夕方、宿屋街は祭りの雰囲気に包まれていた。ダーシーに誘われた時は驚いたが、確かにこれは参加したいと思っても無理はないかもしれない。エレナにはずいぶんと冷やかされたが、ダーシーが祭りのお供として俺を選んだのに深い意味があるとも思えないし(例えば大人数だと動きづらいとか、ジャレドと2人だと気まずいとか…これはジャレドに失礼か)、俺は純粋に祭りを楽しむことにした。
(流石に…流石に鈍いどころの騒ぎじゃないよ兄さん…!)
(鈍いってなんだ、鈍いって。仮にも兄に向かって)
(これで分からなきゃ絶望的だよ…ダーシーさんも可哀想に…)
真になにか猛烈に失礼なことを言われている気がするが、とりあえず無視することにする。
「色々出店があるが、何か目当てはあるのか?」
「特に決めては…あ、フライドピクルスがありますよ」
「フライドピクルス…?食べたことないな」
「小さい頃に家族でお祭りに行った時に食べたことがあるんです。寄っていってもいいですか?」
「もちろんだ」
ダーシーは出店に寄ると、自分の財布からお金を出しフライドピクルスを買った。一口食べて、どこかなにかを懐かしむような顔をしている。
「リンさんも食べませんか?」
そう言って袋を差し出されたので、お言葉に甘えて一ついただく。外はカラッと、中はふにゃっとしていて、ピクルスのすっぱさがクセになる味だ。
「思ってたより美味しいな」
「そうですか?それは良かったです」
ダーシーはニコニコしている。俺はその笑顔を見てなんだか安心して、肩の力が抜けるのを感じた。
「この後、花火もあがるそうですよ。楽しみですね!」
「花火か。そういえば久しぶりに見るな」
「それまで屋台を見てまわりましょう」
「ああ、分かった」
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一方、その頃。
「じれっっっったい!!!!」
エレナは人混みの中で目立たないように叫んでいた。その姿をジャレドが奇異なものを見る目で見ている。
「なんで尾ける必要が…」
「あのね、これはパーティの一大事なのよ!あの2人がくっつくかどうかはこれからの旅に大きく関わってくるの!」
「それはそうかもしれないが…覗きは悪趣味じゃないか?」
「現状を知るにはこれしか手段がないんだもの…それとも私たちもお祭りを楽しむ?」
「きみがその気なら」
「…じゃあ…りんご飴でも食べながらリンたちを追いましょうか」
そう言ってエレナはそそくさとりんご飴を2本購入し、ジャレドに差し出した。
「りんご飴か。…妹と食べて以来だな」
「あらそう。私は初めて食べるわ」
ジャレドは昔を懐かしむように言う。そんな感傷をぶった斬るようにエレナが口を挟むと、ジャレドは何かをいいたげにしたが、結局あきらめたようでふるふると首を振った。
「しかし…リンのあの鈍さはなんなんだ?あれだけ運動神経が良くて美丈夫なんだからモテたろうに」
「確かにね。…いや、逆にモテすぎて好意の基準がおかしくなってるのかもしれないわ」
しゃくしゃくとりんご飴を齧りながら尾行を続ける2人。ダーシーとリンは2人に気付く様子もなく仲良さそうに会話しながら歩いている。
「全くじれったいわね。手のひとつやふたつ繋げばいいのに」
「そんな簡単にはいかないだろう…」
ダーシーは特に初心そうだし、と付け加える。リンもダーシーを意識はしているようだが、手を繋ぐような積極性があるとは思えない。
「どうすればいいのかしら…」
「くっつくならくっつくで自然にくっつくだろ。俺たちが干渉することじゃないと思うが」
「ぐぎぎ…」
「女神にあるまじき呻き声だな」
とはいえ、コロコロ変わるエレナの表情を楽しんでいる自分がいることにジャレドは気付いていた。ミイラ取りがミイラになる、ではないが…この自称女神の少女を憎からず思っていることは間違いない。
「…俺も物好きだな」
「何か言った?」
「いや?ほら、2人が何か買おうとしているぞ」
「本当だわ!あれは…フライドポテトね。油物ばかりで胃がもたれないかしら」
「くくっ…気にするところはそこか?」
エレナの目の付け所がおかしくて笑ってしまう。リンやダーシーもそうだが、このパーティにいるとまるで自分が失ったものが戻ってきたようで…復讐の念を忘れてしまいそうになることがある。決して色褪せないと思っていた、強い憤怒と憎悪の思いが、優しい暖かさに溶かされていくようだった。
