「なんや、ワシを探しとるんか?」
突然の声に、全員が勢いよく振り向く。そこには上半身を包帯に覆われたシェリントンが居た。
「なっ…!お前、どうしてここに…!」
「どうしてて言われても…キミらもここに探しに来たんやからここにおるって思ってたんやろ?」
「それはそうだが…」
「むしろなんでワシのこと探しとったん?ワシが【ペルディダ】やないことはキミらなら気付いたやろ」
「…むしろ何故【ペルディダ】に加担したの?」
「そら金やがな。市長も飽きとったしなぁ」
シェリントンはひょうひょうと答える。その態度は何も悪いことはしていないと言いたいかのようだった。
「ワシは元々殺し屋やし、別に地位に固執してへんからね。【ペルディダ】からお誘いがあったから乗っただけや」
「それで国王を殺そうとするなんて、イカれてるわね」
「お褒めに預かりどーも」
「…昨日の国王暗殺にはお前は関わってないのか」
「関わってへんよ。他でもないキミに怪我させられたからなあ」
シェリントンはあいてて、とわざとらしく痛がるフリをする。そんなに深傷じゃないだろ。
「昨日の事件で知っていることはあるかしら」
「なに、尋問受けとるんワシ?昨日のことはなーんも知らんよ。暗殺失敗してから【ペルディダ】と接触してへんし」
下手したら消されるかもなあ、と何やら楽しそうに笑っている。やっぱりこいつ、頭がイカれている。
「…ほなワシは行くで。また会う時は味方やったらええなあ」
シェリントンはそう言うと、ふらふらと西地区の奥の方へ歩いていった。そんなに深傷でないと思っていたが、意外とダメージが入っていたのだろうか?ともかく、今日の事件がシェリントンによるものではないことが分かった。…シェリントンが本当のことを言っていればだが。
「昨日の事件の犯人は一体誰なのかしら…」
「【ペルディダ】は思ったより層が厚いからな。真相は中々分からないだろうな…」
「ともかく、【ペルディダ】の詳細を知りたいところだ。ボスのロックスについても」
そうして、俺たちは西地区を後にした。
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「次はどこから着手すべきかしらね」
エレナがぽつりとつぶやいた。なんだか少し、途方に暮れたような言い方だった。エレナにしては珍しい態度を、俺は不思議に思う。
「どうしてそんな途方に暮れているんだ?」
「だって、【ペルディダ】についてなんの情報も得られてないじゃない。それに国王まで暗殺されて…どうしたらいいのか、分からないわ」
「珍しく弱気だな、エレナ。大丈夫だ…なんとかなるさ」
「あなたは珍しく楽観的ね、リン。どういう心境の変化かしら」
「だって…良いにしろ悪いにしろ、何かの情報が俺たちの元にきてくれたみたいだからさ」
俺の…俺たちの目線の先には、国王の護衛の徽章を下げた男たちが居た。
「伝説の勇者さま。国王陛下から伝言があります」
そう言って前に出てきたのは、金髪に碧眼の壮年の男性だった。
「その国王というのは…」
「昨日お隠れになった先王陛下でございます。先王陛下がお隠れになったのはひとえに我々の力不足ゆえ。勇者さまには大変なご迷惑をおかけすることになりそうです」
「あなたの名前を教えてくれるかしら?」
「失礼しました、レディ。わたくしはルードヴィク・オリ・ベインズ。先王陛下の近衛兵をしております」
ルードヴィグはうやうやしく礼をする。こんなに丁寧に礼をされたことがないためどう反応すれば良いのか分からず、あたふたしてしまうが、エレナは慣れたもののようにどっしりと構えている。流石は女神だ。
「次期国王はすでに動いているのかしら」
「ええ。戴冠式の前ですが、先王の急なお隠れにより急いで動く必要がございます故…」
「そう。次期国王は浪費家だって聞いているけれど」
「…それは、わたくしからはなんとも」
「近衛兵も大変ね」
エレナはやれやれと言った表情でつぶやいた。確かに、国王が浪費家でも何も言えないというのはなんとも窮屈なポジションだろうと思う。
「ええと…とりあえず伝言を聞いても良いか?」
「失礼いたしました。こちらが伝言でございます」
ルードヴィグはすっと懐から封筒を取り出した。綺麗な蜜蝋で封がされてある。俺には読めないので、エレナに渡して読んでもらうことにした。
