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第7話 古代沼のほとりで

俺たちは古代沼のほとりへと向かった。古代沼はマンフォードから北西に向かって1日ほど歩いた場所にあり、近付くにつれその瘴気の濃さが明確に分かるようになってきた。空気は澱み、草木は枯れ果てている。生き物の気配も絶え、本当にここに【喪失者】…もとい【ペルディダ】が集まっているのか不安になってくる。


「いかにも禍々しい雰囲気だな…」


「古代沼はかなり毒性の強い沼だったからな。昔は古代沼の上空を飛んだ鳥がその毒性にやられて落ちたとまで言われたほどだ」


「そ、そんなところに装備無しで大丈夫なんでしょうか…?」


「…先代の国王の指示で埋め立て作業が行われてかなり毒性が薄まったとの話だ。短時間なら大丈夫だろう」


ジャレドの解説を聞きつつ禍々しい道を進む。ダーシーは恐ろしさの余りかキョロキョロと忙しなく辺りを見回している。エレナは余裕といった表情で堂々と歩いていた。ジャレドには俺たちの事情を説明してあるが、やはり少女の見た目をしたエレナが余裕綽々とした表情をしているのが物珍しいらしい。俺に声をかけてきた。


「…エレナというのは本当に女神なんだな?随分と場慣れしているようだ」


「ん?ああ…確かにそうだな」


そんなことを話しながら進んでいくと沼の端が見えてきた。そこはどうやら開けた場所になっているらしい。そう思った瞬間だった。


「こんなところに何の用だぁ?」


襤褸切れのような服を身に纏った男が現れた。【喪失者】だろうか?なにか底冷えのするような恐ろしさを感じる。


「ここが【ペルディダ】のアジトだと聞いてきた。お前は【ペルディダ】のメンバーか?」


ジャレドが単刀直入に聞く。すると男はゲラゲラと笑い始めた。


「【ペルディダ】のメンバーか?だと?それがお前らに何の関係があるんだよ」


「【ペルディダ】を倒しにきた」


「はあ?お前ら、【ペルディダ】舐めてんのかぁ!?おい、やっちまうぞ!」


そう男が叫ぶと、似たような服装の男たちがワラワラと集まってきた。その数おおよそ20人。1人で倒し切るにはなかなか骨が折れる数だが、今回はジャレドがいる。連携してやっていこうとジャレドとアイコンタクトを交わした。


「頑張ってください、リンさん、ジャレドさん!」


ダーシーの声を合図に戦闘を開始する。ジャレドはパンと手を合わせて呪文を呟いた。


「咬合するジャバウォック、冠を奪い合う蛇の群れ、ピン留めする未来、滑稽な虚空の実」


すると地面に魔法陣が光りはじめ、大きな斧を持った狼男が現れた。


「なかなかレベルの高い召喚術を使うのね」


エレナは感心したように言った。狼男はジャレドの方をチラリと見たあと、雄叫びをあげて男たちの方へ突き進んでいった。俺もそれに続いて突撃していく。

狼男が大きな斧で一帯を薙ぐと、男たち数名が吹き飛ぶ。しかし、男たちはすぐに立ち上がりまた攻撃に参加してくる。一方で俺の方へ来た男たちは、剣をめちゃくちゃに振り回して突撃してきた。余りにも無茶苦茶な剣筋なので、なんとか捌きつつ、隙を狙う。隙を見せたところで1人目の男の胸を一文字に斬りつけ、そうするとその男は尻もちをついた。胸からも少なくない血が流れているが、男はすでに立ち上がり再び攻撃してくる。


「エレナ!こいつらなんだか様子がおかしい!」


「ええ、確かにそうね。魔法で攻撃してみるわ」


そうエレナが言うと、


「“コルミロ・デ・イエロ”!」


と魔法を展開した。すると氷の牙が空中に現れ、男たちを噛み砕いていく。男たちは少なくないダメージを受けたようだが、何事もなかったかのように立ち上がる。


「…これは…」


「何が起こってるんだ?」


エレナが叫んだ。


「そいつら、【喪失者】じゃなくて【混沌者】だわ!」


「【混沌者】?」


「【混乱の無序者】が【喪失者】に与えることができる職業よ!戦闘力が上がる代わりに理性や痛覚が鈍くなるの!」


「…厄介だな」


「でも、【混乱の無序者】が関わってるってことはやっぱりここは【ペルディダ】のアジトだって可能性が高いな」


「倒せば何か情報が得られるかもしれないわ!頑張って!」


エレナはそう言うと、ダーシーと共に木の影に隠れた。ジャレドの召喚した狼男と共に【混沌者】の元に突き進む。狼男は攻撃力が高いが、隙も大きいタイプのようで、じりじりと【混沌者】たちのゾンビアタックにやられている。戦況を崩されても厄介なので、助太刀をするように横から【混沌者】に切り掛かる。なんとか生かして捕らえたいが、そううまくもいかないだろう。“人を殺す”ということへの覚悟をしつつ、手に汗を滲ませながら【混沌者】とやり合う。


