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第8話 戦闘

「お前たちはここで俺が倒す」


そう告げると、俺はジョシーに向かって走り出した。ジョシーはいきなり自分に矛先が向いたことに驚いたようだったが、すぐに弓矢を構え攻撃を始める。その矢のスピードと威力はさきほどまでとは比べ物にならない。当たれば大怪我では済まないだろう。


「ちょっと、なんでアタシ狙うんスか!こっちくんなよ…!【氷狼の雨】!」


ジョシーが叫びながら技を使ってくる。どうやら、氷属性を纏わせた矢を雨のように降らせる技のようだ。俺はその矢の間をすり抜けながらジョシーに詰め寄った。怒りでリミッターが解除されたかのようで、降ってくる矢がスローモーションのように見える。


「こんなものか?」


矢を悠々と避け、ジョシーを挑発する。ジョシーは頭に来たようで、渾身の一発を放ってくる。今までのものとは段違いのスピードと威力だ。しかし、リミッターの外れた俺にとっては児戯のようなものだった。素手で矢を掴むと、バキッと握って折ってみせる。


「舐められたものだな」


「ヒッ…」


ジョシーはここまで詰め寄られると思っていなかったようで、青い顔をして尻餅をつく。じりじりとジョシーは後ろに下がり、なんとか逃れようとしているが、逃すわけがない。そんなジョシーに俺は剣を突きつけながらこう言った。


「さっきまでの大口はどうした?」


「クソッ…何でアタシが家族やらに固執してる弱いヤツに追い詰められなきゃなんないんだよ…!」


ジョシーはこの段階に至ってもなお怨嗟の言葉を吐き続ける。おそらく過去に何かあったのだろうが、それは俺たちの知ったことではない。ジャレドの思いや俺たちのことを馬鹿にしたからには、放っておくことはできないのだ。自分でも頭に血が昇っていることは分かっているが、それだけジョシーの言葉は地雷だった。


「あの方が世界を変えてくれるんだ!アタシを受け入れてくれる世界が出来るのに死んでたまるか!」


ジョシーはそう言うと、懐から先ほども飲んでいた小瓶を2つ取り出し、一気に煽った。そして小瓶を投げ出すと、ハハハと笑い始める。


「あの方のお力で!アタシが負けるわけないんスよ!」


「ジョシー!何を馬鹿なことを!」


サイラスが叫ぶ。魔力解放の薬を飲んだのか。1本飲んだだけであれほど効果があったのだ。追加で2本も飲んで何が起こるかわからないため、俺はジョシーから少し距離をとった。


「ぐっ…ぐぎぎ…」


しかし、俺の警戒をよそにジョシーは苦しみ始めていた。筋肉が不自然に蠕動し、目は白目をむいている。その動きが終わると、ジョシーはぴたりと動かなくなった。


「…どうしたんだ…?」


そのあまりに異常な状況に、ざり、とジョシーに近付こうとした、その時。


「ガァアアアアア!」


ジョシーが叫んだ。その目にはもはや理性が無いかのようで、まるで獣のような有り様であった。


「何事だ!?」


「魔力解放の薬の副作用よ!理性を失っているんだわ!」


理性を失ったジョシーは、弓矢を投げ捨て徒手空拳で向かってくる。あまりの勢いに接近を許してしまい、ギリギリのところで剣で受け止めた。ジョシーは魔力が目に見えるほど増幅されており、その魔力がジョシーの職業技の形をとるのが見て取れた。さきほどの氷属性の矢が降ってくる技だ。ジョシーと距離をとって避けようとするものの、さきほどの発動時とは威力も範囲も桁違いに大きくなっている。このままではジャレドやエレナ、ダーシーに当たりかねない。そう考え、俺に矛先が向くように誘導する。そして降ってきた矢を炎属性のエンチャントがなされた剣で斬っていく。こんなところで炎属性のエンチャントが活きるとは。


ジョシーは苦しむような、もがくような様子を時折見せつつも、基本的に素手で俺に向かって攻撃してくる。斬り伏せるのはそう難しく無いだろうが、この状態のジョシーを斬ることに躊躇いを覚えてしまう。


