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第9話 覚醒

「俺でよければ、これからもともに戦おう」


「是非よろしくお願いします!」


ジャレドの申し出は俺たちにとって願っても無い話だった。エレナは簡単な魔法で自分の身を守れるとはいえ、ダーシーもとなると荷が勝ちすぎる。俺とジャレドがいれば無理なく戦えるだろう。


さて、火山灰の丘に着くと、まず俺たちは身を隠せる場所を探した。火山灰の丘はその名の通り小高い丘で、身を隠す場所が少ない。丘の麓にある森の中に身を潜め、人が来るのを待つことにした。簡易的なキャンプを作り、待機できる環境を整える。


火を焚くと場所がバレる可能性があるので、火を焚かずにいたが、火山灰の丘の下を流れる溶岩流のおかげで火山灰の丘の方は少し明るく、夜でも様子を伺うことは出来た。問題は食料だが、干し肉をそのまま食べることでなんとかしのぐことにした。


事態が動いたのは待ち始めてから1日経つか経たないかといった頃だった。明らかに挙動不審な男が数名現れたのだ。【ペルディダ】かどうかは分からないが、裏社会の人間であることに間違いはないだろう。ジャレドとアイコンタクトをし、捕縛に動く。森を抜け、火山灰の丘の中腹に差し掛かったその時だった。


「か〜かった!」


きゃらきゃらと笑う声がして、その瞬間足元の感覚がなくなる。まずい、と思った時には手遅れだった。…古典的な落とし穴だ。しかし、穴のそこにトリモチのようなものが敷き詰められており、身動きが取れない。逃げ出そうと足掻くと粘ついてさらに泥沼にハマるような感覚だ。


「ハハッこんなに上手くいくとはね!足元が疎かなんじゃない、勇者様!」


見上げると、俺よりもだいぶ若い…おそらく14歳ほどの少年が悪辣な笑みを浮かべながら穴を覗き込んでいた。


「【ペルディダ】の人間か?」


「答える必要ある?それ」


「素直に答えれば、痛い目は見ないで済むぞ」


ジャレドの言葉に、少年はきゃーこわ〜い!とケラケラはしゃいでいる。


「そうだね。早く答えた方が身のためだよ」


「は?」


少年はいつの間にか穴を抜け出した俺…いや、真を見て驚愕の表情を浮かべる。ジャレドと少年が話している間に俺たちは入れ替わり、真の魔法で穴から脱出したのだ。


「なにそれなにそれなにそれ!ズルじゃんか!」


少年は顔を真っ赤にして怒っている。その間にジャレドも魔法で落とし穴から脱出させる。真とジャレドは臨戦体制に入り、相手の出方次第でいくらでも対応できるように備えた。少年は渾身の落とし穴がすぐに使えなくなったのが余程悔しかったのか、地団駄を踏んでいる。


「もう怒ったからな!“カーハ・デ・フゲーテス”!」


「!」


少年が呪文を唱えると、空中に大きな箱…おもちゃ箱のようなものが現れた。少年はそこから衛兵のような格好の人形を数体取り出すと、フッと息をかけた。すると手のひらサイズだった人形が人間と同じサイズになり、こちらに剣を向けてくる。


「行けッボクの兵隊たち!」


人形が剣を振り下ろす。真はそれを避け、魔法を唱えた。


「“バストン・デ・トルエノ”」


雷が落ちて、人形の振り上げた剣に落ちる。人形は丸焦げになって崩れ落ちた。しかしまだ人形は数体残っている。


「顕現し磨耗する地獄、這い上がる蜘蛛の糸、諦観する少女、喰らえど満たされぬ狼」


ジャレドがぱんと手を合わせそう呟くと、魔法陣が現れ、ダークエルフのような生物が召喚された。ダークエルフは手に持った弓矢で人形の頭を狙い撃ち殺し、近付いてきたものは短剣で仕留めていった。その様子を少年は唖然とした表情で見ている。


「ああっもう!なんで上手くいかないんだよ!ボクはロックス様に選ばれた人間なのに!」


その言葉に、全員がぴくりと反応した。


「ロックス…【ペルディダ】のボスの名前だな」


ジャレドが少年にそう問う。少年は何を当たり前のことを、といった表情で答える。


「そうだよ!ロックス様はこの国、ウェンセスラスの裏社会を牛耳る【ペルディダ】のボス!そのボスに選ばれた人間であるボクは凄いんだぞ!」


「聞いておいてなんだが、そんなにペラペラ喋って大丈夫なのか?」


ジャレドが逆に心配したような声を出したので、俺は少し吹き出してしまった。この少年はなんだか憎めない性格をしている。少年はハッと気付いたような顔をして、しかしすぐに立て直した。


