翌日の目覚めは清々しいものだった。女性2人と同部屋なのは気にかかっていたが、思っていたより疲れていたらしくぐっすりと寝こけていたようだ。
「おはよう、リン。寝覚めはいかがかしら」
エレナが声をかけてくる。ダーシーもすでに起床していて、身支度を整えていた。時計を見ると、今の時刻は午前8時半。学校なら余裕で遅刻の時間だ。
「おはようエレナ。よく眠れたよ」
「でしょうね。ダーシーでも殺せるんじゃないかってくらい呑気に寝てたもの」
「え、私ですか!?」
突然飛び火したダーシーのツッコミに思わず吹き出す。そんなに隙だらけだったのか、俺。
「それじゃ、朝ごはんを食べて聴き込みに行きましょう」
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朝ごはんを食べるために宿の外に出る。宿の外は朝にも関わらずすでに人出が多く、賑わっている。
「この街は朝から元気だな」
(そうだね。カジノとかバーとかが目立ってたから気付かなかったけど、カフェやレストランも多いみたいだ)
「お洒落なお店が多いわね。腹にたまるものが食べたいのだけれど」
「お洒落な店は入るの緊張しますね…!」
各々が好き勝手に喋り、収拾が付かなくなってきた。これはさっさと店を決めてしまった方がいいだろうと思い、目についた店に入る。
「らっしゃーせー」
小洒落た外見からは想像もつかないようなやる気のない挨拶が飛んでくる。発したのは褐色の肌に眼帯をしたギャルソン姿の青年だった。
「こら、ジャレドくん!ちゃんと挨拶しなさい!」
「…ス、マスター」
「いらっしゃいませ、お客様。こちらのお席へどうぞ」
マスターと呼ばれた女性が丁寧に席まで案内してくれる。メニュー表を見ると、美味しそうな絵がたくさん並んでいた。文字は読めないのでエレナとダーシーに任せるしかない。
「あら、案外安いのね」
「美味しそう〜!どれにしましょう…」
そうして悩みに悩んだ末に選んだメニューが運ばれてきた。俺の前にはクロックマダム、ダーシーにはパンケーキ、エレナにはフレンチトーストが置かれる。ドリンクも頼んだようで、とても香りの良い紅茶が運ばれてきた。
運んできたのはジャレドと呼ばれていた青年で、態度はそっけないが所作は美しい。
「おお、美味しそうだな」
「いただきます!」
たっぷりと乗ったチーズのうえに半熟の目玉焼き。カリカリの食パンと相性抜群だ。とても美味しい。
「よく卵液が染みてておいしいわね」
「ふわふわでとっても美味しいです!」
2人の頼んだ料理も美味しいようだ。とりあえずで飛び込んだ店だったが、当たりのようでなによりだ。温かい紅茶を啜りながら今日の予定について考える。
「今日は聞き込みね。【ペルディダ】のアジトが分かったらとても良いわ」
「でもそんな簡単にいくでしょうか?」
「とりあえず情報が集まる場所を見つけるのが大事だな」
(ここのお店の人に聞いてみる?)
