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第12話 混戦

「【混沌者】を倒す…と言ってもかなり混戦状態だが、どうするんだ?」


「1人ずつ倒していくしか無いだろう。大型魔法で一般市民を巻き込むわけにはいかない」


「…」


鯨で思い切り一般市民を巻き込んでいるジャレドは難しい顔をした。


「よし、やるぞ」


俺はそう言うと【混沌者】の方へ駆け出した。まず、一般市民に掴みかかっている1人を引き剥がし、こちらに意識を向けさせる。わざと大きな声を出して斬りかかった。周りの【混沌者】たちが異常に気づいたようで、俺に意識を向けたのが分かった。


「かかってこないならこっちから行くぞ!」


また大声でそう言い、少し隙を作って相手に斬りかかる。相手の【混沌者】は理性が吹き飛んでいるのか隙に気付く様子もなくあっさり切り捨てられた。しかしながら、周りの【混沌者】の中には俺の隙に気付いたものもいるようで、そこ目掛けて襲いかかってくる。


「かかったな」


俺は飛びかかってきた【混沌者】の喉を剣の柄で突き、そのままの勢いで回転しながら背後の【混沌者】を袈裟懸けに斬りおろす。あまり深くは入らなかったようで、少しよろめいた【混沌者】は姿勢を立て直すと再びナイフを持って襲いかかってきた。そのナイフを思い切り剣で叩き落とし、返す刀で首を切った。頸動脈に当たったようで、血がバッと吹き出す。


俺を押さえつけようとする男が居たので、後ろに頭突きをして逃げる。ふらついているその男を突きで仕留めると、周りの【混沌者】たちがじりじりと距離をとっているのが分かった。こうなると俺の戦闘スタイル上やりづらい。


「“フエゴ”」


俺と真は咄嗟に入れ替わり、真が呪文を唱える。炎の呪文だ。


「“スマ:パハロ”」


現れた炎が鳥の形をとる。炎の鳥は【混沌者】の一団の輪を薙ぐように飛行すると、真の元に戻ってきた。真は炎の鳥を右の腕に乗せて【混沌者】たちを睨みつける。炎の鳥に触れた【混沌者】たちは服に火がつきあたふたとしていた。その隙を逃さず真は追撃に入る。


「“イエッロ”」


真が左の腕を高く掲げて呪文を唱えると、大きな鉄の塊が真の頭上に現れる。鉄の塊は真の腕の動きに追従して自由自在に動き回る。真はそれを振り回し、【混沌者】たちを薙ぎ払っていく。


「がッ…」


最後の【混沌者】が倒れた、その時だった。


「うわあ、ひどいことするなあ」


この場にあるまじきのんびりとした声が響き渡った。


「シェリントンはしくじったようだな…」


一方で冷静な声がする。…サイラスだ。ということは、もう片方はシェリントンが言っていた

シオドリック、だろう。


「何が目的ですか」


「なにって、国王暗殺と市民の間引き以外に無くないですか?」


「…シオドリック、伝説の勇者さまにはそんなこと理解出来ないだろう」


「ええ!?意外とおばかさんなんですか?」


「そうじゃなくてだな」


サイラスはシオドリックに手を焼いているようだ。…しかし、2人の姿を見ても先ほど人混みの中で見た時と同じく、武装している様子はない。


「武装もせずに僕に勝つつもりですか?」


「まさかそんな舐めた真似しませんよ。今回はご挨拶だけです」


「シェリントンがしくじった時点で今回の作戦は失敗している。あの胡散臭い殺し屋の尻拭いまでするつもりはない」


「ボクはシオドリック・ハルソール。君たちに負ける気はしないけど…とりあえずよろしくね」


「行くぞ、シオドリック。警察が集まってきている」


「分かったよ〜!それじゃ、また会いましょう」


サイラスとシオドリックは言いたいことを言うと嵐のように過ぎ去っていった。いつのまにか周りには警察の姿が確認出来る。…なんとか、【ペルディダ】の企みは阻止できたようだ。


