ヴァージルを出て1日、その日の夜は野宿することになった。というのも、ダーシーが足を少し痛めてしまい、宿屋があるあたりまで辿り着かなかったのだ。
「うう、ごめんなさい…」
「大丈夫。どうせ野宿だろうと思ってたし」
「でも、マコトさんにもエレナさんにも治癒魔法を使っていただいだのに…」
「確かに、それはなんででしょうね?普通より治りが悪かったわ」
「体質で魔法のかかり具合が変わるなんて話は聞いたことがないが」
(不思議な話だけど、気にしないでって伝えておいて)
「真が気にするなってさ」
「ありがとうございます…」
ダーシーは見るからにしょげている。何か気分転換になるものがあればいいのだが、手持ちにはなにもない。
「治らないわけではなさそうだし、明日からのことも考えてもう少し治癒魔法をかけておくわね。男性陣は野宿の準備をしてくれる?」
「ああ、分かった」
そう言われて、ジャレドと2人で森の方へ向かう。野宿をして初めて知ったのだが、広葉樹の枝より針葉樹の枝の方が燃えやすいし、松ぼっくりは着火剤になる。この世界にきて得た知識は、俺に新しい世界を見せてくれていた。
「お、松ぼっくりだ」
「よく燃えそうだな。枝も十分集まったし戻るか」
「そうだな」
そう言ってエレナとダーシーの元に戻ると、2人が複数名の男たちに囲まれていた。嫌な雰囲気だ。
「なぁお嬢ちゃんたち、俺らと遊ぼうって」
「いいだろ〜?」
「嫌だってさっきから言ってるじゃない。早くどっか行きなさいよ」
「強気〜!そんなとこも可愛いね!」
「話にならないわ…」
「おい、俺たちの連れに何か用が?」
ジャレドが躊躇なく話しかける。俺も一拍遅れてジャレドに続いた。男たちは急に話しかけられると思っていなかったのか、少しビクッとしたがすぐに平静を取り戻す。
「なに、男に用はないんだけど」
「俺たちもお前らに用はないな」
売り言葉に買い言葉とはこのことか。ジャレドはどことなくチャラい雰囲気の男たちに対してかなり強気に出ている。俺としては穏便に済ませたいのだが…。
「とにかく、仲間が嫌がってるんでやめてもらえませんか」
穏便に済ませようと俺が口を挟むと、男たちのターゲットは俺に向いた。
「嫌がってるなんてなんで分かるんだ?」
「いや、明らかに態度で分かるじゃないですか」
「喧嘩売ってんのか?」
「売ってないですって…」
なんだか話が物騒な方向に進んでいく。そんなこと望んでないのに何故…。
「リンの言う通りよ。嫌だからやめてもらえるかしら」
ここでエレナからトドメの一言。男たちは完全にぷっつん来てしまったらしい。それぞれが武器に手をかけた。
「てめぇらゆるさねぇからな」
リーダー格らしき男は顔を真っ赤にしてそう言った。なんでこうなった。ジャレドが持っていた枝を地面に置き、俺にもそうするよう促してくる。俺は大人しく従い、剣に手をかけた。
「やっちまえテメェら!」
その一言で男たちが一斉に襲いかかってくる。ジャレドはぱんと手を合わせて召喚の準備をし始めたが、そこまで大事にしたくない俺は召喚が終わるまでに男たちを片付けようと考えた。
「破壊する剣帝…」
まず1人目の狙いは右側から迫ってきた男だ。ククリナイフのようなものを持っている。俺はそれを剣で受け止め、ぎゃりぎゃりっと音をさせながら剣を滑らせ弾き飛ばした。無防備になった男に頭突きをくれてやり、KO。
「瓦解する魔妖…」
2人目は左から来た男。剣を下から斜め上へと切り上げ、胴体に傷を負わせる。浅く入るようにしたため大したダメージは入っていないが、ビビらせるのには成功したようだ。男はしりもちをついて立てなくなった。
「荒廃する枝葉…」
最後は真ん中の男だ。さきほど切り上げた剣で一文字に切り裂く。首の皮が切れたようで、血が滲む。男はヒッと声を漏らし首をおさえる。男はじりじりと後退するが、そこに追撃で袈裟懸けに剣を振り下ろした。男はぱたりと倒れ、残るはリーダー格らしき男だけになった。
「…俺の召喚は必要なかったようだな」
「召喚術を使うとおおごとになっちゃうからな。出来る限り穏便に済ませたかったんだよ」