「構わないさ!きみたちはここで死ぬんだからね!」


自信ありげにそう言うと、少年は箱から大きなクマのぬいぐるみを取り出した。そしてまたフッと息をかけると、クマのぬいぐるみは3メートルはゆうに超えるほどの大きさになった。イマイチ重心がとれないのか、ゆらゆらと揺れているのが恐怖心を煽ってくる。


「やっちゃえマアちゃん!」


ダークエルフが矢を放つが、元がぬいぐるみのためかダメージが入る様子もない。マアちゃんはパンチを繰り出し、砂埃が舞い散る。なかなかの威力だ。当たったら軽傷では済まないだろう。しかし振りが大きいため、隙も多い。それを見た真は落ち着いたものだった。


「“リュービア・デ・フエゴ”」


そう唱えると、雨のように火が降り注ぐ。火がついたマアちゃんは火を消そうとじたばたと暴れるが、それが更に火の勢いを強めてしまい、マアちゃんはすぐに火に飲まれていった。


「マアちゃん!!!」


少年は絶望したかのような顔で叫ぶ。なんだか可哀想になってきた。いや、【ペルディダ】のメンバーである以上同情はしてはいけないのだろうけども。


「さて、話を聞かせてもらおうかな」


マアちゃんを燃やし尽くした真は、絶望に膝をつく少年に対しにっこりと言い放った。


-------


「まず君、名前は?」


「だ、誰が言うもんか…!」


「大人しく言ったほうが身のためだと思うけど」


「ボ、ボクを脅すつもりか!?ボクは屈しないからな!」


すっとジャレドがダークエルフに指示を出すと、ダークエルフが少年の首筋に短剣を突きつけた。


「ひ…っ」


少年は顔を青くする。大口をたたいてはいるものの、感性は見た目のまま少年のようだ。


「分かった…!分かったよ!言うから短剣しまってよ!」


「態度次第だな」


ジャレドが冷たく言い放つ。少年は青い顔のまま名乗り始めた。


「ボクはロビー・ハンセン!【ペルディダ】のメンバーだ!」


「俺たちを狙った理由は?」


「お前たち、マンフォードのギルドで情報聞いただろ!?その時ボクたちの仲間がいたから先回りしてたんだ!」


「マンフォードのギルドにスパイがいたのか…」


ジャレドは腕を組んで考える素振りをしている。自分が紹介したギルドなだけに、誰がスパイか気になるのだろう。


「【ペルディダ】は今何を企んでいる?」


「は?そんなの言うわけないだろ!」


「何か企んでることがあるんだね」


真の巧みな尋問に見事に引っかかったロビーは、自分の失言に気付くとしまった!という顔をしてこちらを睨みつけてきた。


「嵌めやがったな!」


「君が勝手に口を滑らせただけだよ」


「くそ…」


真はジャレドの方に向き直ると、少し考えた後こう尋ねた。


「近々何か大きなイベントがある?」


「近々…。…国王の誕生祭がある!」


そのジャレドの言葉にロビーがびくっと反応した。どうやら、ビンゴのようだ。


「誕生祭で【ペルディダ】は何をやるつもりなのかな。国王暗殺…とか?」


「お前たちに言うことは何もない!」


いかにも図星、という表情をしながらもロビーは強気に答えてくる。この子、単独行動させるには向いてないんじゃないだろうか。誰か一緒に動いたほうがいいのでは?そんな疑念が頭をよぎる。


「国王暗殺か…陳情しにいったところで聞き入れてもらえるかどうかだな」


「確かに、僕たちは一介の冒険者だもんね。国王が聞き入れてくれるとは思えないな」


「お前たちに出来ることなんてないよ〜だ!へへん!」


真とジャレドが頭を悩ませていると、ロビーがここぞとばかりに煽ってくる。どうやらいまいち立場が分かってないらしい。ジャレドもそう感じたのか、ダークエルフに指示を出し短剣で首の皮をスッと切らせた。ロビーの首筋にぷくりと血が滲む。


「ヒッ!な、なにするんだ…!」


「あんまり大口を叩くと痛い目にあうぞ」


「わ、わかったよ…」


ロビーは見るからにしゅんとして小さくなる。本当に切られたのがかなりこたえたらしい。しかし、こんな子供が【ペルディダ】に協力する理由はなんなんだろう?