「…おい、“選ばれし勇者”」


唐突に、サイラスが声をかけてきた。その顔は悲痛に歪んでいる。


「なんだ」


「…頼む。ジョシーを止めてくれ…。そうすれば、ここから引くと約束しよう」


思ってもみない言葉だった。ジョシーの暴走はサイラスにとっても不都合なことなのだろう。なにより、見ていて辛いというのが見て取れる。仲間の暴走はサイラスの心に思ったよりも負担をかけているらしい。仲間思いの男なのかもしれない。


「…わかった」


「恩に着る…」


俺は剣を握り直し、改めてジョシーと向き合った。魔力解放の薬は確実にジョシーを蝕んでいる。止めてやらねばならない。


ジョシーの右手が頬を掠る。虎の獣人だからだろうか、鋭い爪に抉られ血が垂れた。俺は剣の柄でジョシーの首に一撃を入れ、ふらついた所に蹴りを喰らわせる。ジョシーはよろめき、ふらふらと千鳥足で数歩歩くが、立て直し両手を大きく挙げた━━━━━━そこを狙って袈裟懸けに斬り下ろした。しかし、あまり深くは入らなかった。重傷を負わすには至らず、ジョシーは少し引いただけで、またくってかかってきた。


「がアッ!」


俺はそれをひらりと避け、背中に手刀を入れる。しかし、魔力が解放されると同時に身体が強化されているのか、あまり手応えがない。


「くそッくそッ…」


ジョシーはなにか喚いている。理性が吹き飛んでいる分、心のうちがモロに出ているのだろう。


「なんでアタシのことは認めてくれないんだ…ッ」


「アイツばっかり…!」


「ズルい、ズルい、ズルい!」


最後は吠えるように叫んだジョシーの声は、悲痛に満ちていた。頭を抱えていたジョシーだったが、指の隙間からぎょろりとこちらを見ると、長年の仇敵を見つけたかのような顔で迫ってきた。


「アンタのせいで!」


「アタシは出来る!やれる!役に立つんだ!」


「みんなみんなころしてやる!!!」


ジョシーがそう叫ぶと、それに呼応するかのように魔力が変化し、禍々しいオーラを纏った矢が降り注ぐ。本能がこれに当たってはまずいと告げる。


「“ムロ・デ・イエロ”」


真が頭上に鉄壁を張り巡らせ矢を防いだ。矢が刺さった地面はドス黒く変色している。おおよそ毒かなにかそういった類のものだろう。当たったら何が起こるかわからなかった。咄嗟に真に交代したのは正解だったといえるだろう。


「ころしてやる、ころしてやる、ころしてやる…アイツらみたいに!」


「アタシをバカにした報いだ!」


「ぐッ…」


ジョシーは苦しむように胸を掻きむしりながら次々と矢を生成している。魔力を解放すると、魔法職でなくともこんなにも魔法が使えるのか。魔力解放の薬に底冷えのするような恐ろしさを覚える。魔力解放の薬はどうやら筋力にも影響しているようで、筋肉が不自然に蠢いているのが見て取れた。そんなアーティファクトがこの世界では普通に存在すると言うことが恐ろしい。


古代沼のほとりは暗雲が立ち込めており、真の職業【天空の賢者】のスキル…“晴れた日には全能力が大幅に向上し、ほぼ無限の魔力を持つ”…が発動しない。つまり、このまま魔力量勝負に持ち込まれれば最悪負ける可能性がある。それは魔力解放の薬の効能次第だが。


「アタシを認めない世界なんていらない!」


「アタシを認めない家族なんていらない!」


「全部こわしてやる」


最後、呟くように言ったその言葉はなにか、救いを求めているかのようだった。ジョシーはその救いを、【混乱の無序者】に求めたのだろうか。それが、この世界の破滅へと繋がると知っていながら。


「君の苦しみが、僕には分からない」


「だけど、どれだけ苦しくても、どれだけ辛くても…他人を巻き込んで世界を破滅させるのは、どうしたって間違ってるんだ…」


真が悲しげに呟く。その声が届くことはないと知りながらも、言わずにはいられなかったのだ。真は生来優しい性格の持ち主だ。俺とはまた別の考えがあって、ジョシーを倒すことに躊躇いを抱いているのかもしれない。


