蒸気と享楽の街マンフォード…マンフォード市長であるシェリントン・ローズに導かれた俺たちが着いた街は、まさにその名の通りといった様相の街であった。
街を構成する蒸気機関らしき機械たちからは時折水蒸気が吹き上がり、バーやカジノのネオンが明るく街を照らす。まさにスチームパンクの世界観だ。まるでこの街だけ一足早く発展したかのような時代錯誤感に眩暈を覚えながら、シェリントンについて行き銀行に着いた。
「ここが銀行やで。その手形を渡せば換金してくれるから。ほな」
シェリントンはそう言うとひらひらと手を振り去っていった。
「なんだか読めないやつだったな」
「そうね。…とにかく早く換金しましょ!」
エレナは金が手に入るとあってノリノリだ。何でこの女神は金が好きなんだ?
とりあえず銀行に入り、窓口で手形を渡すと、信じられないものを見たかのような目で見られたが、無事金は受け取れた。
「なかなかの額ね。これなら宿に泊まれるでしょう」
「野宿とおさらばですね!やったあ」
女性陣がキャッキャうふふとしているなか、先程手形を受け取った銀行員がコソコソ近付いてきた。
「あの…本当に市長から手形を受け取ったんですか…?」
「え?ああ、シェリントンさんから確かに受け取ったよ」
「シェシェシェシェリントンさん!?」
銀行員は泡を吹いて動かなくなった。何かおかしなことを言っただろうか。
「宿に泊まるのも良いが、装備も必要じゃないか?いつでも木の枝があるとも限らないし」
「それもそうね。じゃあ装備屋にでも行きましょうか」
「仲間探しも出来たらしたいですね」
銀行を出て、そうのんびり話しながら道を歩く。道はきれいに整備されており、ずっと森の中を土を踏み締めて歩いていたからか慣れない感覚だ。
5分ほど歩くと、剣と鎧のマークが描かれた看板が見えてきた。こういうところはなんだか昔やっていたゲームの装備屋と似ていて面白い。
中に入ると、数種類の鎧とローブ、そして剣と杖が飾られていた。先ほど換金した金額を考えると、おそらくひと通り買えないことはない。
「どうする?一応買えないことはなさそうだが」
(うーん、着るものはともかく杖はあった方がいいかなあ)
「杖と剣はあった方がいいでしょう。着るものはとりあえず置いときましょ。宿に泊まれなくなるわ」
「街だと野宿できないですもんね」
エレナは剣の前でウィンドウを展開させた。それに倣って俺もウィンドウを展開させる。すると、剣のステータスが表示されていた。
「この中で1番良いのはこの剣ね」
そうエレナが指し示した剣のステータスを見てみる。
「なになに…攻撃力+20…炎のエンチャント…」
(なかなか使えそうな剣だね!)
「これにするか。値段は…5万ダラーか。」
「所持金が35万ダラーだから許容範囲内ね。これにしましょう」
(杖の方も見てくれる?)
真の要請により、杖の方のステータスも見てみる。
「これがいいんじゃないか?魔法攻撃力+18、使用魔法に氷属性の付与」
「使い勝手が良さそうね」
(じゃあそれにしようかな。値段は4万ダラーか。エレナさん、大丈夫そう?)
「大丈夫よ。ではこの2つを買いましょう」
エレナは店主を呼び寄せると、剣と杖を買う旨を伝えた。店主は俺たちをジロジロと見つめ、エレナが杖を下げていることを確認してからこう言った。
「剣はそこのお兄ちゃんが使うのかい?なら良いとして杖は誰が使うんだ?」
「そんなのどうだっていいでしょう?お金はあるから買わせてもらうわよ」
「…分かったよ。じゃあ締めて9万ダラー、しっかり頂きました」
なんでこうエレナは他の人に対して常に臨戦体制なんだ。女神って鷹揚な感じじゃないのか。店主、ちょっとかわいそうじゃないか?しかしこれを言うと矛先が俺に向かいそうなので黙っておく。
装備屋を出ると、外はしとしとと雨が降っていた。俺は左に剣、右に杖をぶら下げる格好に落ち着いたが、どうも珍しいらしく若干の人目を感じる。
「なあ、この格好ダサいのか?」
「気にすることないわ。ちょっと変わってるけど」
「珍しいですけど変ではないと…多分…」
(変なんだね…)
エレナとダーシーのフォローになっていないフォローが心に痛い。しかし、俺が右利きで真が左利きである以上、こういうふうに装備するのが一番合理的なのだ。仕方あるまい。
(雨だと露骨に力が出ない感じがするね。僕のはなかなかピーキーな職業みたいだ)
真の職業…【天空の賢者】は晴れの時に真価を発揮する職業だ。今もし戦闘になったとすれば俺が戦うしかないだろう。
俺の職業【大地の勇者】は大地を踏み締めていれば良いのでかなり縛りのゆるい職業と言ってもいいだろう。
「さて、宿を探しましょうか。濡れ鼠になるのは嫌だわ」
「そうですね。本降りになる前に宿を見つけておきたいです」
3人連れ立って路地を歩く。俺はこちらの世界の文字が読めないため宿探しは2人を頼るしかない。左右に路地が延びる道をキョロキョロと周りを見回しながら歩いていた、その時だった。
ガキィン!
