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第13話  日常

「いろんな店がありますね!」


俺たちは引き続きショッピングを楽しんでいた。王都は先日の襲撃事件の余波で少し活気が失われてはいるものの、それでも開いているお店も少なくないため、見て回って楽しむには十分だ。


「流石にあんなことがあった後だ、警察の数が多いな」


「そうね。別に悪いことはしてないから気にすることもないのだけれど」


「それもそうだけど、ちょっと緊張するよな」


警察が行き交う中、ゆっくりと街をぶらつく。次の目当ての店は、エレナとダーシーのための服飾品の店だ。正直女性用の店に入るのは気が引けるが、ジャレドは全く気にしてないようなので俺も気にしてない素振りをして店に入った。中には綺麗な装飾品や服が並んでいる。


「ダーシーは戦わないけど、万が一のことがあるから防御力を上げておくのは悪いことじゃないわ」


「私に使うお金なんてあるんですか!?」


「仲間のためだもの、そりゃあ使うわよ」


「なんか俺と扱いが違わないか?」


「…気にするな…」


ジャレドがぽんと肩を叩く。いや、ダーシーのためにお金を使うことに反対したいわけじゃない。なんだかちょっと悲しくなっただけだ。ふと、ダーシーがディスプレイされているネックレスを気にかけていることに気づいた。エレナは気づいていないようだが、先ほどからちらちらとそちらの方を見ている。


「…」


ジャレドもそれに気づいたようで、なにか考えるそぶりをしていた。俺は財布をエレナに握られているためダーシーにあれを買ってやることが出来ない。残念だ。そう考えていると、ジャレドがちょいちょいと俺の服の裾を引っ張って呼び寄せる。


「おい、これでダーシーにあのネックレスを買ってやれ」


「え?お前がやればいいじゃないか」


「…これだから鈍いやつは…」


なぜかはぁ、と大きくため息をつかれる。


「ダーシーもお前からもらった方が嬉しいだろ」


「そんなことないと思うけど…」


(兄さん、ここは好意に甘えときなよ)


真まで同じようなことを言い出した。なんなんだ?


「分かったよ。悪いなジャレド」


「構わんさ」


ジャレドは手をひらひらと振ると女性陣の方へ混じりに行った。今のうちに買いに行けということなのだろう。こっそりネックレスを手に取り、店員さんの元へ持っていく。ジャレドから渡されたお金はちょうどの額だった。


「ジャレド、よく見てるなあ」


(兄さんとは大違いだね)


「なんだと」


真の憎まれ口に怒った振りで返しながら、ネックレスを購入する。その間に女性陣は買うものを決めたようで、着替え用であろう服とちょっとした防具を購入するようだ。


その店を出たタイミングで、俺はネックレスをダーシーに渡すことにした。


「ダーシー、これ、良かったら」


「えっ…なんですか?」


プレゼント用の包装紙にくるまれたネックレスを渡す。ダーシーは疑問符を浮かべながら包装紙を剥ぎ、ネックレスを見ると目を輝かせた。


「これ!私がいいなって思ってたやつ!」


「気に入ったなら嬉しいよ」


「いいんですか?ありがとうございます!」


ダーシーはネックレスを抱きしめてニコニコと笑う。その姿にどきっとした。…なんだろう、この気持ちは。


(えぇ…これでも気付かないの…)


(なんだよ真。言いたいことがあるなら言えよ)


(なんでもなーい。自分で気付くべきことだし)


真からなにか突き放された気がするが、まあいいだろう。ダーシーが喜んでくれたなら何よりだ。エレナがダーシーにネックレスをつけてあげている。華奢なデザインのそのネックレスは、ダーシーにとても似合っていた。