「…!国王陛下!」


ジャレドが驚いたように声を出す。ジャレドの視線の先にいたのは国王だった。


「ほんとうに…本当に助かった。何とお礼をすればいいのか分からないほどだ」


国王は深々と頭を下げた。周りの護衛たちや警官たちがあたふたとしている。しかしまあ、よく出来た王様だ。


「礼には及びません。僕たちがやりたくてやったことですから」


「ありがとう…」


国王はそう言った後、何か覚悟を決めたような顔をして言葉を続けた。


「君たちに、依頼がある。【ペルディダ】を…この国に巣食う巨悪を、倒してほしい。報酬はいくらでも出そう」


「国王陛下!」


護衛のうちの1人が声をあげる。


「いくら命の恩人とはいえ、そんな大事を任せるのは早計だと…!」


「ルードヴィグ。お前なら分かるだろう。この方たちにはその力があると」


「…しかし…いえ、出過ぎた真似でした」


「すぐに決めてくれとは言わない。やる気になったら城に来てくれると嬉しい」


国王はそう言うと、護衛たちを引き連れて去っていった。


-------


色々なことがあったため、俺たちは一度宿に戻り事態を整理することに決めた。


「さて、国王の提案の件だが」


「私は乗るべきだと思うわよ。どちらにせよ【ペルディダ】の打倒は私たちの旅の目的の一つなのだし」


「そうだな。それに報酬がついてくると考えると、こんなうまい話はないというほどだ」


「…しかもね、国王の宝物庫には【マーリンの涙】があるのよ」


「【マーリンの涙】…ってなんですか?」


「私が分身体を作るために必要な素材の一つよ。報酬として【マーリンの涙】をゲット出来ればマコトの復活にも一歩近付くってわけね」


「!」


真の復活。それは俺にとってとても大切なことだ。素材が必要だと聞いていたが、ここで手に入る可能性があるとは。素材が手に入るならば、俺としては国王の依頼を断る理由がない。


「俺としては【マーリンの涙】が手に入るなら国王の依頼を受けたいと思うが…みんなはどうだ?」


「私は賛成です!マコトさんのためにも」


「俺も断る理由がないな。リンの判断に任せる」


ダーシーとジャレドの賛成を得て、俺たちは国王と交渉することに決めた。


「あとは…シオドリックとサイラスの件か」


「あのシオドリックという男、職業が何か全く気取らせなかったな」


「ええ。次に会ったときは戦闘になるでしょうけど、こちらの手札だけバレている状態なのは不利ね」


シオドリックはかなり図体の大きな男だった。上背は190はあっただろうか。それに見合ったガタイの良さもあった。戦闘職とすると、かなり苦戦する相手になるかもしれない。


「シェリントンが国王を暗殺しようとするとはな」


「全くだ。…サイラスがシェリントンのことを“胡散臭い殺し屋”と言っていたな。もしかすると【ペルディダ】のメンバーではないのかもしれない」


「その可能性もあるわね。【ペルディダ】はあくまで【喪失者】がメインの集団。魔法剣士が在籍する理由があまり思いつかないわ」


…本当に色々あった一日だった。俺は腰掛けていたベッドにぼふりと倒れ込み、目を閉じる。

懸念事項は絶えないが、【マーリンの涙】の件など希望になるようなこともある。俺は目を開き、起き上がってこう言った。


「国王のところへ行こう」


--------


城は火事があったとは思えないほど綺麗だった。話を聞いてみると、どうやら火事ではなく発煙筒が投げ込まれていただけらしい。民衆のパニックというのは恐ろしいものだ。


「国王陛下のところまでご案内いたします」


そう言って案内してくれたのは先日国王とやりとりしていた護衛の1人、ルードヴィグだった。金髪に青い瞳をしていて、男の俺でも惚れ惚れするほど美しい相貌をしている。


「国王陛下、お連れいたしました」


こんこんとドアをノックして、美しい所作でドアを開ける。国王との謁見の間だ。部屋全体が華やかで、しかしながらいやらしくなく上品にまとまっている。


「よく来てくれました。良いお返事が聞けると考えて良いでしょうか」


「国王、その件ですが、ひとつお願いをしても良いでしょうか?」


「?ええ、私が聞けることならば」


「国王が【マーリンの涙】を保有していると伺いました。報酬として、それをいただきたいのです」


「!なぜそれを…」


「どちらにせよ私たちの旅の目的は【ペルディダ】の打倒です。ですが、もうひとつの旅の目的のため…【マーリンの涙】が必要なのです。ご一考いただけると幸いです」


国王は難しい顔をして黙り込んだ。【マーリンの涙】は国宝級のものだというから、交渉が難航するのは織り込み済みだ。しかしながら、俺は目の前に欲しいものがあるのに手を伸ばさないほど清貧な人物では無い。


