国王誕生祭当日。国王のパレードは11時からとのことで、俺たちは昨日と同じカフェで朝食をとりながら作戦会議をしていた。
「とりあえずパレードは大通りの東と西に分かれて見張るしかなさそうだな」
「そうね。分かれるのは私とジャレド、リンとダーシーがいいでしょう」
「そうだな。戦力的にそれがいいだろう」
ぱくぱくと朝食を食べながら会議を進める。大通りの幅はかなり広く、両脇から見張っても守り切れるのか分からないが、とにかくやってみるしかない。
「そろそろ人が集まり始める時間だな。俺たちも行って場所取りしないと」
「そうですね!人に揉まれて何も出来ないんじゃ話にならないですもんね」
席を立ち、食事代とチップを払って店を出た。王都は昨日と比べてもかなりの賑わいを見せている。パレードを待つ人も多く、すでに大通りのあたりはごった返していた。出店などもたくさん出ており、いたるところから美味しそうな香りがしてくる。
「うわ、凄い人出だな…」
「本当!国王って人気あるんですね」
「今の国王は比較的善政を敷いていて人気なのもあるけど、一種のお祭りとして誕生祭が人気なのが大きいわね」
「そうなのか…」
「では二手に分かれましょう。健闘を祈るわ」
「そっちこそ」
そうして俺たちは二手に分かれてパレードを見張るポジションに向かった。俺たちは大通りの西側に立ち、パレードの序盤と終盤を担当することになる。人に揉まれてダーシーとはぐれそうになり、思わずダーシーの手を握る。俺のとは違う柔らかい感触に少し照れつつも、はぐれないよう手を繋いだまま進むことにした。
(兄さん、緊張してる)
(し、してねぇよ!)
真におちょくられながらも、ダーシーをつれて見張りポイントに着いた。ここまで来たら大丈夫だろうとダーシーの手を離すが、ダーシーが握ったままで手が離れない。
「…ダーシー?」
「は、はぐれたらいけないので!」
ダーシーは何故か少し俯いてそう言った。確かに油断は禁物かもしれないが、手を繋いだままだと有事にすぐ行動に移れないのでどうしたものか考える。
(兄さん…鈍いにも程があるよ…)
(俺は何で急に悪口を言われたんだ?)
(…ま、いいけどさ)
「じゃあ、服の裾を掴んでてくれないか?手だと何かあった時に困るから…」
「…分かりました…」
ダーシーは見るからにしゅんとしながらも頷いた。しゅんとした意味が分からなくて少し疑問に思うものの、国王のパレードが近付いているため頭を切り替える。
午前11時。国王のパレードが始まった。盛大な鼓笛隊の音と民衆の歓声で大通りは一気に盛り上がる。突如として騒然とし始めた周囲に驚いたのか、ダーシーが俺の服を掴む手が強くなったような気がする。
こんな中で国王暗殺なんて出来るのかと疑問に思いつつも、俺はパレードを凝視した。国王が優雅に手を振っている。国王は見るからに高価そうな衣装を身に纏い、王冠は太陽に煌めいている。シェリントンが言っていた国王の護衛たちも綺麗な衣装に身を包んでいた。腰には儀式用であろう剣を下げている。
パレードはつつがなく進んでいく。ふと、視界の端に見たことのある姿が見えた気がした。素早くそちらを向く。
(…!サイラス!)
そこに居たのは銀髪の男…サイラスだった。サイラスはパレードを見ている。しかしながら、これまで背負っていた大剣を背負っている様子はない。この人混みでは大剣は振り回せないし、暗殺にも向かないから持っていないのだろう。ただ、その代わりになるような武器を持っている様子もない。それに、古代沼で会った時よりやつれている気がする。
「ダーシー、サイラスが居る。仲間がいないか探すから、国王の方を見ていてくれ」
「分かりました!頑張ってください」
ダーシーに耳打ちすると、俺はサイラスの周囲に怪しい人物がいないか観察を始める。すると、サイラスに親しげに語りかける人間がいた。サイラスより頭一つ大きい体躯で、茶髪に赤い瞳の男だ。顔にはそばかすが目立つ。見たことのない顔だが、【ペルディダ】のメンバーだろうか。そう思ったが、その大男は手にリンゴ飴を持っていて、それをサイラスに差し出していた。…絶対暗殺目的じゃない。こんな呑気な暗殺者がいてたまるか。
(…なんか気が抜けたな)
(まだパレードも途中だし演説もあるから気を張らないと!)