「すごく似合ってる。可愛いな」


何気なくそう言葉にすると、ダーシーが顔を真っ赤にしてエレナの後ろに隠れた。と言ってもエレナはダーシーよりかなり小さいので隠れ切れてはないが。


「なんなんだ…?」


「ほんっとうに筋金入りの鈍チンね」


「流石にここまでくると尊敬に値するレベルだな」


何かすごくディスられた気がするが、気にしないことにする。エレナの言葉にいちいち傷付いていたら旅が成り立たない。うん、ちょっと悲しい。


「さ、さっきの防具屋に戻ってリンの防具を買いましょう。予算的に問題ないわ」


「本当か!それは嬉しいな。防具があると安心感があるからな」


「防具にかまけて一撃貰っても知らないわよ」


釘を刺されてウッと言葉に詰まる。確かに防具があるからという理由で油断してやられては元も子もない。


「気をつけるよ…」


「そうしてもらえると助かるわ」


そうこうしているうちに防具屋に着いた。中に入ると、先ほどと変わらずウィンズレッド製の防具が煌めいている。エレナが店員さんを呼び寄せ、それを買う旨を伝えた。そこそこ高価な買い物らしく、店員は何度か確認していたが、エレナが突っぱねて無事購入できることになった。こういう時、エレナは頼もしい。


「せっかく買ったのだから装備してみたらどうかしら」


「いいのか?」


「そのために買ったのだからいいに決まってるでしょう」


エレナにそう言われ、恐る恐るウィンズレッド製の防具を身につける。非常に軽く、これなら動きに支障をきたさないだろう。ウィンズレッド製の防具は、元が貝殻というだけあってきらきらとしていて美しい。戦いの中では目立ちそうだが、俺の戦闘スタイル的に目立つことは不利には働かないので別に構わない。


「勇者らしくなったな」


「とっても似合ってます!カッコいいです!」


ジャレドとエレナは素直に褒めてくれた。面と向かって似合っているとか言われると小っ恥ずかしいものだが、嬉しくもある。


--------


防具屋を出ると、昼時になったからか街は先ほどよりも賑わいを見せていた。


「昼飯はどこで食べようか」


「大通り沿いにピザが有名なレストランがあるそうよ。そこはどうかしら」


「ピザ…!食べてみたいです!」


「俺はどこでも」


「ピザか。興味あるな」


「ならそこに決まりね。早速いきましょう」


そうして俺たちは防具屋からレストランに向かった。大通りは先日の襲撃事件の跡が生々しく残っており、立ち入り禁止の区域も多いが、そのレストランはその区域には入っていなかった。


「ここね。あまり混んでなくて良かったわ」


「並ばなくて済んで良かったな」


「こういうところではご飯食べるのに並んだりするんですか!?大変ですね」


「ああ、ダーシーはこういう都市に来たことがないのか」


「はい。初めてのことばっかりで楽しいやら驚くやらです」


「まあ確かに…色々刺激はあるだろうな」


そんなことを話しつつ、レストランに入ると、とてもいい香りがした。ピザの焼ける香りだ。ウェイトレスに案内され席に座り、メニューを見る。…と言っても俺はメニューが読めないのだが。


「ピザって一人一枚で考えていいのかしら」


「美味しそうなのがたくさん…」


「まぁ男が2人いるし一人一枚でいいだろう」


「リンはどんなピザが食べたいのかしら」


「俺はオーソドックスなトマトとチーズのがいいな。あるか?」


「あるわよ。マルゲリータね」


「私はこのクアトロフォルマッジにします!」


その他もわいわいとあーでもないこーでもないとメニューを凝視しつつ言い合い、なんとか頼むメニューを決め、ウェイトレスに注文をする。ここのレストランではピザを窯で焼いているらしく、そこからいい香りが漂ってくる。


「初めてのピザ…楽しみです…!」


ダーシーは少女のように楽しげにしている。俺もピザを食べるのはかなり久しぶりなので楽しみだ。


ピザが運ばれてきた。生地は薄く、俺の世界でいうところのイタリア風の生地だ。マルゲリータはシンプルイズベストといった感じでトマトとモッツァレラが乗っている。クアトロフォルマッジは蜂蜜がついていて、お好みでかけられるようになっている。


いざ実食である。生地は薄くサクサクしていて、フィリングは風味が良い。モッツァレラチーズが美味い。4人でそれぞれ頼んだものをシェアすることにしたので、他のものも食べてみる。クアトロフォルマッジは蜂蜜をかけるとチーズの塩味と蜂蜜の甘さが相まってなんとも言えない美味しさだ。ジャレドが頼んだディアブロは辛い味付けのものだが、辛味の中にも旨味がありとても美味しい。エレナの頼んだ生ハムとフレッシュ野菜のピザは生ハムの塩味がいい味を出している。