リーダー格らしき男に剣を突きつけながら会話をする。なんとか召喚前に片付いて良かった。
「穏便に、か。かなりビビらせたようだが」
「えっそうか?深い傷は負わせてないと思うんだが」
「そういう問題では…まぁいい。お前たち、さっさと去るといい。でないともっと痛い目にあうぞ」
ジャレドが男たちにそう言うと、男たちは尻尾を巻いて逃げていった。
「ダーシー、エレナ、大丈夫だったか?」
ダーシーとエレナに向き直り話しかける。エレナは何故か怒っているようだった。
「あいつら、私たちをナンパしようとしたのよ!?もっと痛い目みせるべきだったわ!」
「まぁまぁエレナさん、何事もなかったんですから…」
「ダーシーは優しすぎるのよ!そんなんじゃ付けいられるわよ!」
「とりあえず追っ払ったから許してくれ、エレナ」
「…まあいいわ。今度来たらゼロ距離でフエゴ打ってやるんだから…」
エレナはナンパされたことにかなりご立腹のようだ。まあ女神をナンパなんて舐めてるとしか言いようがないので、当たり前ではある。
「リンさんとジャレドさんが帰ってきましたし野宿の準備をしましょう!」
ダーシーが今の雰囲気を変えようと明るく声を出した。エレナは渋々といった様子でジャレドが落とした枝を集めるのを手伝い始める。
「ダーシー、ありがとう」
「えっ?なんでですか?」
「いや、こういう時俺が何言っても多分エレナの気分を切り替えられないからさ。ダーシーのおかげ」
「そんなことないと思いますけど…ありがとうございます」
コソコソとダーシーと話していると、エレナから鋭い視線が飛んできた。早く手伝えということだろう。俺とダーシーは慌てて駆け寄り、エレナの手伝いをすることにした。
--------
焚き火の火にあたりながら、買っておいたパンを齧る。エレナが黙々とパンを食べていて少し怖い。美味しい美味しいと言わないのも、他の人が食べているものに興味を示さないのも珍しいからだ。そんなにナンパ騒ぎはエレナの心にきたのだろうか。
「…リン」
「なっなんだ、エレナ」
「腹が立っててもパンは美味しいのね…」
「ぶっ」
エレナがあまりにもまじめくさってしみじみと言うものだから吹き出してしまった。ぎろりとエレナに睨まれて俺はゴホンと咳をして気を切り替えた。
「腹が減ってさえいれば美味しいものは美味しいさ」
「そういうもの?」
「ああ。昔真と大喧嘩した時も母さんのご飯は美味かったからな」
「リンとマコトのお母さんは料理上手だったのね」
「多分ね。比べる対象がいないから分からないけど」
すでに懐かしい思い出だ。なんで喧嘩したのかは思い出せないが、真と取っ組み合いの喧嘩をして、親父に大目玉を喰らって…そんな時でも母さんの料理は美味しかった。また食べたい、と思うのは強欲すぎる話だろうか。
「お母さんの料理は特別ですよね」
ダーシーが話に乗ってきた。
「ああ、ダーシーのお母さんの料理は美味しかったわ!」
「俺の母親は料理が下手だったな」
ジャレドが珍しく頬を緩めて話しだす。何故過去形?と思ったが、そうか、ジャレドは家族を【ペルディダ】に殺されてしまっているのだ。
「そうなの?」
「ああ、火加減が苦手でな。生焼けだったり焦がしたり…だから父親がよく料理を作ってた」
「へえ。いい家族ね」
「そんな母もバナナケーキを焼くのだけはうまくてな。よく焼いてくれてたものだ」
ジャレドは懐かしい、大切な記憶を噛み締めるように話してくれた。家族への愛が大きいほど、【ペルディダ】への憎悪もより一層大きくなるものだろう。ジャレドの憎悪の根源を見た気がして、少し哀しくなった。
「バナナケーキ…食べたいわね…」
そんな俺をよそ目にエレナはいつもの調子を取り戻している。ジャレドはハハハと笑っている。
「俺で良ければ機会があれば作ってやるさ。母親のレシピが残ってるんだ」
「本当?!嬉しいわ」
エレナは無邪気に喜んでいるが、俺は内心ジャレドがしんどい思いをしていないか心配になった。亡くなった母親のレシピでバナナケーキを作るというのは、家族を思い出して苦しくならないだろうか。そんな感情が顔に出ていたようで、ジャレドが優しい顔ではなしかけてきた。