(それもありね)
エレナが手を挙げて人を呼ぶ。こちらに来たのはマスターと呼ばれていた女性だった。
「なんでしょう、お客様」
「私たち、情報が集まる場所に行きたいの。例えばギルドとか…。この街にそういうところってあるかしら」
「ええ、もちろんございますよ。地図を持ってきますね」
「ありがとう」
マスターはぱたぱたとカウンターの奥へと入っていき、少し経って出てくると片手に小さな紙を持っていた。
「こちらがマンフォードの地図です。どうぞご自由にお使いください」
「え、いいんですか?」
「ええ、もちろん。地図も箪笥の肥やしになるより良いでしょう」
「あった、ここがギルドね」
地図を見ていたエレナが場所を指差す。どうも、街の南の方にギルドはあるらしい。
「あっでもお客様、マンフォードのギルドは紹介制で、誰でも入れるわけではないんですよ」
「えっそうなんですか?」
「もし良ければうちのジャレドがギルド会員ですのでご案内させますが…」
「何から何までご迷惑をおかけして…いいんですか?」
「もちろん。こういうのは助け合いですから」
マスターはにっこり笑って言う。エレナは少し考えた後、これまたにっこりと笑って言った。
「ならお言葉に甘えさせてもらいましょう」
「ジャレドくん、いいかしら」
「マスターが良いなら良いっスけど…」
ジャレドという青年は渋々といった表情で引き受けてくれた。
「それじゃあ、ご飯を食べたら出発しようか」
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ギルドは、先ほどのお店から歩いて10分くらいのところにあった。ぱっと見は酒場なので、本当にここで合っているのか少し不安になる中、ジャレドが入口に立つ用心棒らしき人物に話しかける。
「ジャレド・ウォルトン・カーライルだ。紹介したい奴を連れてきた」
「ジャレド様ですね。いらっしゃいませ」
意外とすんなり通される。中はまだ昼前だというのにかなりの人で盛り上がっていた。酒を持っている人もいる。ジャレドは人混みの中をするすると抜けていき、バーカウンターまでたどり着いた。
「あら、ジャレドちゃんいらっしゃい。後ろの子たちは新しい顔ね」
バーカウンターの奥にいる大男が野太い声で話しかけてくる。声と中身のギャップに驚くが、努めて冷静な顔でいるようにした。
「ああ。この人たちをギルド登録したいんだ」
「任せて〜!ジャレドちゃんのお願いなら何でも聞いちゃう♡」
大男はバーカウンターの奥でなにやらゴソゴソと書類を探し出すと、案外すぐ見つかったようで3枚の紙を差し出してくる。
「これに必要情報を書いてちょうだい。そうすればいつでもマンフォードのギルドが使えるわ!」
ペンはこれを使ってね、と羽ペンを渡される。しかし、どうしたものか。俺はこの世界の字が読めないし書けない。エレナに代筆を頼むか…。
そうして、俺の分はエレナが代わりに書いてくれて、無事書類を提出できた。この世界では識字率が高くないため代筆は特に問題ないらしい。
「じゃあ、俺の仕事は終わりっスね。店に戻るんで」
「ああ、ありがとう」
ジャレドはあっさり帰って行った。
「さて、それじゃあ情報収集ね。聞いて聞いて聞きまくるわよ!」
エレナがえいえいおー、と手を挙げる。その勢いの良さにバーカウンターで酒を飲んでいた人が驚いて咽せていた。
「あなた達、何か情報を求めてるの?」
大男が尋ねてくる。
「はい、そうです。えっと…」
「ああ、アタシはコルテン・スーウェルよ。コルちゃんって呼んでちょうだい」
「コルちゃん…」
「コルちゃん、私たち【ペルディダ】の情報が欲しいの。何か心当たりあるかしら」
さすが女神、適応が早い。コルちゃんはうーんと悩んだ顔をした後に、
「それじゃあ、みんなに聞いてみましょ」
と言った。そしてぴゅういと指笛を吹くと、
「オーダー!【ペルディダ】の情報!」
と叫んだ。すると、今まで各々自由に酒を飲んだり話し込んだりしていたギルド内の面々が一斉にこちらを向いた。
「これがこのギルドの強みよ。今居る子たちみんなに一気に情報が聞けるの」
「とっても素敵だわ!」
ギルド会員がみんなワイワイし始める。アレはどうだっただとか、ソレは違うだとか情報のすり合わせをしているようだ。そんな中、1人の青年が手を挙げた。
「古代沼のほとりに【喪失者】が集まってるって話を聞いたぞ」
青年がそう言うと、皆が口を揃えて確かに聞いた、そういえばそんなことを聞いた、などと言い始めた。古代沼…どんなところだろう。
「古代沼っていうのは、毒性の強い沼ね。単に危ないからって言うのもあるけど、不吉だからって理由で地元の人もあまり近寄らない場所よ」
コルちゃんが情報を補完してくれる。かなり気の利く人物のようだ。