咄嗟に抜いた剣に火花が散る。今までに受けてきたどんな衝撃にも勝るとも劣らない重い感覚。攻撃を受けた、と認識したのは一瞬過ぎたあとだった。
「だれだ!」
その言葉を契機に、路地から1人の男が現れる。銀髪に碧眼のその男が手に持っているのは明らかに重量感のある大剣だ。
「…私はサイラス・カーダー。君が選ばれし勇者だな」
「…」
「黙っていても構わない。どうせ君はここで死ぬ」
そう言うとサイラスは大剣を振り上げ、袈裟斬りにするように振り下ろしてきた。俺はそれを剣で受け止めるが、あまりの重量感にギリギリと押されていく。
「リンさん!!」
ダーシーとエレナも気付いたようだ。しかし、どうにも人気が少ないのが気になる。
(どうも嵌められたっぽいね。人払いもされてるんだろう)
(助けは待つだけ無駄…か)
グッと力を込めて大剣を弾き返す。するとサイラスはすぐに体勢を立て直し横薙ぎに大剣を振り回してくる。避ける隙がないため、剣で受け止める。しかしながら振り回した勢いも相まってかなりの威力を受け止めることになり、くっと息が漏れる。剣にエンチャントされた炎の効果が発動するが、相手は大剣のため炎が相手まで届かず、あまり意味をなさない。
「リンさん!“頑張ってください”!」
「!」
ダーシーの声だ。その声を聞いた途端に、何故か力が湧いてくるのを感じた。サイラスの大剣を跳ね除け、構え直す。
「なぜ襲ってきたのか知らないが…倒させてもらう!」
ダッとサイラスの懐に潜り込む。俺の剣とサイラスの大剣ではリーチの面でサイラスが有利だ。その有利を活かさせないため、超近距離に持ち込む。
「私に勝つつもりか?無謀もいいところだな」
サイラスは大剣をあっさりと手放すと、右足で蹴りを入れてきた。がらぁんと音がして大剣が道に転がる。蹴りは俺の左脇腹を捉え、俺は吹き飛びそうになるのをなんとか堪える。俺は剣を袈裟斬りに振り下ろすも、サイラスは身軽に避け、手首を狙って手刀を当ててくる。危うく剣を落としそうになるが、グッと握り直して首を狙い剣をかえす。サイラスは最小の動きでそれを避け、俺の頭を狙って回し蹴りをしてくる。その靴から隠し刃が出ていることに気付き、剣で受け止める。ガリガリガリと音がして火花が散った。
「“フエゴ”!」
エレナが魔法を唱えた。炎が俺とサイラスの間に燃え広がり、いったん俺たちは距離を取る。その間にサイラスは大剣を再び手に取った。
「…魔法使いがいるのか」
サイラスは何かを考える風に目を伏せ、ぼそりと呟く。
「面倒だな…」
ブン、と大剣を振り炎を掻き消すとサイラスは勢いよく飛び出し、エレナの方へ向かった。
「なっ…!」
サイラスはエレナに向かって大剣を振るう。しかし、エレナは落ち着いたものだった。
「“ソーガ”!」
振り上げた大剣に縄が絡まる。縄は生成される度に大剣に斬られぶちぶちと切れているが、次から次へと現れるため大剣の勢いを削いでいた。
「…」
サイラスは再び大剣から手を離すと、懐からナイフを取り出しエレナの首を掻き切ろうとした。しかし、それもまた縄に阻まれる。
「魔法使いだから近接戦なら勝てると思った?残念だったわね」
「…」
サイラスは無言でエレナから距離をとると、今度は俺に向かって大剣を振り回してきた。一方俺はというと、剣の扱いにも慣れてきて、余裕をもって剣を構えていた。がぁんと音がして剣がぶつかりあう。今度は押し負けることなくうまく弾き返せた。サイラスは大剣な分隙が大きい。そこを狙って間合いを詰め、袈裟斬りにした。かなりの深手を負ったサイラスは地面に崩れ落ちる。
「げ、先輩やられてるじゃないスか」
そこに声が響く。建物の屋上からだ。
「あたし一人で勇者の相手なんて無理なんで、逃げさせてもらいますよっと」