「こんな世界こわれちまえ!」


「偉ぶってるヤツらも!それにへいこらしてるヤツらも全員消えちまえ!」


「あの方だけがアタシを!世界を救ってくれるんだ!」


魔力の矢の雨は止まない。しかし、勢いが衰えているように思えた。真の方も鉄壁の維持が限界に近づいてきたようで、この戦いの終わりが見えてきた。


「終わりにしよう、ジョシー。君は十分苦しんだ」


「アタシがなにをしたっていうんだ!」


「“普通”じゃなきゃダメなんて誰が決めたんだ!」


「アタシは!アタシはただ“普通”に生きていたいだけなのに!」


「…」


ジョシーの苦しむような、悲しむような、縋るような言葉がこだまする。いつの間にか矢の生成は止み、彼女を覆っていた魔力は影を潜めている。途方もない量の矢を生成したため、魔力が尽きたのだろう。それでもなお、彼女は苦しみ続けていた。


「“ルース”」


真は優しく、そして容赦なく魔法を唱えた。現れた光の球はジョシーに当たると衝撃波に変わり、ジョシーは少し吹き飛ぶとぐたりとして動かなくなった。


「…これで、良かったんだよね、兄さん」


(俺たちに出来ることはこれしかない、真)


そう話していると、サイラスが近寄ってきた。


「助かった、“勇者”…ここは引かせてもらう」


サイラスが無言でジョシーに近付く。ジョシーは何か呻いているようだった。サイラスはジョシーを担ぐと、その場を立ち去ろうとした。


「ママ…パパ…見てよ…アタシ、こんな、ことが…出来るんだよ…」


ぽたりと、ジョシーの目から涙が落ちた。


--------


古代沼のほとりでの戦いは、こうして幕を閉じた。俺は数ヶ所かすり傷を負ったが、ダーシーの用意していた薬草で処置してもらい、大したことにはならなかった。ジャレドは自分では戦っていないため怪我はないようだ。


「砂になった召喚獣はどうなるんだ?」


「普通に復活するが」


普通に…?まあこの世界の住人のジャレドがそう言うのだからそうなのだろう。さてでは、生き残っている【混沌者】から【ペルディダ】について尋問を行おうとしたが、【混沌者】たちは自ら舌を噛み切り息絶えていた。かろうじて息があるものが1人、なにか呻いていたので耳をすましてみる。


「ロックス様…!万歳…!」


そう言うと、その【混沌者】も亡くなってしまった。


「ロックス様…【ペルディダ】のボスの名前か…?」


「おそらくそうだろうな。しかし、恐ろしいまでの忠誠心…いや、信仰心か…?」


ジャレドが顔を顰めてそう言う。確かに、情報を漏らさないために自ら命を絶つなど、生半可な覚悟で出来ることではない。


「お疲れ様、リン、ジャレド。ここで手に入る情報はあまりなかったのが残念だけど、ボスの名前が知れただけでも進展だわ」


エレナが声をかけてくる。隣のダーシーは、あまりの惨い光景に顔を青くしていた。


「残りの手がかりは…」


(火山灰の丘、だね)


「火山灰の丘で【ペルディダ】らしき一団を見た、と言う証言があったな。火山灰の丘はここから歩いて2日ほどだ」


「では、そこへ向かいましょうか」


「そうだな。ジャレドはそれで構わないか?」


「ああ、問題ない」


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火山灰の丘への道のりは険しいものだった。まず、古代沼を囲む不吉な森を西に抜けると、大きな山…ペティグリュー山が見えてくる。この山は活火山で、常に不穏な空気を纏っていた。その麓にあるのが火山灰の丘だ。ペティグリュー山がいつ噴火するのかわからないため、人が近付くことがあまりないこの場所は、【ペルディダ】のみならず、裏社会の人間の取引場所として活用されているという話だった。


その道中、ジャレドの家族の話を聞いた。ジャレドの家族、両親と妹は、ジャレドが家を空けている間に押し入ってきた【ペルディダ】のメンバーに殺されてしまったのだという。なぜ殺されたのかというと、ジャレドの父親は法曹界では有名な人物で、【ペルディダ】を非難する記事を出したのが原因だと考えられているようだ。それ以来、ジャレドは【ペルディダ】を倒すことを目的として動いていたらしい。しかし、【ペルディダ】は慎重派で、なかなか尻尾を掴ませず、アジトだと言われた場所に行ってももぬけの殻だったり、まるで違う組織のアジトだったりを繰り返していたようだ。それだけに、今回【ペルディダ】と接触できたことはジャレドの中では大きな進展のようで、これからも力を貸す旨を伝えてくれた。


「俺でよければ、これからも共に戦おう」


「是非よろしくお願いします!」


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