目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第14話

夕飯時になった。俺たちは別室のエレナとダーシーと合流し、夕飯をとりに外出することにした。ダーシーが俺のことを憎からず思っていると知り(あくまでジャレドと真の推測だが)、少し態度がぎこちなくなってしまう。


「あの…リンさん、どうかしたんですか?」


「思春期なんだ。ほっといてやれ」


ダーシーとジャレドの会話が聞こえる。余計なお世話だと言いたいところだが、助かった部分があることも否めないのでなんとも言えない。


「夕飯は何を食べましょうか」


エレナがウキウキとして店を見てまわっている。これは今更気付いたことだが、意外とこの自称女神は食道楽だ。あの“引きこもりの世界”には色々な食べ物がなかったからかもしれない。


「このパスタのお店美味しそうだわ!ここにしましょ!」


見た目だけは可憐な少女のエレナがはしゃいでいる様子は見ていて和むものがある。


「パスタか。いいな」


「私も賛成です!」


そんな会話をしていると、ふと向こうからフードを被った男が歩いてくるのが見えた。見てくれは一見普通の男だが、俺はその男を見た途端言い知れない嫌悪感を覚えた。


(なんだ?あの男…)


男はふらふらと歩き、俺にぶつかる。その拍子にフードが少しズレて顔がちらりと見えた。濡れたカラスのような黒い髪に、何も映していないような真っ黒な瞳。色だけで言えば日本人と大差ないが、その男はその場において“異常”だった。


「すみません」


男が謝ってくる。どこかこちらを安心させるような低くて落ち着いた声だ。


「いえ、こちらこそ…」


俺がそう言うと、男はフードを被り直し去って行った。


「リン?早く行くわよ」


エレナが呼びかけてくるまで、俺は呆然として男の後ろ姿を眺めていた。エレナの声に我に返り、皆に続いてレストランの中に入った。


夕食のメニューをダーシーが眺めている。ジャレドや真に言われたことが気になって少し意識してしまうが、あまりぎこちなくなるのも失礼だろう。俺は気持ちを切り替えて接することに決めた。


「ダーシーは何を食べるんだ?」


「私はカルボナーラにしようかと…」


「いいな。俺もそうしようかな」


そんな会話をしていると、メニューに齧り付いてメニューを選んでいたエレナが声を上げる。


「リン、色々あるのにそれでいいの?人と違うのにしてシェアすると楽しいわよ!」


「それはきみが色々食べてみたいだけじゃないのか…?」


ちょっとした疑惑を抱きつつ、それもそうかと思いダーシーにメニューを教えてもらう。


「これはちょっと辛いやつですね」


「ああ、ペンネアラビアータか。これにしよう」


「辛いやつ、私食べられるかしら…」


「分けてもらう前提なの、なかなかにがめつい精神だな…女神とは…」


ジャレドが頭を抱えている。ちょっと分かるぞ、その気持ち。エレナって女神っぽくないよな。そう思っていると、エレナにぎろりと睨まれる。


「リン、あなた何か失礼なこと考えたでしょう」


「え?いや、そんなことは…」


エレナの冷たい瞳に口笛を吹きつつスルーする。ちょうどよく料理が運ばれてきた。エレナの関心がそちらに移ったのを見て、ふぅと一息ついた。


頼んだペンネアラビアータは唐辛子が入っていて少し辛く、食欲を増幅させる。エレナが物欲しそうに見ているので小皿に分けて渡すと、犬ならしっぽが振り切れているだろうなと思うほど喜んでいた。