「なになに…綺麗な字ね。『勇者さまへ…助けてくれてありがとう…国王軍が得た【ペルディダ】の情報を記す…』!」
「国王は兵を使って【ペルディダ】を調べていたのか」
「そうみたいね。…『ヴァージルから北に歩いて5日ほどの場所にある都市デュークスバリーに【ペルディダ】の根城があるとの情報…ボスのロックスは濡れた鴉のような黒髪に深淵を映したような黒い瞳をしている…』」
「国王はそこまで調べてたのか…!」
ふと、引っ掛かりを覚えた。濡れた鴉のような黒髪に深淵を映したような黒い瞳…この前見たような気がする。あれは確か…
「国王崩御の前だ…」
「?なにがよ」
「手紙に書いてあるような特徴の人を街で見たんだ…見たというか、ぶつかったんだが…」
「そうなの?でも黒髪に黒い瞳は少ないとはいえ居ないわけではないし…同一人物とは限らないんじゃないかしら」
「でも…なにか、嫌な予感のするやつだった。国王崩御の前に大通りあたりにいたということは、ロックス自身が国王暗殺に噛んでるのかもしれない」
「決めつけるのは早計だと思うけれど…リンの勘は信じたいわね」
ダーシーがこくこくと頷く。こういう時、信頼されていると感じて嬉しくなる。
「ロックス…【混乱の無序者】の能力はわからないけれど、国王崩御に関わったとなれば何かしらの攻撃スキルがあると考えられるわね。対策が必要だわ」
「ロックスと対峙したいものだな」
ジャレドはやる気に満ち溢れているようだ。家族の仇なのだから仕方のない話だが。
「先王陛下は本当に良い国王でございました。あなた方はその先王陛下が信頼した方々です。是非、この国から【ペルディダ】という病巣を取り除いていただきたい」
ルードヴィグはそう言うと、深々とお辞儀をし
くるりと踵を返して他の近衛兵たちを連れて去っていった。
「【ペルディダ】という病巣…か」
「確かに、【ペルディダ】はこの国に…この世界に巣食う病気そのものね」
(でも、【喪失者】への対応が生んだ病でもあるよね…難しい話だけど)
「先王陛下にここまでしてもらったんだ。行くだろう?デュークスバリーに」
ジャレドが問うてくる。その言葉に、俺は一も二もなく頷いた。
「当たり前だ。次の目的地はデュークスバリー。【ペルディダ】の根城を叩き潰してロックスを探す」
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俺たちは宿に戻り、荷造りをしていた。ヴァージルには長いこと留まったから、それなりに荷物も増えていて断捨離が必要だ。特にダーシーは両親に渡すための土産物を買ったらしくひいひい言いながら要るものと要らないものを分けていた。
「今日の夕飯が実質ヴァージルでの最後のご飯ね。慎重に選ばなくっちゃ」
エレナは相変わらず食べ物のこととなるとテンションが上がっている。
「今日は少し高いお店にしましょう。デュークスバリーに着くまでまともなものは食べられないだろうから、最後の思い出よ!」
そう言って向かったのは、俺たちの世界でいうところのフランス料理店のようなところだった。そこまで格式ばってはないが、どことなく上品な感じのする店だ。ここはコース料理を出す店のようで、それぞれ好きなコースを選び料理が来るのを待った。
「こんな店、来るの初めてです!緊張しますね…」
「ああ、俺もだ。場違いじゃないかな…」
「堂々としてればなんとかなるもんだ」
「そうよ。ビクビクしてると余計目立つわよ」
大声どころか普通の声のトーンで話すのも躊躇われて小声でダーシーと話していると、ジャレドとエレナは堂々と話してくる。
[01:48]
この2人のキモの座りっぷりは見習うべきところがあるな、と思った。
一品目に出てきたのはアミューズ…お通しのようなものだ。一口サイズの料理で、パクッと食べてみるが、緊張で味がわからなかった。
二品目に出てきたのはオードブル、前菜だ。サラダのようなものが出てきたので、ヴァージルの生鮮食品の取り扱いに感心しつつ頂く。この世界では冷蔵庫や冷凍庫がなく、魔法に頼り切っているため生鮮食品は高いのだ。