「…分かった。【マーリンの涙】を【ペルディダ】の打倒報酬としよう」


「! ありがとうございます!」


「働きに期待している。…無理をして、死なないように」


「分かりました」


国王の優しい言葉に、思わず涙腺が緩む。同時に、なにがなんでもこの国王を死なせてはならないという思いが芽生えた。


「では、失礼いたします」


ルードヴィグに連れられて謁見の間を出る。俺とダーシーは無意識的に緊張していたようで、ほっと息をした。ジャレドとエレナは平然とした顔をしている。2人の度胸には感心するものがある。


ふと、ルードヴィグが足を止めてこちらに振り向いた。


「国王陛下をお守りいただき…本当にありがとう。我々ではあの男…シェリントンに敵わなかった。不徳の致すところだ」


ルードヴィグは国王への忠誠心が高いのだろう。本当に恥じ入るような顔をしていた。


「俺たちに出来ることをしただけです。お礼は必要ありません」


「…ありがとう」


------


さて、王都ヴァージルである。俺たちは【ペルディダ】打倒に向け、情報収集兼しばらくの休暇を楽しむことにしていた。あまりに色々なことが怒涛の勢いで起こりすぎて、パンクしそうになっていたので、息抜きも必要だろうという考えに至ったのだ。ヴァージルにいる間の旅費は国王が出してくれるということで、思う存分羽を伸ばせる。


ということで、俺たちはヴァージルで一番人気のカフェで朝食を食べていた。人気メニューのパンケーキは生クリームと果物がたくさん乗っていて、生クリームがくどいのではないかと思ったが果物のフレッシュさでちょうどよく中和され、非常に美味である。付け合わせの冷製コーンスープも美味しい。さすが一番人気のカフェなだけはある。


エレナはショートケーキをつつきながら朝刊を読んでいた。俺はこの世界の字が読めないため何が書いてあるかは分からないが、写真を見るに先日の【ペルディダ】による襲撃事件のことが書いてあるようだ。


「リン、あなた英雄扱いされてるわよ」


エレナが含み笑いをしながらそう言ってくる。そう言えば、街を歩いている時も、今店の中にいる時も視線を感じる気がする。


「話題の人!って感じですね」


「あんまり目立ちたくは無いんだけどな…」


「流石に無理でしょう。国王を守って大立ち回りしたんだから」


「ほれもほうはな」


ジャレドがクロワッサンサンドを頬張りながら頷く。クロワッサンサンドにはチーズと生ハム、生野菜が挟まれており、王都が発展していることを表すようなメニューだ。なぜならばこの世界には冷蔵庫がないため生野菜や生ハムの貯蔵が容易ではない。そんな中で生野菜や生ハムを提供できるのは魔法を使ったインフラが整っている証拠なのだ。


王都の発展ぶりに感嘆しつつ、美味しい朝食に舌鼓を打った俺たちは、街の様子を見ることにした。少し金銭に余裕が出来たので、装備などを買い足したいからだ。


「あら、この鎧なんかいいんじゃない?」


エレナが指し示したのは、全身鉄で出来た鎧だった。確かに身も守れるし役に立ちそうではあるが…


「重さに慣れてないから、上手く扱える気がしないんだよな…」


「それはそうだな。今の素早い動きが鈍ってしまうのはもったいないところだ」


「それもそうね…軽くて丈夫な鎧があるといいんだけれど」


「そんな都合のいいものあるんですかね…?」


そんなたわいもない会話をしていると、防具屋の店員さんが声をかけてきた。


「軽くて丈夫な鎧をお探しなら、ウィンズレット製の鎧がおすすめですよ!」


「ウィンズレッド?」


「隣国のモルトハウス共和国で採れる貝殻ね。しなやかでありながら強い耐久性を持つわ」


「よくご存知で!」


「へぇ、貝殻から鎧ができるなんて面白いな」


(ちなみにウィンズレッドは分身体を作る上でも必要な素材よ)


(! それは重要な情報だね)


「お客様、いかがでしょう?」


「ちょっと考えさせてもらうわ」


「かしこまりました」


エレナの一言に店員さんはあっさりと引き下がる。


「ウィンズレッド製の鎧、良いかもしれないな」


「お値段次第ね」


「ま、それもそうだな。他のものを見てからまた来るか」


そう言って俺たちは防具屋を一度離れた。


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