-------


夕食を食べ終わり、外に出ると人だかりが出来ていた。中心の人物が号外!号外!と叫んでいる。何か嫌な予感がして、人だかりを掻き分け中心に向かった。


「号外!国王崩御!」


その瞬間、俺の頭は真っ白になった。国王崩御…?暗殺計画は阻止できたのではなかったのか。


「リン…!リン!しっかりして!」


遠くからエレナの声が聞こえて、なんとか我にかえる。エレナのもとに帰ると、その手にはしっかり号外が握られていた。


「国王暗殺計画はシェリントンとサイラス・シオドリックペアだけじゃなかったみたいね」


「まだ【ペルディダ】の者が潜んでいた…」


「そういうことだな。パレードでの襲撃事件はあくまで囮だったという考えをするものもいるようだ」


「くそッ…」


俺は拳を握りしめた。何かに八つ当たりしたい気分だが、そんなことをしている場合ではない。あの襲撃事件で完全に終わったと思っていた自分の未熟さに腹が立つ。


「次の国王はセレスティン・ブッカー・センシブル…浪費家で有名ね。すでに西のスラム地区では暴動が起こりそうな事態になっているらしいわ」


「そういえば、シェリントンが西地区に食べ物を持って行ってたよな?まさか暴動を扇動してたり…」


「可能性はあるわね。国家が揺らげば揺らぐほど【ペルディダ】は動きやすくなるわ」


エレナは少し考えたあと、こう続けた。


「どちらにしろ、この場面で私たちに出来ることはないわ。次の国王が【マーリンの涙】を報酬として引き渡してくれるかがわからなくなったけれど」


「そうだな」


(じゃあどうしようか?)


「【ペルディダ】について情報を集めましょう。…スラム地区についての情報も必要かもしれないわね」


「なら明日はスラム地区に行くか」


「…ああ、分かった」


「リン、そんなに落ち込まないで。国王崩御は決してあなたの責任ではないわ」


「でも…でも、守れたかもしれない命だった。俺が気を抜いていたから…」


そう言うと、エレナは俺の顔を両手で挟み、目を覗き込んできた。


「あのね、リン。全員は救えないの。私はあなたに世界を救ってと言ったけど、全てをあなたの責任にするつもりはないわ」


「…分かったよ。ありがとう、エレナ…」


その後、俺たちは宿に戻り夜を過ごした。俺はどうしても悔しくて涙が止まらなかったが、ジャレドは何も言わなかった。そんな中、真が俺に語りかけてきた。


(兄さん、そんなに自分を責めないでよ。兄さんのなんでも背負いこんでしまうところは美徳でもあるけれど、それじゃあいつか兄さんはパンクして壊れちゃう)


(しかし…)


(悪いのは国王を殺したやつだ。兄さんじゃない。兄さんの怒りや悲しみは自分じゃなくそいつに向けるべきだ。…僕たちの事故の時だって、僕はそう言いたかったよ)


(真…)


(兄さんが国王のことを考えるのなら、そのエネルギーは仇を取ることに向けたら良いと思う。…兄さんは優しいから、難しいかもしれないけど)


(ありがとう、真…。俺は少し、悲しむ自分に酔っていたのかもしれない。…絶対に、仇を取ろう)


(うん、協力するよ)


-------


「おはようございます、リンさん、ジャレドさん」


朝起きてダーシーとエレナと合流する。俺は泣き疲れて寝たせいで頭が少しぼーっとするものの、昨日よりは元気になっていた。何も言わないでくれたジャレドのおかげでもあるので、本当にありがたい。


「今日いくのは西地区…スラムよ。ジャレドはともかくリンとダーシーは初めてだろうから、ショックを受けるかもしれないけど、顔には出さないようにね」


「分かった」


「分かりました!」


俺たちは西地区に向かい歩き出す。西地区はスラムになっていると言っても、都市中央部からグラデーションのように治安が悪くなっているようで、進むにつれどんどん周りが荒れ果てていくのを感じる。


路地には力無く倒れている痩せ細った子供がいたり、乞食をしている人がちらほら見られる西地区の中央部あたりにやってきた。ここで情報収集をすると考えると少し気が重いが、やらないわけにはいかない。それに、襲撃事件のあと消えたシェリントンの手がかりがあるかもしれない。


「そこのきみ、ちょっといい?」


エレナが少年に声をかける。少年はぎろりとこちらを睨み、口を開くのも億劫そうにしながら喋り出した。


「なんだよ」


「【ペルディダ】って知ってるかしら」


「知ってるけど」


「知ってること、教えてくれない?」


「情報が欲しいなら金くれよ」


少年はぶっきらぼうにそう言った。エレナはその言葉にゴソゴソと懐から財布を取り出し、紙幣を一枚少年に渡した。


「これでどう?」


「【ペルディダ】についてだろ?分かったよ」


少年は紙幣を矯めつ眇めつしつつそう言った。


「【ペルディダ】の人たちは食料くれるし、この前妹が風邪引いた時薬もくれた。おうさまなんかよりよっぽど良い人たちだ」


「…そうなの」


「そうだよ。おうさまなんて俺らのこと知らんぷりだからな。【ペルディダ】の人たちは俺たちを助けてくれる」


少年は【ペルディダ】に心酔しているかのような表情で語る。それはまるで火山灰の丘で出会ったロビーのようだった。【ペルディダ】はこのようにして組織を大きくしているのかもしれない。