三品目はスープだ。茶色がかった色合いのスープだったためなんのスープかな、と思い飲んでみると、ごぼうのスープだった。ごぼうなのにクセが強過ぎずとても美味しい。スプーンですくって飲むのはもどかしいが、それが美味しさを引き立てているような気もする。
次はいよいよメインディッシュだ。俺は肉を選んだので、肉のメインディッシュが出てくる。鴨肉のメニューだ。詳しい調理方法などは分からないが、臭みもなくて柔らかく、とても食べやすい味だった。
一緒に出てきたパンはフランスパンのようなもので(もちろん名称は違うのだろうが)、肉と一緒に食べても美味しいパンだった。
最後にチーズの盛り合わせが出てきた。青カビのチーズは少しクセが強く、ダーシーは苦手そうにしていたが、エレナがこっそりダーシーの皿からチーズを取って食べているのを俺は見逃さなかった。優しさなのか食欲なのか、それは分からないが。
そうして食後の飲み物(俺は紅茶にした)を飲み、俺たちはなんとか少し高いお店での食事という自発ミッションをクリアした。正直食べた気がしなかったが、良い経験にはなったと思う。ダーシーは緊張からか常にぷるぷる震えていて、ちょっとかわいそうだが可愛かった。俺は真にも食べさせてやりたいなと思ったので、エレナに真を復活させてもらった暁にはここに連れてこようと思った。
「とっても美味しかったわね!大満足だわ!」
店を出るとエレナはやっと解放されたとばかりに伸びをしつつそう言った。
「俺は緊張であんまりわかんなかったよ」
「あら、案外小心者なのね、リン。こんなの楽しんだもの勝ちよ」
「そうは言われてもなあ」
頭をかきながら俺は答える。ダーシーはやっと肩の力が抜けたようで、ふーっと息をついていた。
「ダーシー、大丈夫か?」
「あ、はい!大丈夫です!こんなとこに来るとは思わなかったのでちょっと緊張しちゃっただけで…!」
「ダーシーも小心者ね。このお店、まだまだ全然格式ばってないお店なのに」
「そうだな。もっと格式高いところだとこんな服じゃ入れないだろう」
「なんで上を目指そうとするんだ…」
「私、酒場とかで十分です…」
俺とダーシーはがっくりと肩を落としため息をつく。エレナの美味しいものへの情熱には目を見張るものがある。それはそれで別に良いことなのだが、巻き込まれるのはなかなか大変なものだ。
「とにかく、食べたいものも食べられたようだし、宿に戻ってゆっくり休もう。しばらくは野宿だろうからな」
「そうね。ベッド生活とはおさらばだわ」
そんな会話をしながら宿に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「おい、そこのお前ら」
「…なんだ?」
見るからに輩といった風情の男たちだ。絡まれたと考えて間違いないだろう。
「痛い目見たくなかったら金置いてけよ。ロイヤーから出てきたとこは見てんだ」
ロイヤーというのはさきほど夕飯を食べたレストランの名前だ。そこそこの金額のかかるレストランのため、そこの客なら金を持っているだろうという考えなのだろう。
「はぁ。リン、やっちゃいなさい」
「エレナ、俺はきみの使い魔じゃないんだが…」
そうは言うものの、俺がやるしかないのは事実だ。まあ、食事の後の軽い運動にいいだろう。
「かかってこいよ。…痛い目みたいならな」
「…くそッ舐めやがってッ」
男のうちの1人がナイフを持ってかかってくる。俺はそれを左に避け、前につんのめった男の背中を押して転けさせる。男はぐえっと言って倒れる。その手を蹴りナイフを遠くへ弾き飛ばした。もう1人の男が剣を振り上げて向かってきたので、タイミングを合わせて剣で剣を弾く。後ろにのけぞった男の足をすくい、これまた転けさせると、背中を強かに打った男は丸まって痛みを堪えていた。最後の1人は両手で剣を持って上段に構えて切り掛かってくる。先の2人よりも威力はあるが、微々たる差だ。剣で受け止めた状態のまま腹に蹴りを入れると、男は剣を落とした。がらんと音がして地面に剣が転がる。俺も剣をしまい、アゴに一発パンチを決めると男は倒れた。
「さすがリン!手際がいいわね!」
「ありがとう。…警察にでも引き渡したほうがいいのかな」
「わざわざ引き渡すまでもないだろう。放っておけばいい」
「それもそうか」
そうして、俺たちは宿に戻って睡眠をとった。そして、デュークスバリーに旅立つ朝が来た。