(兄さん、もしかしたら僕の方が向いてるかも)


そんな時、真の声がした。真に人を殺させたくないという気持ちはありつつも、なかなか好転しない状況に痺れを切らし人格の交換を受け入れる。


「さて…僕の番だね」


真は軽やかに杖を振ると、先ほどエレナが出したものとは比べ物にならないほど大きな氷の牙が現れた。氷の牙は【混沌者】たちを噛み砕き、再起不能まで持っていく。しかし一部の【混沌者】たちはうまいこと氷の牙をすり抜け、真に迫ってくる。そこを狼男は見逃さず、斧で一刀両断していく。


「なかなか良いコンビネーションだね」


「上手くいったな…あと少しだ」


真とジャレドはアイコンタクトを取りつつ、残りの【混沌者】を仕留めにかかる。


「“バストン・デ・トルエノ”」


大規模な雷魔法だ。沢山の雷が降り注いでくる。【混沌者】が身動きが取れなくなったところに狼男が斧を振るう。

…かくして、【混沌者】は一掃された。息をしている者は軽く手当てをして真とエレナの魔法で縛っていく。


「…」


ダーシーは少し暗い顔をしている。この戦闘は刺激が強すぎただろうか。そんな中、ジャレドは狼男に命令して絶命した【混沌者】たちの身体を綺麗に並べていた。弔うつもりかもしれない。そんな時だった。


ザシュッ


そう音がして、狼男の頭が落ちる。狼男の身体は頭が無くなった事に気づくまで少し時間がかかり、ラグがあった後さらさらと砂になって消えていった。


「何者だ!」


ジャレドが叫ぶ。その声に呼応するかのようにジャレドの頭に向かって矢が放たれた…が、真が魔法で応戦する。


「“ムロ・デ・イエロ”」


矢は鉄の壁に阻まれジャレドの頭には届かない。そして襲撃者は現れた。


「また会ったな」


姿を現したのはサイラスだった。印象深い大剣は狼男の血で汚れている。


「あの距離の射撃を防ぐってバケモンかよ」


もう1人現れたのは、巨躯の女性だった。聞いたことのある声だ。マンフォードでの襲撃で建物の屋上から狙ってきていた人物だろう。虎のような耳と尻尾が生えている。


(あの耳と尻尾はなんだ…?)


(獣人族ね。恐らく虎の獣人だと思われるわ。基本的に近接攻撃の職業のことが多いのだけれど、彼女は違うみたいね)


サイラスは【混沌者】たちの遺体をちらりと見ると、怒ったような、悲しいような表情をした。


「なぜ私たちの邪魔をする?」


ほんとうに、まるで見当がつかないといった声音でサイラスはそう問うてきた。


「…きみたちが…【ペルディダ】がこの世界を滅ぼすからだ」


「【喪失者】が…ただ職業親和性がないというだけで迫害される世界など、滅んだほうがいいと思わないか?」


「…だから【喪失者】を駒にして世界を滅ぼそうっていうのか?結局きみたちも【喪失者】をいいように利用しているだけじゃないか」


「彼らは望んで私たちの仲間になったのだ」


「なあ、その問答まだ続ける気かよセンパイ」


真とサイラスの問答が続く中、飽きたように虎の獣人の女性が言う。


「どうせそいつらには分からないさ。【喪失者】の気持ちも、アタシらの気持ちもさ」


「…ジョシー。対話を諦めることは」


「ハイハイ。でもなぁセンパイ、“普通”か“出来が良く”お生まれになった方々にはほんとうに分からないことってのがあるもんだぜ」


そう言うと、虎の獣人の女性…ジョシーは弓を構えた。


「そういう時のために“暴力”はあるもんだ。理解し合えないなら打ちのめすしかない」


「…」


サイラスは仕方ない、といった風に首を振り、大剣を構えた。


「…とりあえず…この前の借りを返させてもらおう」


「その調子だセンパイ。援護するぜ」


(真、交代だ)