「エレナ、口の端に飴がついてる」
そう言って少女の柔らかな頬に触れる。この暖かな時間が永遠に続けば良いのに、と思った。
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一方、ダーシーとリンはというと。
「花火まであと少しですね」
「だいぶ人が多くなってきたな。はぐれないように気をつけよう」
「あの、手を…」
ダーシーが何かを言いかけた時、人がぶつかってダーシーと少し距離が離れた。俺はとっさにダーシーの手を掴み、自分に引き寄せた。勢いよく引き寄せたため、抱きしめるような形になってしまう。
「わ、悪い」
「いいい、いえ、こちらこそ…?」
ばっと離れるが、手は握ったままだ。
「…はぐれるとまずいし…手は繋いでおこうか」
「…!はい!」
そうしていると、ひゅーと音がして、夜空に大輪の花が咲いた。久しぶりに見た花火は、異世界であるということを忘れるくらい、昔見た花火と同じだった。
「…リンさん…?」
「あ、ああ、ごめん。なんだか故郷が懐かしくなっちゃってさ」
手を繋いでいない方の手で目尻にたまった涙を拭う。ダーシーの前で泣いてしまうなんて、格好がつかないな、と思いつつも、涙は止まらない。あちらの世界はどうなっているんだろう。俺が自死を選んだ後、真も俺もいなくなった世界で、両親はどんな気持ちで生きているんだろう。同じように花火を見ているのだろうか。…自死を選んだのは、間違いだったのだろうか。そう言う思いが込み上げてきて、涙が出てしまう。そんな時、ダーシーが口を開いた。
「…私には、リンさんの気持ちは分かりませんけど」
「リンさんはとっても暖かい人です。優しい人です。素敵な人です。私は、あなたに出会えて幸せです」
「もしリンさんがなにか過去のことで選択を間違えたと感じているなら、それは私にとっては悲しいことです。だって、今私たちが出会えたのはリンさんの選択があってのことだから」
「…ダーシー…」
「すみません、偉そうなこと言ってしまって。でも…本心ですから」
「いや…ありがとう」
花火はまだぱらぱらと美しく咲き誇っている。その光に照らされたダーシーは、いつもより強い意志を持った目で俺を見つめていた。その目を見て、俺は何をくよくよしていたのかと自戒した。こんなに俺のことを考えてくれている人がいる。俺はその恩に報わねばならない。
「ありがとうダーシー。俺は俺のやるべきことをやるよ」
「…はい!」
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祭りから宿屋に帰ると、ジャレドとエレナが待ち構えていた。
「リン!よくやったわ!」
「何がだ…?」
「手を繋いだ上にハグまで!思った以上の戦果よ!」
(エレナさん、はしゃぎすぎ)
「いや、なんの話だ」
「ダーシーとの話よ!忘れたとは言わせないわ」
「ああ…あれはトラブルでだな…」
そういうと、今まで黙っていたジャレドが口を開いた。
「トラブルでも進展したんだからいいだろう」
「進展って…」
エレナとジャレドが何を言っているのかいまいち分からなくて首を捻る。この2人は何を求めているんだ…。
「というか、見てたのか?」
俺がそう言うと、エレナはぎくっと大きく肩を跳ねさせた。分かりやすい女神である。
「た…たまたまよ!私とジャレドもお祭りに行こうって話になったから」
「ああ、そうだ。偶然だ」
「…そうか…?」
明らかに怪しいが、そう問い詰めることでもないので話を終わりにする。
「明日のことも考えて早く寝よう。エレナも部屋に戻って」
「…分かったわ」
エレナは何やら渋々といった様子で部屋から出ていった。見送るジャレドの視線もなんだか名残惜しそうな気がする。
(こ…これはもしや…!)
(いや、なんで自分のことにはあんだけ鈍いのに他人のことには敏感なのさ…)
真に何か言われた気がしたが、無視を決め込む。なるほど、ジャレドとエレナか…2人はいい感じなのか…!
(他人のことになると敏感な上に野次馬根性まで旺盛なの、逆に凄いと思うよ兄さん)
(文句は受け付けてない!)
