時だった。
「皆さん、門が開きました」
ダーシーがゆさゆさと俺たち3人を揺さぶって起こしてくる。なんだなんだと門扉の方を見遣ると、門扉自体は開いていないが、勝手口のような人1人通れる扉が開いていた。そこから衛兵らしき格好をした男が出てくる。そこに、1人の薄汚れた中年男性が近寄って行った。何を話しているかまでは聞き取れないが、なにやら揉めているようだ。
「何事ですかね…?」
中年男性はポケットから何かを取り出した。おそらく紙幣だ。量的に言って、かなりの金額であることは間違いない。それを衛兵らしき男に押し付けるように渡そうとしているが、男は受け取らず、中年男性を突き飛ばした。
「なんてひどいことを…」
「賄賂は効かない、ということだな」
中年男性は紙幣をかき集めるととぼとぼと歩き去っていった。衛兵らしき男は扉の前に立ったままだ。しばらくすると、明らかに貧困層といった風体の男性が衛兵に近付いて行った。男は衛兵に対し何か話しかけると、衛兵は扉の前から退き、男を中に入れた。
「中に入れたぞ…?」
「これでは何が違いなのか分からないな」
その後も、数人がぱらぱらと衛兵に話しかけ、追いやられる者もいれば招き入れられる者もいた。そうして夕方になり、衛兵が扉の向こうへと消えた後になって、俺たちはようやくその違いを理解したのだった。
「つまり…“符号”がある、ということね」
(はい、間違いなく中に招き入れられた者たちは同じ動きをしていました)
「それがデュークスバリーへの通行証代わりになってるってわけだな」
「明日衛兵さんが出てきたらそれを試してみましょう!」
(兄さん、間違わないで出来る?)
「朝飯前だ、心配するな」
(そういうのフラグって言うんだよ、もう)
そうして俺たちは一夜を過ごすこととなった。少しでも暖を取るためにエレナとダーシーがくっついて寝ている姿は見ていて微笑ましいものがあったが、口に出すと変態くさいのでやめておいた。
翌日。昨日と同じくらいの時間に衛兵は外に出てきた。それを狙って、さも今ここに着いたかと言わんばかりの演技をしつつ門扉に近付く。突如やってきた4人組に衛兵は警戒心を露わにするが、俺たちは緊張を悟られないよう平常心を意識しつつ話しかける。
「おい、お前たち。なにものだ」
「デュークスバリーに入りたくって旅してきたんだ。入れてくれよ」
そう言いながら、昨日見抜いた“符号”を手振りで示した。すると、ふっと衛兵から警戒心が薄れ、穏やかな笑みさえ浮かぶ。
「デュークスバリーにおかえりなさい」
衛兵はそう言って扉への道を開けた。俺たちはなんでもないようなフリをして扉をくぐった。
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デュークスバリーの中は閑散としていた。パッと見当たるところに人はいないのに、目線が突き刺さるような気配がして不気味だ。ここが【ペルディダ】の根城だという情報がなければ気にならなかったかもしれないが、潜入したことがバレていやしないかと不安になってくる。しかしここで不用意な行動をとってしまえば自分から尻尾を出すことになるので、慎重に、何事もないかのように行動しなければならない。
「…お腹が減ったわ」
こんな緊迫した場面でも空腹には勝てない女神。ある意味ブレてないその態度は尊敬に値するかもしれない。しかし、こんな寂れた街に何か食べるところがあるだろうか、とあたりを見回してみると、丁度こちらに向かってくる人影が見えた。ナイスタイミングだ、あの人に聞いてみよう。
「あの、すみません」
「…なんでしょう」
声をかけた人…少し薄汚れた格好をした女性はこちらに対し警戒心を露わに答えた。まあ突然声をかけられたのだから警戒しても仕方がない。出来るだけ警戒されないよう、人好きのする(らしい)笑みを浮かべて話を続けた。
「この辺りで何か食べる事ができる場所ってありますか?」
「え?…ああ…ここからまっすぐ行って左に曲がったところに酒場がありますよ」
「ありがとうございます!」
なんだか胡乱な目で見られたが、エレナの空腹には変えられない。早速その酒場の方へ向かう。まだ昼前だが開いているだろうか?それを聞くのを忘れていたな…と思いつつも、開いていなければまた聞けばいいか、と思い直す。しばらく歩いて着いた酒場は、どうやら開店しているようだった。複数人が騒ぐ声が聞こえる。
ドアを開けると、からんからんと鐘の鳴る音が聞こえる。その音につられたように中にいた人たちの視線が集まるのがわかった。中にいたのはこの酒場のマスターらしき人物と、赤ら顔で酒を飲んでいる男女5人組だった。
「おや、ここら辺では見ない顔ですね」
「ああ、デュークスバリーに来るのは初めてなんだ」
「そうでしたか。おかえりなさい、デュークスバリーに」
マスターが歓迎の言葉を述べてくれる。男女5人組は奇異なものを見る目でこちらを見てくるが、じきに興味が薄れたのか酒盛りにもどっていった。
「マスター、なにか食べるものはないかな」
「食事をご所望で?」
「ああ、出来れば腹が膨れるやつを」
「かしこまりました」
マスターは調理に取り掛かった。どうやら肉を焼いてくれるらしい。ステーキ肉はめっきり食べてなかったから嬉しい話だ。エレナはカウンター席に座り前のめりになってキッチンを覗きこんでいる。よだれが垂れそうな勢いだ。
そんな時、酒盛りをしていた男女5人組が声をかけてきた。