「なっ…逃がさないわよ…!」
エレナがサイラスにむかって魔法を唱えようとした瞬間、エレナとサイラスの間に矢が突き刺さる。
「それにしても先輩ダサいっスよ〜。まあ短い命、せいぜい謳歌するんスね」
屋上の人影はそう言うと軽い身のこなしで路地に飛び降りてきた。そしてサイラスとともに路地の奥に消えていった。すると、人の気配が戻ってきていた。人払いをやめたのだろう。
「…なんだったんだ?」
「おそらく【ペルディダ】ね。貴方の存在が検知されたんでしょう。これからは襲われることも念頭に入れて動く必要がありそうね」
「【ペルディダ】か…じゃあアイツらも【喪失者】だったのか?」
「それが不思議なことに、【喪失者】の気配ではなかったのよ。何かの事情で協力しているのでしょうね」
「…恐ろしいな、他人から敵意を向けられるというのは」
(雨だったから協力できなくてごめん、兄さん)
(いや、大丈夫だ。どちらにしろ近接戦なら俺がやった方が良かっただろう)
雨は未だしとしとと降り続いている。先ほどの急襲で負った傷は重くはないが、雨が沁みて少しヒリヒリする。
「…ダーシー、応援してくれてありがとう。勇気が出たよ」
「そんな…私に出来ることなんてそれくらいしかないですから…」
ダーシーは近くで戦闘を見たせいか少し顔を青くしている。早く宿を探した方が良さそうだ。
「宿を探そう、ダーシー、エレナ」
「…そうね。安全なところがいいわ」
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宿は案外簡単に見つかった。俺たちが戦闘をしていた道の先にそれなりに綺麗で大きな宿があったのだ。それは良かったものの、俺は2人部屋と1人部屋を提案したのだが、安全のためにとエレナに3人一部屋を押し切られ、結局3人一部屋になってしまった。
「エレナはともかくダーシーはいいのか?俺と同じ部屋で…」
「同じ部屋の方が安心です!」
屈託のない笑顔で言われると自分が悪いような気がしてきて何も言えなくなる。健全な男子高校生の身から言わせて貰えば、可愛らしい同世代の女の子と、実年齢不明とはいえ愛嬌のある見た目の少女と一緒の部屋で寝泊まりするのは少し…いやかなり抵抗がある。
「3人一部屋の方が安全だし安いのよ」
「おい、まさか安さの方に重点を置いてないよな…?」
「そんなまさか」
エレナはしれっと言っているが、多分安いからだなこれ…と思いつつ、今日のことを振り返る。こちらの世界に来て初めての街、マンフォード。そして初めての、おそらく【ペルディダ】との邂逅。ともすれば現時点の俺より強い男…サイラス。そして謎の弓矢使い。
「…俺は本当に【ペルディダ】を倒せるのだろうか」
「貴方に倒せなかったら、この世に倒せる人は居ないわ」
だからこそ、期待してるわよ、とエレナは付け加えた。
「俺は強くなる必要がある…」
「それはそうね。実戦経験が足りないわ」
(【ペルディダ】についての情報も足りないね。明日は街の人に聞き込みをするのはどうだろう)
「聞き込みか。それはいいかもしれないな」
「掲示板に載ってる賞金首を探すのもアリね」
「それは金が欲しいだけじゃないのか…?」
この女神、銭ゲバなのでは?と少し疑いつつも、賞金首を探して倒すのもアリか、と考え直す。
「とりあえず、今日はもう寝ましょう!色々あって疲れましたし、折角野宿じゃないんですから!」
ダーシーが元気に言う。確かにそうだ。ベッドで眠れるのは久しぶりなので十分に満喫しないともったいない。
「それじゃあ、おやすみなさい!」
「ええ、おやすみ」
「おやすみ」
(おやすみなさい)
そして俺たちは、眠りについた