(分かってるよ)
さて、サイラスから目を離し国王の方に目を移すと、パレードは大通りの真ん中あたりまで来ていた。俺たちはパレードの進行と並行して、人混みをかき分けながら演説会場の方へ向かう。その際サイラスの近くを通ったが、剣さえ携えておらず、本当に物見遊山にきたようだった。サイラスは俺たちに気付く様子もなく、茶髪の大男と一緒にパレードを見ている。
(何が目的なんだろうな)
(存外ただの観光だったり?)
(まさかなあ)
真と会話しつつ城前の演説会場にたどり着いた。すでに多くの人が待機しており、前の方へ行くのは至難の業だ。なんとか人と人の間をすり抜けながら出来る限り前の方へ行く。パレードを終えた国王が演説をするために登壇しようとしている。事前に調査しておいた教会の鐘のところを見てみても、人影は確認できない。国王の周りには多くの護衛がついている。この状態ではいくらなんでも暗殺は不可能だろう。そう思うものの、気を引き締めて周囲を警戒する。
国王が演説の第一声を発する、その時だった。
「火事だ!」
その一言にざわざわと動揺が広がる。人々が指差す先…城から煙が上がっている!
国王もそれに気づいたようだ。
「皆さん、落ち着いてください!」
国王が落ち着くように指示するものの、王都で1番目立つ建物である城から煙が出ている様はあまりにもセンセーショナルで、民衆の動揺がおさまる様子はない。
(兄さん!この隙に【ペルディダ】が動くかもしれない!)
真の言葉に俺ははっと気がつき、国王の方を見遣る。国王は護衛に守られて演説台から降りるところだった。演説は中止、ということだろう。しかしながら、そこに近付く影があることに気づいた。その影が何かを振り上げ…それはぎらりと鈍く光っている…護衛の1人が血を吹いて倒れた。
「!」
暗殺者だ!そう確信した俺は人混みをかき分け国王の元に走り出した。
「リンさん!?」
ダーシーの声がしたが、それを振り切り駆け抜ける。設置された柵を飛び越え、国王たちの元へと辿り着いた。
「【ペルディダ】のやつだな」
俺がそう言うと、その人物はゆっくりと振り返った。
「…シェリントン…!?」
「なんやぁ、バレてもうたか。もうちょい上手くいく手筈やってんけどな」
「マンフォード市長のお前が何故…」
「なんや、御涙頂戴な理由でも述べたら見逃してくれるんかいな」
シェリントンは相変わらず胡散臭い笑みを浮かべ、ひょうひょうと答える。手には血に濡れた剣を持ち、手遊びをしながらへらへらと笑っている。
「うまく行く手筈…とはどういうことだ」
「もう分かる」
シェリントンがそう言うと、民衆の方から悲鳴が聞こえた。
「なにごとだ…!?」
「【混沌者】の群れの一斉攻撃、成功したみたいやなあ。サイラスくんとシオドリックくんもおるしあっちは問題なさそうやねえ」
「…なんだと」
「こんなに人が集まっとるんや、間引くのにはちょうどええやん?」
「…!」
あまりにも倫理観を欠いた言葉に、声を失う。人を間引く…?シオドリックというのはサイラスと共にいた茶髪の大男のことか。
「さて、伝説の勇者くん。民衆を守るか国王を守るか…ふたつにひとつやで。きみのお仲間だけじゃああっちの相手は荷が勝ちすぎるやろ」
「伝説の勇者…!?」
国王と護衛たちが反応する。国王は腰が抜けているようで、這いずりながらシェリントンから距離をとっている。
「き、きみ…勇者よ!私のことは放っておいて国民を助けてくれ!」
「なんや、命乞いかとおもたらちゃうんかい。見上げた心意気やな」
「民がおらずして何が王か!私が死んでも国民がいる限り国は続く!」
(…良い王様だね、兄さん)
「全くだ…放っておけなくなったな」
俺は剣を抜き、シェリントンと向き合った。
「お前をすぐに倒して、あっちに行く」
「舐められたもんやなぁ!でもそういうの、嫌いやないで!」
がきぃんと剣と剣がぶつかり合う。シェリントンの職業が何かわからない為、早く済ませるとは言ったものの攻め手を決めあぐねる。
「口だけかいな!“トルエノ”!」
シェリントンは剣に雷を纏わせて切りかかってくる。まともに受けたら不味そうだと判断し、ひらりと身を翻して避けた。
(剣も魔法も使う職業…【魔法剣士】といったところかな)
