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第4話 懸賞首

「さて、捕えたはいいものの、どうしたものかねコイツら」

俺は捕縛された、煤けた服を纏った5人組を見下ろして腕を組む。先ほどのエレナの言葉の通りなら警邏隊に引き渡せば良いらしいが、こんな森の中に警邏隊は居ないだろうから、とにかく街道まで出る必要がありそうだ。

「マコトの魔法で引き摺っていけばいいじゃない」

(晴れている限り魔力的に無理ではないけど…ずっと兄さんの身体を借りるのもなあ)

「…あの、さっきはなにが起こったんですか?リンさんの髪が青くなって雰囲気も変わってましたけど…」

あぁ、そういえばダーシーには伝えてなかったか。これから一緒に旅をする仲だ。伝えておくべきだろう。

「さっきのはマコトっていう俺の弟で…」

「リンとマコトは身体を共有しているの」

俺が詳細に説明しようとしたが、エレナがさっさと端的に説明してしまった。この女神、せっかちだな。

「まあそんな感じ。詳しくは歩きながら話そうか」

(兄さんには悪いけど、身体借りるね)

(それがいいわ。コイツらを引き摺っていくの、大変そうだもの)

-------

「お二方…いやお三方は【ペルディダ】という組織を倒そうとしてるんですね」

「そうなるね」

「…【喪失者】たちの組織…かあ」

ダーシーは難しい顔をしている。ダーシーも【喪失者】であるから、何か思うところがあるのだろうか。この世界に来てから聞いた【喪失者】の扱いは、俺たちのいた世界の感覚からすれば酷いもののように感じるが…。

「【喪失者】として、私は追放とかされなかったので、その人たちの気持ちは分かりきることはできません。でも、どれだけ酷い目にあっても何もするなとも言えません…」

「…言いたいことは分かるわ。でも、世界を破滅に導くのは看過できないの」

「はい、それも分かります。…戦闘のお手伝いは出来ませんが、それ以外のことでサポート出来ることはするので、ついていかせてください」

「うん、わかったよ。君に危険が及ばないように気をつける」

「マコトは紳士ね」

「そんなことはないと思うんだけど…」

真は照れ笑いをしている。なんだかエレナは真には優しい気がする。気のせいか?

「お前らが【ペルディダ】を倒すだって!?馬鹿なことを言うなよ!」

真の魔法によって縛られ引き摺られている暴漢の1人が叫んだ。

「あら、【ペルディダ】について何か知っているのかしら」

「【ペルディダ】は今やこの国の裏社会を牛耳る組織だぞ!たった3人で倒すなんて夢物語だ!」

暴漢は嘲笑するように言う。【ペルディダ】はそんなに大きな組織なのか。確かにそれならば3人で挑むのは無謀かもしれない。実戦力は1人だし。

「僕らは僕らなりにやるから、黙っててくれないかな」

真は暴漢の言い分が頭に来ているようだ。

(でも確かに、仲間は必要なのかなあ)

(兄さんまでそんなこと…)

(どれだけ俺たちが強くても、エレナとダーシーを守りながら大人数と戦うのは無理があるだろ)

(確かにそうだけど)

(自分の身くらい自分で守れるわ)

(そうは言ってもなあ)

「仲間がいるならマンフォードで探したらどうでしょう?街にはいろんな人がいると思いますし」

「そうね」

ダーシーの提案にエレナが頷く。仲間か…必要なのだろうか。人手がいるのは確かだが、出来ればあまり人を巻き込みたくないという気持ちもある。

(…僕はあんまり人を巻き込みたくないんだよね)

(その考えには同意だ、真)

「とりあえず、街道に出ましょう。【ペルディダ】のことを考えるのは街に着いてからでもいいでしょう」

「確かにそうね」

行きましょうか、とエレナが言うと一行は歩き出した。

------

その後の旅は比較的平和なものだった。食事はエレナが山菜やキノコの鑑定が出来るというのは嘘ではなかったようで、食べられるものを見分けて焚き火で火を通して食べた。時折現れる野生動物…ウサギや鹿など…は魔法で仕留め、これもまたエレナの知識でざっくり捌き魔法で焼いて食べることができた。