「…頼んだよ、兄さん」


人格が入れ替わる時のふわりとした感覚。俺は片手で剣を構え、もう片方の手で髪をかき上げた。


「やるぞ、ジャレド」


「ああ、わかった」


ジャレドはパンと手を合わせて呪文を呟き始める。ジョシーが弓をつがえて放つのと同時にサイラスが距離を詰めてきた。


「思考する偶像、内包する雷鳴、機械化した阿修羅、幽玄の骸、平均化する黎明」


ジャレドの召喚で現れたのは弓を背負い槍を携えたケンタウロスだった。

俺はジョシーの放った矢を避け、サイラスの斬撃を受け止める。単に練度が上がったからか、それとも相手が手負いだからかかは分からないが、以前の邂逅より軽く受け止められる。弾き返し、顔から上半身にかけて袈裟懸けに斬りつける。サイラスはギリギリのところでそれを避けるが、剣にエンチャントされている炎属性までは避けられず、軽い火傷を負ったようだった。


一方でケンタウロスはジョシーと戦っていた。ケンタウロスの槍が届く範囲に入らないようにジョシーは立ち回り、矢をつがえては放っているものの全てケンタウロスの槍に叩き落とされている。


「チッ…召喚士はこれだから面倒くさいんだ…!」


ジョシーはそう言うと、ジャレドに狙いを定め矢を放とうとした。しかし、その一瞬ケンタウロスから目を離した隙にケンタウロスに距離を詰められ、肩に槍が刺さる。


「ガッ…」


ジョシーはケンタウロスから距離を取ると肩を押さえて蹲る。


「くそッなんでアタシがッ」


そう叫ぶと、ジョシーは目の色を変えた。


「こうなりゃ魔力解放してやる…!」


そう言うと、ジョシーは懐から出した小瓶の液体を煽った。その途端、ジョシーの身体から明らかに魔力が溢れ出す。


「“普通”なんて知るかッ!アタシが全部ぶっ壊してやるッ!!」


魔力が乗った矢をケンタウロスに放った。ケンタウロスは先ほどまでと同じように叩き落とそうとしたが、矢の勢いに押され叩き落とせない。結局矢はケンタウロスの体を貫通し、胴体に大きな穴を空けた。ケンタウロスが砂と化す。


「ハッハァ!アタシの勝ちだ!」


また、その一方。凛はサイラスと剣を交わし続けていた。体力の消耗という点で、重い大剣を振り回しているサイラスの方がじりじりと不利になっている。その時だった。


「ハッハァ!アタシの勝ちだ!」


ジョシーの声が聞こえた。ジョシーが勝ったということはあのケンタウロスが負けたのか。ジャレドは無事だろうか。様々な考えが凛の頭をよぎる。その隙にサイラスが攻め込んでくる。


「よそ見とはいいご身分だな!」


「くっ」


サイラスの大剣をなんとか受け止め、突きで肩を狙う。掠ったが痛手には至っていない。


「センパァイ、アタシが手伝ってあげますよ」


そうジョシーの声が聞こえたと思ったら、先ほどまでとは比べ物にならない速さの矢が飛んできた。剣でなんとか斬り伏せるが、切先が軽く当たったようで血が垂れる。


「ジョシー、お前…魔力解放の薬を使ったのか」


「だって気に食わないんスもんコイツら!何も知らないくせに偉そうにしちゃって」


「魔力解放の薬…?」


(【混乱の無序者】が作れるアーティファクトのひとつよ。対象の理性と引き換えに魔力を底上げする魔の薬)


エレナが説明してくれる。しかし、そんなものまで作れるとは、【混乱の無序者】とはかなり強力な職業のようだ。


「何も知らない…?」


ジャレドが口を開く。その声音には怒りが滲んでいた。


「そう。アンタらは何も知らない!アタシらがどんだけ辛かったのか、あの人に会ってどれだけ救われたのか!」


ジョシーが恍惚とした表情で答えた。ジョシーはあの人…恐らく【混乱の無序者】に心酔しているようだ。


「ああ、それは知らないな。でもな、お前らが俺から…俺たちから奪ったものなら知っている!」


「なんスかそれ?弱いから奪われるんスよ」


「俺の…俺の家族を!返せ!」


ジョシーはプッと吹き出した。


「家族ぅ?そんなもんのために戦ってるんスか?弱いワケっスわ」


「そこまでだ」


俺は会話に割って入った。自分でも今までにないほど激昂しているのが分かる。家族を失った痛みは俺も痛いほど分かるのだ。俺の地雷をジョシーは踏んだ。それだけの話だ。


「お前たちはここで俺が倒す」


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