(魔法に気をつけて戦う必要がありそうだ)
「なんや、ビビっとるんか?」
「まさか」
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一方その頃、エレナとジェレドは、【混沌者】の一団と対面していた。
「ほぼ全ての魔力を使うけれど、民衆と【混沌者】を分断する壁を作れるわ。どうする?」
「いや、もうここまで混戦になった以上その手は悪手だ。1人ずつ潰していくしかない」
「そうね。わかったわ」
ジャレドはナイフで自らの手のひらを傷つけると、その手を地面につけた。魔法陣が浮かび上がる。
「経口接種の孤独、誘引するソドム、削られた虚無と彗星、支配するマッドハッター」
魔法陣から出てきたのは空を優雅に泳ぐ鯨だった。その鯨は触れたものを敵味方問わず取り込み、吐き出す時には気絶させている。
「随分乱暴なやり方ね」
「手持ちでいいのが居ないんだ。…もう少し召喚するか」
鯨は【混沌者】の一団を飲み込んで無力化させているが、民衆と【混沌者】が混ざったエリアは鯨に任せられないため、なにか他の召喚獣が必要だとジャレドは判断した。
「破滅する肉声、輪廻する、蠱惑する鈴と硝子、回帰した天衣」
呪文が終わると同時に、立派なツノを持ったユニコーンが現れる。ユニコーンは少し身震いをした後、民衆を襲う【混沌者】にそのツノで攻撃をしていく。鯨とユニコーンの活躍により【混沌者】は確実に数を減らしつつあるが、それでもまだ多い。
「…!こっちにもきたわよ…!」
「【召喚士】は近接戦に弱いんだ、なんとかしてくれ」
「なんとかって、ジャレド貴方ね…!」
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「くっ…!」
何とかシェリントンの剣を受けるものの、思わず声が漏れる。シェリントンは魔法を使い剣が当たる瞬間に剣の重量を重くしてきていて、受けるだけでかなりのダメージが入ってしまう。
「なんやぁ伝説の勇者ゆうんも大したことないなッ!」
ぎぃんと剣と剣がかち合う。職業補正などで明らかに俺の方が有利なはずなのに、シェリントンの細やかな剣技や魔法で押されているのが現状だ。
(なにか…打開の一手を…!)
「リンさん!」
ふと、ダーシーの声がした。人混みを抜けてこちらまで来たのだろう。
「リンさん、負けないでください!“頑張って”!」
ダーシーのその声を聞いた瞬間、俺は身体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。“また”だ。この現象はなんなんだろう?疑問に思ったが、今はそれを追及している場合ではない。
「ありがとう、ダーシー」
「…顔つきが変わったやないの。好きな子に応援されてテンション上がったんか?」
「言ってろ」
がぁぁんとさきほどまでとは比べ物にならないほど重い音がして剣と剣がぶつかり合う。シェリントンは少し驚いたのか、距離を取ろうとするが、それをさせず追撃を入れる。
「ッ…!“ルース”!」
「無駄だ!」
シェリントンが光で目をくらませようとするが、この距離なら振れば当たる。光で目をやられないように目を閉じて剣を振ると、ざしゅッと音がしてシェリントンに一撃が入った感触がした。
「く…ッそッ…!やるやないか…!」
目を開けると、脇腹から血を流したシェリントンが片膝をついていた。あまり深くは入らなかったようだが、継戦能力を削るには上等な一撃だったようだ。
「はぁ、こんなとこで死んだら笑い事やあらへん。ここは引かせてもらうわ」
「待てッ」
「“べロシダッド”」
シェリントンが呪文を唱えると、シェリントンの動きが速くなり、すぐに人混みの中に紛れて分からなくなってしまった。
「逃してしまった…」
(兄さん、まず【混沌者】をどうにかしなきゃ!)
「そうだった!」
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「私だって大したことはできないわよ!」
「女神なんだろう?」
【混沌者】との争いの場に行くと、ジャレドとエレナが言い争っていた。
「何揉めてるんだ?」
(僕らが来たから、大丈夫だよ)
「さすがリンだわ!」
「無事で良かった。…【混沌者】を倒そう」