ウェンセスラス王国王都、ヴァージル。俺たちは火山灰の丘から約1週間の移動を経てそこに辿り着いていた。王都を囲む城壁は、何者をも通さんとばかりに高く聳え立っている。門は開かれているため誰もが通行できるようになっていて、大きな荷物を馬車で引く商人らしき一行や、冒険者らしき一団も見える。
王都に入ると、国王の誕生祭が近いからか大通りはかなりの賑わいを見せていた。しかし、建物の陰の裏路地などを覗くと、いかにも栄養が足りていないような子供達や、ホームレスのような人たちがいる。この光と影の対比が王都を構成しているのだろう。
「さすがは王都、人の多さがマンフォードとはまた一段と違いますね…!」
ダーシーは路地の光景に気が付いていないのか、純粋に楽しそうにはしゃいでいる。エレナも普段このような賑わった場所に来ることがないからか心なしか楽しそうだ。ジャレドは俺と同じく路地の様子が気になるようで、少し苦い顔をしている。
「…久しぶりに来たが、貧困の問題はあまりよくなっていないようだな」
「前からこうなのか?」
「ああ。路地はもちろんだが、地区によっては全体的に貧困層しかいない…スラムのような場所もあったはずだ」
「華やかなだけじゃない、ということだな…」
「確か西地区がスラムになっていたと思うが…」
国王の誕生祭はあと2日に迫っている。情報を集めて国王暗殺を阻まねばならない。…まずは宿探しからだが。
「あれ、この前会うた冒険者さんたちやん」
ふと声をかけられる。ひょうひょうとしたその声には聞き覚えがあった。
「!シェリントン!」
「せやで〜。キミらも誕生祭見に来たん?」
そこに居たのはマンフォード市長、シェリントン・ローズだった。
「キミらも…ってことは、貴方も誕生祭に?」
「おん。これでも一応マンフォードの市長やからな。公務や公務」
…とは言うものの、シェリントンの両脇には大量の食物が抱えられている。マンフォードも食料に困るような街ではなかったと思うが…。
「なんでそんなに大荷物なんですか?」
ダーシーが純粋に不思議そうに聞く。シェリントンはその言葉に胸を張って答えた。
「蒸気と享楽の街マンフォードの市長として、王都のうまいもんを調査しとるんや!」
えっへんと言わんばかりに堂々と答えられて、イマイチ反応に困る。この人、大食いキャラだったのか…?掴みどころのない人だと思っていたが、案外馴染みやすい人なのかもしれない。
「王都はやっぱり色々あってええなあ。マンフォードとは違った良さがあるわ」
シェリントンはそう言いながら脇に抱えた袋からクロワッサンのようなものを取り出して食べ始めた。ダーシーの視線はそれに釘付けになっている。それに気づいたシェリントンが袋からもう一個同じものを取り出しダーシーに渡した。
「いいんですか!?」
「ええよええよ〜。ここで会ったのも何かの縁やし」
ダーシーはかしこまりながら、しかしにこにこしながらそれを食べ始めた。…目を輝かせて無言で食べている。よほど美味しいらしい。
「そういえば、小耳に挟んだのだけれど」
そう前置きして、エレナが話し始めた。
「【ペルディダ】が国王暗殺を企んでるって話、ご存知かしら」
シェリントンはパンの最後のひとかけらをごっくんと飲み込むと、胡散臭い笑みに戻った。
「そらもちろん。まぁこういう行事には付きものな話ではあるけどな」
しかしまぁ…とシェリントンは続ける。
「国王の護衛はそんじょそこらのヤツじゃ倒せへんし、罷り間違っても国王に刃が届くことはないと思うで」
「国王の護衛ってそんなに強いんですか?」
「強いで〜!」
ワシよりは弱いけど!とシェリントンは冗談なのか本気なのか分からないことを言ってくる。しかし、国王に近い立場であろうシェリントンがこう言うのだから、国王の護衛はある程度の強さではあるのだろう。
「それにしても、なんでまたそないな物騒な話聞いたん?」
「ちょっといざこざがあったのよ」
蘇るのは、ロビーの死に様だ。【ペルディダ】のボス、ロックスのために自ら死を選んだ少年…。彼のような人間を増やさないためにも、国王暗殺の阻止、ひいては【ペルディダ】の打倒は急務だ。