寝る際は暴漢たちを繋いでいる縄を木にくくりつけ逃げられないようにし、焚き火を囲んで野宿した。暴漢たちは時折なにか喚いていたが、エレナと真が魔法で脅すとすっかり大人しくなり沈黙していた。

「もう少しで街道ね」

「早く警邏隊に引き渡したいですね、コイツら」

のほほんとエレナと真が会話をしている。そろそろ森を抜けられそうだ。その時、ガサガサと音がした。

「…また鹿かなにかでしょうか」

「こんな街道近くに来るかしら…」

2人は臨戦態勢をとる。その間もガサガサと音は続き、遂にその音の主が現れた。

「…!熊!」

現れたのは体長2メートルは裕に超える熊だった。どうやらかなり気が立っているようだ。全身の毛を逆立て、こちらを威嚇している。

「…“クチーヤ”!」

真の魔法で熊の周りに刃が出現する。その刃は熊の方を向くと、一斉に熊に襲いかかった。

「グオオオオ」

熊の咆哮。先ほどの魔法では致命傷は与えられなかったようだ。熊が攻勢に転じる。狙いは1番体躯の小さなエレナだった。

「“ムロ・デ・イエロ”!」

エレナは魔法で鉄の壁を展開し身を守る。熊は鉄の壁に激突し、少しよろめいた。

「“ソル”!」

真が魔法を使うと、大きな火の球が現れた。まるで太陽のようなその球を真は自由自在に操り、熊に衝突させた。熊はその熱さにやられ、遂には撃沈した。

「…危なかったね」

「まさか熊が出るなんて。この森に住んでたのに知りませんでした」

(…ッおい!)

熊を倒した安心感から真たちはのんびり話しているが、大変なことが起こっていた。おそらく先ほどの“ソル”の熱で縄が焼き切れたのであろう、暴漢たちが逃げ出そうとしていたのだ。

(このままじゃ逃げられちまう…!)

(私たちのお金が!)

「“ルズ・デ・ラ・ルナ”」

ふと、知らない声がした。すると暴漢たちは何かに酔ったかのような様子になり、一目散に逃げようとしていたのが嘘かのように意味不明な行動を取り始めた。まるで恋人にするかのように木に抱きつきキスをしたり、変な踊りを踊り始めたり、5人が5人ともおかしな動きをしている。

「捕縛はちゃんとしとかなあかんよ〜」

そこに現れたのは濡れたカラスのような黒髪に碧い眼をした青年だった。前髪を斜めに真っ直ぐ切ったような特徴的な髪型をしている。身なりは綺麗で、騎士のような印象を受ける。

「…ありがとうございます。あなたは?」

「ワシ?ワシはシェリントン・ローズ、シェリンとでも呼んでや」

エレナが意味不明な行動をしている暴漢たちを捕縛していく。

「そいつら、最近この辺りで強盗やってる集団やな。そこそこ手強いって話やったけど、あんちゃんらが捕まえたんか」

「有名なんですか?魔法で簡単に倒せましたが…」

「一般人は人に危害を与えられる程の魔法は扱えんからな。それだけであんちゃんらがどれだけの手だれか分かるってもんや。…ちょっと抜けてるところはあるみたいやけど」

シェリンはそう言うと、立ち去ろうとした。

「あ、あの、お礼は…」

「あー…いや、ええよ。仕事やし」

そう言い残すと、引き留める間も無く立ち去ってしまった。

「シェリン…シェリントン…」

エレナはなにか悩んでいる様子だ。少し考えたあと、閃いたように顔を上げた。

「シェリントン・ローズはマンフォードの市長だわ!」

------

(なんで市長がこんなところに…)