「リン、気にすることはない」
「あ、ああ…それならいいんだ」
そうして夜は更けていった。俺たちは火を絶やさないように交代で眠りについた。
-------
翌日。天気は快晴だ。今日はなんとか宿屋街のあたりまで辿り着きたいので、火の始末をして早々に出発した。歩いていると少し肌寒くなってきており、北に向かっている実感が湧いてくる。
「あっちの方の山は雪が積もってますね」
ダーシーが行き先の方向にある山を指差してはしゃいで言う。
「近くで雪を見た事はないな。どんな感じなんだろうか」
ジャレドもなんとなくそわそわした感じで言う。俺はスキーやスノーボードをしたことがあるので雪にはある程度慣れているが、それでもなんだかワクワクするものだ。
「デュークスバリーは雪が積もることがあるそうよ。もしかしたら雪に触れるかもね」
「それは楽しみですね!」
そんな他愛もない話をしながら歩いて半日。昼過ぎになると、宿屋街が近付いてきた。
「はあ、やっと一息つけるな」
「ダーシー、足の調子はどう?」
「問題ありません!」
宿屋街に入ると、いくつかの飯屋があった。昼はここで済まそうと決めて飯屋に入る。その店は、他の客の食べているものを見るに俺のいた世界でいうスペイン料理の店のようだった。
「さて、何を食べようかしら」
「たこのアヒージョ…美味しそうですね」
「俺はパエリアにしよう」
「パンも頼まなくっちゃ」
みんなもう俺がメニューを読めないのには慣れっこなので、俺の分も含めて決めてくれる。ありがたい話だ。
そうして出てきたのは、大きな平たい鍋…フライパン?に入ったパエリア、たこのアヒージョ、スパニッシュオムレツ、えびときのこのガーリックオイル炒め、それとパン…などだった。
テイクアウト用にボカディージョというサンドイッチのようなものも頼んだようで、それは袋に入れられて出てきた。
「さて、ではいただきましょう」
「いただきます!」
出てきた料理はほぼ一瞬でなくなった。朝から歩き通しでみんな腹が減ってたのだ。
「しかし、この辺は海が近いのかな?海鮮が多いようだけど」
「ああ、近くに白海っていう海があるわね。モルトハウス共和国と隣接した海なんだけれど」
「へえ。だから海鮮が豊富なんだな。海鮮丼とか食べたいなあ」
「カイセンドン?なんだそれは」
「魚の切り身をご飯に乗せた丼だよ。新鮮じゃないと食べられないからさ」
「なにそれ、美味しそうね!」
「魚の…生か?生の魚を食べる文化はこの辺にはないな…」
「なるほどなあ」
なんだか勿体無いなぁと思いつつ、そもそも米の種類が違うのか、と思い至り海鮮丼は諦めることにした。ボカディージョは夕飯までに少しお腹が減った時用に買ったのだが、結局食べてしまった。生ハムとチーズが挟まれたサンドイッチで、とても美味しかった。
その日はその宿屋街で留まることにした。路銀は十分にあるし、宿屋に泊まることができることが出来るならその方がいいだろうと言う判断だった。
ということで、俺とジャレド、エレナとダーシーに分かれ同じ宿に泊まることになった。そんなに広い部屋ではないが、十分快適に過ごせる広さだ。
「はぁ、やっぱりベッドはいいなあ」
「野宿は気を張るしな」
ジャレドが荷物を広げながら言う。ジャレドはパッキングが上手く、どこにそんな量の荷物が入るんだというほど綺麗に大量に荷物をまとめている。
すると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。
「あの、ダーシーですけど」
「ああ、どうした?」
ダーシーがやってきた。
「ちょうどこの宿屋街でちょっとしたお祭りをやっているそうなんです。そんな場合じゃないのは分かってるんですけど、もし良かったら一緒に行きませんか?」
ジャレドから好奇の視線が向けられているのを感じる。俺はなんだかむずがゆい気持ちになったが、返答しないわけにもいかない。
「…ああ、分かった。一緒に行こう」
「…!ありがとうございます!」
俺とダーシーはお互いに顔を真っ赤にして見つめ合った。ダーシーの後ろでエレナがひゅう、と口笛を吹いた音がした。