「ふーん。まあええけど。あんまり危ないことに首突っ込んだらあかんで」
「ありがとうございます」
「ほなね。また会うたらよろしゅう」
シェリントンはそう言うと、ひらひらと手を振って去っていった。去っていったのは…西の方角だ。
「…西地区はスラムだって言ったよな?」
「ああ。…何か目的があるんだろうか」
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俺たちは引き続き街を探索しつつ、宿を探していた。今まで通りかかったところでも宿は数軒あったのだが、長居するには少し高いお値段なのがエレナとしては気になるらしく、エレナのお気に召す宿を探しているのだ。ジャレドは自分の旅費を自分で出す程度の蓄えはあるようで、俺としてはそこまで気にしなくてもいいと思っているのだが…。
「エレナの節約グセは大変だな」
(まあまあ兄さん、そう言わずに。倹約家なのは大切なことだよ)
「聞こえてるわよ」
エレナがぎろりとこちらを睨んでくる。
「私だってまさか勇者に付いて行っておサイフの管理をすることになるとは思わなかったわよ。でもリン、貴方がズボラだから…」
これは説教モードに入りそうだ。エレナは説教が長いから、話半分に聞くのがいいが、バレると大目玉をくらうので大人しくしておく。
(兄さんとエレナさんはなんだかんだ良いコンビだよね)
「どこがだ!?」
「どこがよ!?」
(そういうところがだよ)
そんな茶番を繰り広げていると、前の方から少し汚れた格好をした子供が3人ほど駆けぬけていった。きゃあきゃあと言いながら駆けて行く様は微笑ましいものがある。しかし、エレナは笑っていなかった。
「…ないわ」
「え?」
「おサイフが!ないわ!!!」
「な、何で無くしたんだ?」
「さっきすれ違った子供達にスられたのよ!追って、リン!」
「そんな、犬みたいな…」
「いいから!」
そう言われて、とりあえず駆け出す。子供達の姿はなんとか見える程度だが、体格差がある上職業補正もあるからすぐに追いつくだろう。…そう思ったのだが。
子供達はその小さな体躯を活かして抜け穴を通ったり、軽々と壁をよじ登ったりして中々追いつけない。
「くそッおっさんどこまで追いかけてくんだよッ」
「俺はおっさんじゃない!」
俺はパルクールの技術などを駆使しつつ子供達を追いかける。
そしてとうとう、袋小路に追い詰めた。
「ハァ、ハァ…やっと追いついた…」
「しつこいんだよ…!」
3人のうち1人の少年が、懐から何かを取り出した。それは鈍く光るナイフだった。
「…!」
「マジでやるからな!分かったら諦めて帰れよ!」
「それは子供のおもちゃじゃないぞ」
自分でも驚くほど低い声が出る。子供達はビクッと反応したが、強がったままだ。
ツカツカと子供達の方へ歩み寄る。少年はナイフを握ったまま動かないが、手が震えているのが分かった。俺はナイフを握った手を掴み、ゆっくりとナイフを手から離すように促した。
「子供がこんなもの使って、もっと痛い目に遭うかもしれないんだぞ」
「…うるせえ…」
俺は子供達の1人が持っているエレナのサイフを手に取り、奪い返した。子供達はすっかり毒気が抜かれたようで、反抗してくる子はいなかった。
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「取り返してきたぞ」
「さすがね、リン!信じてたわ!」
(調子がいいなあ)
「うるさいわよマコト!良かった、これで宿に泊まれるわ」
俺とエレナたちが合流したのは、エレナが子供達にスリをされた場所から少し離れた宿場の前だった。真の能力で他人の魔力保有量を見ることができるのだが、エレナの持つ魔力は独特な雰囲気を醸し出しているので、それを使ってエレナの元まで辿り着いたのだ。どうやらエレナのお気に召した宿があったらしく、俺たちはそこに泊まることになった。