「あんたら、デュークスバリー初めてなんだって?おかえり、デュークスバリーに」
「え?ああ、はい。ただいまです…?」
「ははは、緊張すんなって。ここの中にいる奴らは全員仲間なんだからさ」
「そうですね」
5人組は酒を飲んで気が大きくなっているのか、それとも生来の気質かはわからないが俺たちを寛容に受け入れている。デュークスバリーに入れる人は“符号”を知るものだけ、というのも大きく影響しているのだろう。
「お待たせしました」
肉の焼ける香ばしい香りがする。出てきたのは焼けた鉄板の上に乗せられたステーキ肉だった。部位は…リブロースか?とにかく美味しそうだ。
「いただきます」
そう言って、肉にかぶりつく。焼け具合はミディアムレアで、程よい火の入り具合だ。肉汁が溢れて非常に食べ応えがある。横を見るとエレナががっつきすぎてむせていた。その背中をジャレドがさすってやっている。
「美味しいですね、リンさん」
「おう、めちゃくちゃ美味い」
俺とダーシーはそれぞれのペースでゆっくり食べる。肉は噛みごたえがあり、満腹感を誘発してくる。なかなか当たりの店に入ったようだ。店を教えてくれた女性に心の中で感謝しつつ、肉を頬張る。
「ごほっ…げほっ…美味しいわね…」
「そんなにがっつくな、エレナ。肉は逃げない」
絵面が完全に介護だが、言うと確実に雷が飛んでくるので胸の内に留めておく。というか、ジャレドも最近毒されているような気がする。なんだ、肉は逃げないって。当たり前じゃないか。
(それにしても、この肉なんかどこから仕入れているのかしら)
(確かに、業者まで“符号”を知ってるとは考えにくいし…どうしているんだろうね)
「マスター、この肉どこのなんですか?」
(直球が過ぎるよ兄さん…)
「ああ、その肉はデュークスバリー産ですよ。街の外ではあるのですが、デュークスバリーで食べられる食料の大部分を作っている場所がありますから」
「そんな場所があるんですね」
「初めてきた方は知らなくて当然ですね。寒い土地ですから中々色々育てるのに苦労したそうですが、畑や放牧地は壮観ですよ」
「へえ、行ってみようかな」
「是非是非」
マスターと無事会話を終える。しかし、頭の中ではエレナと真が文句…というか注意を延々と述べていた。
(あのね、どこでボロが出るか分からないんだからあんまり“知らない”ていで話すのはよしてちょうだい!)
(そうだよ兄さん。今回は大丈夫だったけど、【ペルディダ】なら知ってて当たり前なこととかがあるかもしれないんだから…)
(でもあんまり物を聞けないと情報収集も出来ないだろ?)
(それはそうだけど…不必要に危ない橋を渡るのはやめてくれよ)
(…分かったよ。心配かけて悪かった)
もちろんエレナと真のいうことにも一理あるので素直に謝る。するとエレナと真は拍子抜けしたようで、追撃は来なかった。
「ところで、お客様がたはデュークスバリーに何をしに?」
「え?えっと…」
「旅に疲れたからゆっくりしにきたの。デュークスバリーならぴったりじゃない?」
「ああ、なるほど。それはいいですね」
(ちょっと、言葉に詰まるんじゃないわよ!怪しまれたらどうするの!)
(悪い、咄嗟に何も思いつかなかったんだ)
(僕がフォロー出来なかったのが悪いよ。あんまり兄さんを怒らないでエレナさん)
(仕方ないわね…)
エレナのおかげで難局を乗り越えた俺たちは、マスターと談笑しつつ食べ物を平らげた。美味しい料理だった。
「マスター、この近くに宿屋はありますか?」
「ええ、ありますよ。ここを出て右手に進んで二つ目の角を左に行けば宿屋に着きます。地図を描きましょうか?」
「いいですか?ありがとうございます」
マスターはすらすらと地図を紙に描くと、その紙を手渡してくれた。分かりやすい地図だ。
「じゃあ行きましょうか。マスター、お勘定を」
「代金はいただいておりませんよ」
「…え?」
「代金はいただいておりませんよ。デュークスバリーの者はみな家族ですから」
「あ、ああ…そうですね、失礼しました。ではまた」
マスターの笑みに薄ら寒いものを感じて、俺たちは何事もなかったかのように装いながらも逃げるように酒場を出た。
「な、なに…?デュークスバリーの者はみな家族って…」
「【ペルディダ】の影響か?おかえりって言う挨拶といいまるで宗教だな」
「シーっ!誰が聞いてるかわからないわ」
「そうだな、不用意だった」
「とりあえず宿屋に行くか…」
地図を頼りに宿屋へ向かう。たどり着いた宿屋は、少し寂れた感じのする宿屋だった。ドアを開けると、番台にお婆ちゃんと言って差し支えないであろう年齢の女性が座っていた。
「あら、いらっしゃい。うちに人が来るなんて珍しいねぇ」
「4人なんですけど…泊まれますか?」
「ボロいけどそれで良けりゃ部屋はあるよ」
「じゃあ、2部屋お願いできますか」
「はいよ」
お婆さんはそう言って鍵を二つ手渡してくれた。俺たちはそれを持って二手に分かれて部屋へ向かった。
部屋はきれいに掃除されていて、ベッドメイキングも完璧でかなり清潔感がある部屋だった。
「外見で判断するものじゃないな」
ジャレドは苦笑いしつつベッドに荷物を置く。
「明日からデュークスバリーで情報収集だな…。しかし、中に入れたはいいものの、どう情報を収集するかな」
(お婆さんに聞いてみるのもいいのかもね)
「そうだな…」
ぼふりとベッドに腰掛ける。満腹感と疲労感で眠気が襲ってきた。
「少し…寝るか…」
俺は抗い難い眠気に目を閉じた。