「そんなの私が知りたいわよ。慈善事業でもしてるのかしら」

「親しみやすそうな市長さんでしたね!」

「そうかな?僕は何だか底知れない感じがしたけど…」

突然の市長とのエンカウントに驚く。まさかこれから行く街の長に会えるとは。

「折角なら仲間探しに良い場所でも教えて貰えば良かったですね」

「そうだね」

そうダーシーと真が話していると、森の出口が見えてきた。ついにこの木ばかりの景色ともおさらばだ。

「ああ、やっと街道よ」

エレナが呟く。街道は人通りがそれなりにあり、静かな森とは一転して騒々しい印象を受けた。

「早く警邏隊を見つけなきゃね」

街道を進んでいくと、掲示板のようなものがあった。字は読めないが、俺たちが捕まえた暴漢たちの似顔絵が載っている。下に数字が書いてあるから、おそらく懸賞金だろう。

「おい、そこの貴様ら」

ふと、不遜な声が聞こえてきた。そちらを向くと、馬に乗った騎士のような3人組がいた。

「その捕縛しているのは懸賞首か?」

「まずは名乗るのが礼儀ではなくって?」

エレナが言い返す。あからさまにピリピリした空気が周りを包み込む。

「この服を見れば分かるだろう。警邏隊だ」

「あら、警邏隊と言うのは随分お偉い職業なのね」

売り言葉に買い言葉とはこのことか。エレナは女神だから偉そうにされるのが腹持ちなら無いのかもしれない。

「貴様…!」

「善良な市民に使う言葉では無いと思うけれど」

「まぁまぁ、落ち着いて…」

真が仲裁に入る。このままヒートアップして懸賞金が貰えなくなったら困るからな。

「…確かにコイツらは懸賞首よ。引き渡せば懸賞金をくれるのよね?」

「最初から反抗せずそう言えば良いものを。確かにそうだ。こちらに引き渡してもらおう」

「お金が先よ」

「まだ言うか貴様…!」

警邏隊は渋々と言った表情で紙に何かを書くとそれを渡してきた。

「これをマンフォードの銀行で渡せば金が受け取れる。それじゃあさっさと身柄を引き渡せ」

「はいどうぞ、何ていうと思った?掲示板に書いてある額と違うじゃない」

「え?…本当だ」

警邏隊にピリ、と緊張が走る。

「それで間違いない」

「見間違いだって言いたいの?そんなわけないわ」

だって確かにこの目で見たもの、とエレナがめを見開くポーズをして警邏隊を煽る。見事にその煽りに煽られた警邏隊が顔を真っ赤にして怒り出した。

「馬鹿にするのも大概にしておけよ、小娘」

「それはこっちのセリフだわ。どうせ一般人は警邏隊に逆らえないから中抜きしようって魂胆でしょうけど、相手が悪かったわね」

(おい、まさか警邏隊相手に戦うつもりじゃないよな)

(そのまさかよ。舐められたままじゃいられないわ)

(なんでエレナさんはそんなに反骨心が強いんだ…)

エレナが杖を構える。警邏隊の方も剣を抜いた。一触即発だ。

その時。

「あかんあかん、こんなとこで刃傷沙汰はあかんで」

と聞いたことのある声がした。

「…シェリントン?」

「なっ…ローズ市長!?」

警邏隊の方はすぐに剣を納め、馬から降りて敬礼する。エレナの方も気が抜けたようで、構えた杖を下ろした。

「あんな、こんな人通りの多い街道で警邏隊が一般人相手に戦闘なんてしたあかんで」

「しかしですね…」

「しかしもクソもあらへん。追って沙汰を下すから今日は帰り」

「…はい、承知いたしました…」

警邏隊の面々はガックリと肩を下げ立ち去っていった。シェリントンがこちらを向く。

「君らもな、いらん喧嘩はするもんちゃうで」

「舐められたからやり返しただけよ」

「まあ、今回はこっちの非の方が大きいからしゃあないけどな」

シェリントンはそういうと、先ほど受け取った紙と同じ紙を取り出しサラサラと何かを書くと、それを渡してきた。

「懸賞金と迷惑料や。受け取ってや」

「あら、さすが市長、話が分かるじゃない」

エレナは紙に書かれた額にご満足のようで、ニコニコしながらその紙をしまった。

「なんや、バレてたんか。…マンフォードまではもう少しや。ようこそおいでませ、蒸気と享楽の街マンフォードへ」

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