(天上天下唯我独尊だ…この兄…)
なんだかウキウキしながらベッドに寝転ぶと、疲れもあったのかすぐに眠りについてしまった。
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翌日、朝に出発の準備をして宿屋街を出た。これからはどんどん北へ向かうので、どんどん寒くなってくる。俺たちはヴァージルで買った防寒用装備を羽織り、デュークスバリーへの道を進む。
他愛もない話をしながら道を進んでいると、ちらほらと雪が舞い始めた。
「雪です!」
「実物は初めて見るわね」
「もうそんなに北に来たのか」
「…」
「おい、わざとじゃないぞ」
ジャレドの思いがけない駄洒落につい押し黙ってしまう。わざとじゃないのがポイントが高い。つい笑ってしまいそうになるのを我慢して、変な顔になってしまった。
「リンさん、変な顔になってますよ」
「いや、ついな…」
「くそ…いっそ殺せ…」
ジャレドは頭を抱えていた。
「ジャレド、このサンドイッチ美味しいわよ」
気分を変えさせるためか、エレナがジャレドに声をかける。その姿を見て、俺はやはり!と思った。それをなんとかダーシーに伝えようとダーシーのそばに寄って話しかける。
「なあダーシー、エレナとジャレド、いい感じじゃないか?」
「え?ああ…そうかもしれないですね!」
(あまりにも…あまりにも配慮がなさすぎるよ兄さん…)
(配慮ってなんだよ)
(兄さんのことを好きな相手に他のカップルの恋バナするってどうなのってことだよ!)
(…は?)
ダーシーが?俺のことを?好き…?前にも言われたが、真は何を言っているんだ。噂好きの女子中学生でもあるまいし。
(いや、やっぱりお前の勘違いだろ、真)
(いいや、兄さんが気付いてないだけだね。エレナさんやジャレドさんにも聞いてみる?)
真は自信満々だ。そもそも真は俺よりも頭がいいし、感情の機微にも聡い。その真が言うのだから、おそらく本当、なのだろうが…。
(好かれる要素あるか?俺)
(兄さんは自分の魅力に無頓着なところを直した方がいいと思うよ)
(答えになってないぞ…)
俺はダーシーを見遣る。ダーシーは良い子だ。俺も憎からず思っている。でも世界を救うという使命がある今、恋愛にかまけている暇はあるのだろうか?恋愛をすることは弱みになってしまわないだろうか?まわりまわって、ダーシーを傷つけることになってしまわないだろうか?
前に真に言われた時も悩んだことだ。しかし今まで、なんとか平然を装って接してきていた。それはまるで相手からの好意を忘れたかのように。それでは駄目なのだろうか。俺は無意識にダーシーに酷いことをしているのではないか?頭の中がごちゃごちゃする。元々考えるのはそんなに得意ではない。
(…まあ兄さんが世界を救うまで保留するって決めたのなら、ダーシーさんへの態度は変えないようにね)
(…おう、分かった)
物分かりのいい弟でなによりだ。俺がこの世界にいるのは、世界を救うため。例え俺がダーシーのことを好きで、ダーシーも俺のことを好きだったとしても、恋愛をするのは世界を救った後だ。…しかし、世界を救った後俺たちはどうなるのだろう。今度エレナに聞いてみよう。
雪がちらほらと舞い散る中、俺たちは旅路を歩いていく。デュークスバリーへの道のりは約半分といったところだ。道沿いにはぽつぽつと宿屋やレストランがあり、路銀さえあれば衣食住に困ることはない。倹約家のエレナもこの寒さの中野宿を強行しようとはせず、俺たちは宿屋に泊まって暖かい中で眠ることができた。
レストランではこの近くにあるという白海産の海鮮を使った料理が多く、健啖家のエレナも満足の美味しさとボリュームだった。エレナはどうやらホタテがお気に入りのようで、ジャレドが苦笑いしながらホタテを分けてやっていた。
やっぱりエレナとジャレドはいい感じだな、と思いつつ、俺はダーシーに対して態度を変えないように細心の注意を払った。どうしても照れてしまうが、それをおくびにも出さないようにするのは中々の試練だった。しかし、なんとか怪しまれずに乗り切ることができたと思う。ダーシーはなんだか寂しげな表情をしていたが、気付かないフリをして乗り切った。それを咎めるようなエレナの視線が突き刺さるが、それも無視する。
そうして、俺たちは北へ向かい━━━━━【ペルディダ】の根城とされる街、デュークスバリーへとたどり着いた。