「ロビー、君はなぜ【ペルディダ】に所属してわざわざ危険なところに身を置いているんだ?」


「そんなの決まってる!ロックス様がボクを助けてくれたからだ!」


「助けた?【混乱の無序者】が?」


静観していたエレナが問答に入ってくる。それだけ疑問に思ったということなのだろう。


「ロックス様の職業がなんだろうと関係ない!いじめられてたボクを助けてくれた、その事実さえあればボクは…ボクは命をかけられる!」


ロビーはそう言うと、意を決した顔で俺たちを睨みつけて…そして、首に押し当てられている短剣に思いっきり体重をかけ、首を掻き切った。


「!」


「何をしている!」


大量の血が飛び散る中、ロビーは呻いた。


「ロックス様…最後まで…お供、できず…申し訳…ございません…」


そう言って、ロビーは事切れた。


ロビーの死後、俺たちは呆然としていた。ロビーのような少年までもが、ロックスのためなら自死すら厭わないなんて。明らかに狂っている。直前まで薄皮一枚切られただけで叫び声をあげていたのに、自ら首を掻き切るような真似をするとは、思ってもみなかった。


「ロックス…何者なんだ」


「私に言えることはひとつだけよ。…世界を破滅させる者。それだけは間違いないわ」


「…とにかく、国王暗殺を止めなければ」


「そうだな。それでは向かおう…王都、ヴァージルに」


-------


王都ヴァージル。火山灰の丘からマンフォードを越えてさらに東にあるその都市は、ウェンセスラス王国の中で最も大きな都市だという。

ジャレドが言うところによれば、まさにウェンセスラス王国の光と影を内包した都市だということで、元々治安がそこまで良くなかったところに、【ペルディダ】が台頭してきて更に治安が悪化、スラムも広がっているという。比較的裕福な層が住む場所とスラムとでは全く違う都市かのような様相を呈しているらしく、最近のウェンセスラス王国の国力低下の一因となっているそうだ。そんなヴァージルでは毎年国王の誕生祭が開かれており、その時は食料などが無料でばら撒かれるので大賑わいになるらしい。国王への不満を抑える効果もあるようだ。


(まさにパンとサーカスだね)


「誕生祭はとにかく人出が多い。どう国王を守るかだな」


「【ペルディダ】がどう襲撃してくるかが分からないからな…」


ヴァージルへの道すがら、作戦を練りつつ進む。最初に懸賞首の盗賊を引き渡して以来金を稼げていないので、徒歩移動だ。幸い、誕生祭まではまだ時間があるので、誕生祭が始まる頃には余裕でヴァージルに着いている算段となっている。


「それにしても、【ペルディダ】が国王を暗殺する目的はなんなんでしょう?」


ダーシーが問う。確かに、手段や方法ばかり考えていて目的は考えたことがなかった。


(なんだろうね。端的に国家転覆とか?)


「国家転覆か。秩序の崩壊、というのはありそうだな」


「今の国王が亡くなれば次の国王は浪費家で知られるセレスティン・ブッカー・センシブルね。国民からの反発は大きいでしょうし、国内が混乱することは間違いないわ」


(ならやっぱり国内の混乱、秩序の崩壊が目的かな。そうなれば裏社会で幅を利かせている【ペルディダ】の活動が更にしやすくなるだろうし)


「ありそうな話ね」


「とにかく、俺たちに出来ることは国王暗殺を止めることだ。…あんな子供まで巻き込むようなヤツにしてやられたまんまじゃいられねえ」


「…なんだってあの連中はあんなにロックスとやらに心酔しているんだろうな」


「救われた…って言ってましたね」


(この世界は職業親和性というものがあるから…僕らがいた世界とは違う悩みがたくさんあるんだろう、とは思うよ)


「命を賭けるほどの悩み…か」


俺にも覚えがある。弟を失ったと思った時の絶望感。もしあの状況から救ってくれる人がいたならば、彼らと同じように心酔していたのかもしれない。


「…【ペルディダ】を倒そう。ロックスに“救われた”人々も含めて」


「…ああ、そうだな」



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