「火山灰の丘で【ペルディダ】らしき一団を見たぞ」
今度は酒を飲んで赤ら顔の中年男性が声を挙げる。
「なにやら様子がおかしかったから見つからないよう逃げたけどよ…」
恥ずかしいのか、声量が小さくなっていく。様子がおかしかった?どのようにおかしかったのだろう。
「どうおかしかったんですか?」
「あ〜なんかヤクでもキメてんじゃないかって感じだったな。火山灰の丘自体そういう取引に使われやすい場所だからあんまり気にしなかったがな」
どうも聞いた感じ、危なかったり怪しかったりする場所に【ペルディダ】らしき集団は現れるらしい。
(【ペルディダ】は何がしたいのかな…)
(場所を鑑みるに麻薬の密輸なんかに関わってる可能性があるわね)
(なら狙いは金?それとも社会の腐敗かな…)
「それにしてもにいちゃんたち、【ペルディダ】の情報なんて聞いてどうするんだ?」
赤ら顔の中年男性が問うてくる。
「【ペルディダ】を倒すんです」
そう言うと、一同はポカンとした後にドッと笑い出した。
「そんな無茶だぜ」
「【ペルディダ】を倒すなんて無理無理」
「流石に冗談キツいぜにいちゃん」
「しかしまぁ…」
みんなが笑う中、1人がボソリと呟く。
「アイツ以外にそんなことを大真面目に言うやつがいるとはなぁ」
それを聞き取ったみんながまた口々に言い始めた。
「確かにそうだ」
「アイツとうまくいくんじゃないか?」
「ていうか、知らなかったのか?」
さっぱりわけが分かっていない風のダーシーが口を開く。
「あの…そのアイツって誰ですか?」
その言葉に、皆口を揃えてこう言った。
「ジャレドだよ。ジャレド・ウォルトン・カーライル。」
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俺たちはギルドを出て、朝食を食べた店に戻ってきていた。目的はただ一つ…ジャレドのパーティ勧誘だ。それにあたり口の上手い真に表人格を譲っている。
「らっしゃーせー…って、またアンタたちか…?」
「こらジャレドくん、口が悪いわよ」
「失礼しました…ッス」
マスターとの小気味良い掛け合いが面白い。まさか、こんな人物が【ペルディダ】を倒そうと考えていたなんて、灯台下暗しとはこのことか。
「ジャレドさんに話があってきたんですが…」
「あら、ジャレドくんに?」
「俺…ッスか?」
「はい、お時間いいでしょうか」
マスターとジャレドは顔を見合わせた後、
「今はお客さんもいないので大丈夫ですよ」
とマスターが言った。
俺たちは店の一番奥の席に通されると、ジャレドが向かい側に座った。
「単刀直入に言います。僕たちとパーティを組みませんか」
「…は?」
「ギルドでジャレドさんのお話を聞きました。【ペルディダ】を倒したいんですよね」
「…アイツら、余計なことを…」
「僕たちも同じです。【ペルディダ】を倒すために旅をしています」
「…なんだと?」
ジャレドの目付きが鋭くなる。疑うような目付きだ。
「本気で言ってるのか?【ペルディダ】を倒すなんてバカなことを」
「本気で言っています。そして、貴方も本気なんでしょう?」
「…」
「沈黙は肯定と受け取っても?」
「…そうだ。俺は本気で【ペルディダ】を倒したい」
「理由はお聞きしません。しかし、僕たちにも同じ思いがあることを分かっていただきたい」
「同じ思い…か…」
ジャレドはしばらく考える素振りを見せた。そして、覚悟を決めたような顔で俺たちを見た。
「少しの間着いて行こう。それでお前たちが俺の仲間足り得るか判断する」
「…ありがとうございます」
「よろしくお願いします、ジャレドさん!」
「ああ。それと、俺の職業は【召喚士】だ」
「ええ、ギルドで聞きました。とても強い職業だと」
「…そうか。…マスターにしばらく店を空けることを伝えないとな」
ジャレドはそう言うと、席を立ちマスターの方へと歩いて行った。
「はあ。なんとかなって本当に良かったよ」
「マコトは頼りになるわね」
(まるで俺が役に立たないかのような言い様だな)
「あら、リンはリンで良いところがあるわよ」
(…例えば?)
「従じゅ…素直なところとか」
(従順なところって言おうとしたか、今?)
「ジャレドさんになんとか正式に仲間になってもらえるよう頑張らないとですね!」
「そうね。そこはリンとマコトの働き次第だわ」
「エレナさんも協力してくれると嬉しいな…」
そう会話していると、ジャレドが戻ってきた。
「マスターには話をつけた。いつでも出発できる」
「早いですね。…じゃあまず、どこから行きましょうか」
「ここからなら…古代沼のほとりが近いわね」
「では、次の目的地は【喪失者】の目撃情報のある古代沼のほとりにしましょう」
「ああ…では、出発しよう」