夢中で食べ進めるうちにいつのまにか皿は空になっていた。


「とっても美味しかったですね!」


「ええ、とても満足だわ」


「エレナは店選びが上手いな」


エレナは褒められて満更でもない様子だ。ダーシーはもちろんのこと、いつも感情が読めない顔のジャレドも心なしか雰囲気が柔らかくなっている気がする。食事のパワーというのはすごいものだ。


「こんな平和な日が続けばいいんですけど…」


ダーシーがぽつりと溢した。


「あ、すみません。【ペルディダ】を倒すのを否定したいわけじゃないんです」


「分かってるわ。やっぱり平和が一番だものね」


ダーシーは慌てて否定する。エレナは分かっている、というふうに頷いた。


確かに、こんな平和な日常が続けばいいとは思う。だけれど、この世界でこんな平和な日常を続けるには【ペルディダ】を倒すしかない…。そしてそれは、伝説の勇者としてこの世界に招かれた俺がやるべきことなのだ。


「…平和な日常のために、戦わなきゃな」


「そうだな」


ジャレドが同意する。今日この平和な日を過ごしたことで、より一層気が引き締まった気がした。


------


レストランを出て、宿屋に戻る。夕飯の時間まで自由時間だ。俺はなんだか俄然やる気が出て剣の素振りをすることにした。同室のジャレドは街をぶらつくことにしたらしい。


無心で剣を振っていると、真が語りかけてくるのが聞こえてきた。


(兄さん。兄さんはダーシーさんのことどう思っているの?)


(いきなりなんだ?どう思うも何も、仲間だと思っているが)


(そりゃそうだけど、ほら。恋愛感情とか)


「ブッ」


がらぁん!と音がしてすっぽ抜けた剣が床に落ちる。


(れ、恋愛感情!?)


(そうだよ。ダーシーさんは兄さんのこと憎からず思っていると思うけど)


(そんな…!)


(反応見てたらわかると思うけどなあ。兄さん、変なところで鈍感だから分かんないか)


ダーシーが、俺のことを、好き?顔に血が集まるのを感じる。多分今の俺は顔を真っ赤にしているだろう。


(次会った時からどう接すればいいんだ…!)


(僕に代わってくれてもいいよ。兄さんだけ美味しいもの食べてて羨ましいし)


(薄情ものめ…)


そんな会話をしていたら、ジャレドが帰ってきた。


「…剣を床に放り出していると危ないぞ」


「すまん…」


ごもっともな指摘を受け剣を鞘にしまう。


「なんでそんなに顔を赤くしているんだ」


ジャレドにそう問われたので、俺は真との会話をジャレドに伝えた。伝え終わると、ジャレドは呆れたような顔をした。


「なんだ、本気で気づいてなかったのか…」


「本気で気づいてなかったのか???」


「ダーシーがお前のことを好いているのなんて、100人見れば100人がそう答えるほど分かりやすかったぞ」


「そんなにか!?」


「どだい、両親に蝶よ花よと育てられたお嬢様がこんな過酷な旅についてきている時点でなにかあると思うだろう」


「た、確かに…」


「まあ俺は【ペルディダ】が倒せれば他のことはなんだっていい。自由にしてくれ」


ジャレドはそう言うとぼふりとベッドに体を投げ出した。夕飯の時間まで少し休憩するつもりらしい。


しかし…ダーシーが俺のことが好き?本当だろうか。元いた世界でも好意を寄せられたことがないというわけではないが、イマイチピンとこない。ダーシーは誰にでも優しいし、俺を特別扱いしていた記憶はないが。


(真、ダーシーが俺のことを好きってのはマジなのか?)


(ジャレドさんにあそこまで言われてまだ疑ってるの?僕はジャレドさんの意見に賛成だけど)


(マジか)


真まで言うのなら本当なんだろう。どうしよう、これからちゃんと接することができるだろうか。


(でも、あんまり表には出さないほうがいいかもね。いたずらにダーシーさんを危険に巻き込むことになるかもしれないし)


(確かにそうだな…)


ダーシーが人質に取られたりしたら大変だ。ダーシーが俺のことをどう思っているのであれ、俺としてはこれまでと同じスタンスで接するのが正しいのだろう。…しかし。


(出来るかな…)


(兄さん、しっかり思春期男子だもんね)


(お前が老成しすぎなんだよ)


そんなこんなで、夕飯の時間になった。


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