エレナが宿を選ぶ基準が(恐らく)値段なので、他の宿より価格が安いであろう宿だったが、中は綺麗で整っていた。しばらく滞在するため、居心地が良さそうなところで良かったと安堵する。その日は久しぶりのベッドで眠ることができるのもあり、すぐに熟睡してしまった。
翌日。晴天である。しっかり睡眠をとったおかげで体調がいい。それは他の面々もそうだったようで、いつもより顔色が良いように感じる。ふと、誰かのお腹がぐぅと鳴った。朝食は宿泊のプランについていないので、王都で調達しなければならない。俺たちは街へ繰り出すことにした。
王都は朝から賑わっている。街灯には飾り付けがなされ、様々なところに花が置かれていたり、風船が浮いていたりしていた。いよいよ国王誕生祭が間近だと王都全体が浮き足立っているような雰囲気だ。
朝食は宿場近くのカフェで食べることにした。カフェの雰囲気はマンフォードのものとは違い、落ち着いた雰囲気だ。ここで朝食を食べながらゆっくり今日の予定を立てる。
「国王がパレードをする時と演説をする時、そこが狙われやすそうなポイントだな」
「そうね。出来る限り近くにいられるようルート取りを把握しておきましょう」
「演説の時に遠距離から狙われた際の対処をどうするかだな」
(狙いやすそうな建物を把握しておくのも良いかもね)
「そうね…建物のピックアップは必要でしょうね」
ぽんぽんと会話が進んでいく。
「ではジャレドと私、リンとダーシーに分かれて動きましょう。一刻も無駄にできないわ」
エレナはそう言うと、綺麗に食事を食べ終わった。俺はまだ食べ切っていなかったため、急いで食べ終える。少しむせたが、美味しい食事だった。
国王誕生祭のパレードは王都を縦断する大通りで行われる。俺たちは大通りを南と北に分けて探索することになった。俺とダーシーは南の担当だ。
「パレードにはどれくらい人が集まるんでしょう…」
「ジャレドによれば毎年かなりの人が観に来るらしい。人に飲まれないように気をつけないとな」
大通りや路地の様子を見て、暗殺者が隠れられそうなところや国王を狙いやすそうなところをチェックしていく。途中衛兵に変な顔で見られたりもしたが、特に問題なく作業は進んでいく。
「チェックする場所が多くて大変ですね…」
「全くだ。これに北側も合わさると思うと気が遠くなるよ」
昼過ぎ、ひと通りチェックを終えてジャレドとエレナと合流する。案の定北側も南側と同じくらいチェックされていて、本当に4人で(実戦力的には2人で)守り切れるのか不安になってくる。午後は国王が演説をする際に遠距離攻撃が可能なポイント探しだ。レストランで昼食を流し込むように食べ、せかせかと活動を始める。
王都は発展しているとはいえ、俺たちがいた世界からいえば中世から近世あたりの発展具合なので、そう高い建物はない。王都で一番大きく高い建物は演説の際国王が背に負って立つ城だ。しかし城の中にはもちろん入れないし、暗殺者も城の中から狙うとは考えづらいので、この可能性は排除する。そうなると、高い建物は教会の鐘がある場所くらいだった。
「教会か…誰でも入れるし狙いどころかもしれないな」
「なら射線はこの角度ね。防ぐためには…」
ジャレドとエレナが頭を捻ってうんうん考えている。俺はあまり頭脳労働が得意ではないため、2人に任せることにする。
(この角度から一般的な弓の大きさで矢を放った場合の速度は…)
そういえば、頭脳労働がめっぽう得意なヤツが居たんだった。いつもより嬉々として会話に参加している気がする。
「…なるほど、ここからならリンの対応速度があれば防げなくはないわね」
(兄さんなら絶対大丈夫!頼りにしてるよ!)
「おう!任せろ!」
上手いこと乗せられた気もするが、気分がいいので良しとする。真はこういう時俺を乗せるのが上手い。双子ならではだろうか、感性を完全に理解されている気さえする。
そうこうしているうちに夜になっていた。俺たちは手頃な値段のレストランに入り、各々好きなメニューを頼む。明日はいよいよ国王誕生祭だ。今日調べたことが無駄になるのが一番良いのだが、本当に暗殺が行われるのなら何としても止めなければならない。俺は戦いの予感に緊張しつつ、肉を頬張った。
そして、国王誕生祭当日となった。