「話を聞かせてくれてありがとう。これは追加の報酬よ」


エレナから報酬として紙幣をもらった少年は、それを握りしめどこかに走り去っていった。


「あ、シェリントンのことを聞き忘れたわね…」


「そうだったな」


「しかし、【ペルディダ】が“良い人たち”か。立場が違えばこうも見え方が変わるとはな」


ジャレドは難しい顔をする。ジャレドからすれば【ペルディダ】は家族の仇なのだから、少年の言うことは全く理解できないことなのだろう。


「しかし、あの人格者っぽい国王でさえスラムを放っておいたのは何故なんだ?」


「お前の世界ではどうか分からんが、この世界でのスラムは【喪失者】たちの吹き溜まりだ。いくら国王が人格者でも【喪失者】を助ける手立ては思いつかなかったんだろう」


「…それで、これか」


「言いたいことはわかるわ。でもそれほど【喪失者】と一般社会は隔絶されているのよ」


この社会と【喪失者】の問題はかなり根深いようだ。そういうところに付け込んだのが【ペルディダ】なのだろう。ダーシーのように親が見捨てないパターンは少ないのかもしれない。


「おい、お前ら」


ふと、声をかけられる。そちらを見やると武装した男が数名いた。


「金持ってんだろ?大人しく渡せ」


鎌を持った男がエレナに鎌を突きつけながらそう言った。


「お金は情報と交換よ。慈善活動をしているわけじゃないの」


「ぐだぐだうるせぇ!早く渡せ!」


「気が短い男はモテないわよ」


エレナはいつも通り余裕ぶって相手を煽る。煽った相手を倒すのは結局俺なのだからあまり煽らないで欲しいのだが…。


「もういい、殺して色々かっぱらっちまおうぜ」


「そうするか」


男たちは(俺としては)嫌な方向に覚悟を決めたようで、それぞれ手に持った武器…といっても農具に近いが…を構えた。


「エレナ、下がれ。俺がやる」


エレナを背に庇い、俺は一歩前に出る。俺は武装しているので、それに怯んでくれないかと思ったが、そこまで冷静ではないらしい。


「やっちまうぞオラァ!」


まず鎌を持った男が斬りかかってくる。俺は剣でそれを受け止め、ぎゃりぎゃりと音をさせながら刃を滑らせた。鎌を持った男は前につんのめる形になり、バランスを崩したところを剣の柄で気絶させる。次にかかってきたのは鍬を持った男と包丁を持った男だった。鍬を相手にするのは距離感が掴みづらく難しい。なんとかいなしながら攻撃をかわしていると、包丁を持った男が懐に入り込んできた。まずい、と思ったものの包丁ではウィンズレッド製の防具を傷つけることすらできず、包丁を持った男が怯んだ隙に手首を狙い包丁を落とさせる。それで戦意を喪失したようで、残りは鍬を持った男だけになった。その男はがむしゃらに鍬を振り回しているが、パターンが見えれば怖くない。うまいこと避けて鍬の柄を剣で折った。


「な、なんだよこいつ…」


「くそッ」


「気が済んだならちょっと情報収集に手を貸してくれないかしら?報酬なら渡すわよ」


倒れ込んだ男たちにエレナがにっこりと微笑みかけた。


-------


「シェリントンって男を知らない?濡れたカラスみたいな黒髪に碧い瞳をした男なんだけれど」


「…そいつならたまに食料持ってここに来るぜ。変な前髪したにいちゃんだろ」


「そうそう。怪我をしてここに来たりしてないかしら」


「そんな話は聞かねえな」


「じゃあこっちには逃げてないのね…。ありがとう、助かったわ。報酬はこれくらいでいいかしら」


エレナは数枚紙幣を取り出して男たちに渡す。


「こんなにいいのか?…その…襲っちまったのに…」


「正当な働きに正当な報酬を渡しているだけよ。こっちは怪我もしてないしね」


「…!ありがとよ!またなんかあったら呼んでくれ!」


男たちはぶんぶんと手を振りながら去っていった。その表情はなぜだか晴れやかだった。


「シェリントンの行方は不明か」


「そこまでの深傷じゃなかったから、王都から逃げている可能性はあるな」


「そう…まぁシェリントンはマンフォードにも戻れないだろうし、どこか近くに潜んでるかもしれないわね」


「なんや、ワシを探しとるんか?」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?