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第3話 出立

俺たちはダーシーの家に招かれていた。招待されたダーシーの家は、先程まで居た森の開けた場所から少し道を進んだところにあった。まるで世間から隠れるように建っているその家は、綺麗に整えられた箱庭のような印象を与えるものだった。

(にしても兄さん、流石だね。いきなりの対人戦であそこまで動けるなんて)

頭の中で声がする。真の声だ。

(あら。私が選んだのだから当たり前じゃない?)

(!?)

突如割り込んできたエレナの声に驚きが隠せない。目の前を見ると、エレナはダーシーと談笑している。

(私に貴方たちの声が聞こえないと思ったの?これでも“女神”よ?)

(…初めまして、エレナさん。僕は真、風間真。)

(ええ、知ってるわ。これからよろしくね)

(なんでもう馴染んでるんだ…俺は着いて行けないんだが…?)

(習うより慣れろ、だよ、兄さん)

(そうよリン)

(俺がおかしいのか…?)

そう脳内で会話をしていると、エレナと会話していたダーシーがこちらを向いた。

「あの…ありがとうございました」

「いや、当たり前のことをしただけだよ」

(兄さん…カッコつけてる?)

(あら、そういうお年頃かしら)

「うるさいなあもう!」

「?」

思わず叫んでしまい、ダーシーをビックリさせてしまったようだ。思春期の心にこの連携は辛いものがある。

「いや…君に言ったんじゃないんだ、悪かった」

「あ、はい」

なんだかダーシーの反応が悪くなった気がする。

(おい、お前らのせいだぞ…!)

(人のせいにするのは良くないよ兄さん)

(全くだわ。マコトの言う通りよ)

なんでこいつらはすでにこんなに仲が良いんだ。的確に俺の心を抉ってくる。

「両親を呼んでくるので、ちょっと待っててくださいね」

ダーシーはバタバタと部屋の中に入っていく。

(ずいぶん元気な子だね)

(ええ。…そういえば【喪失者】と名乗る割には家から追い出されてないのは珍しいわ)

(そうなのか?)

(そうよ。普通【喪失者】だと分かった時点で家から追い出されて路頭に迷うものよ)

(それは…なんというか、とてもシビアだね)

そんな会話をしていると、他の部屋からダーシーと2人の大人が入ってくる。ニコニコと笑うダーシーそっくりな母親おそらくと少し気難しそうな父親おそらくがいた。

「いらっしゃい。ダーシーを助けてくれたんですって?本当にありがとうございました」

「あ、いえ、大したことは…」

「凄かったんだよお母さん!短剣相手に木の枝でバシッベシッて!」

ダーシーは興奮した様子で話す。説明がそれではいまいち伝わりきってないのではないかと思うが、まぁいいだろう。

「…娘が世話になった。なにか手伝えることがあればなんでも言ってくれ」

父親のほうが口を開いた。ダーシーはびっくりしたような顔で父親を見ると、

「お父さんがこんなに言うなんて初めてだよ!」

と言った。やはり少し気難しいタイプなのかもしれない。

「じゃあ、お願いをひとつ聞いてもらってもいいかしら」

「なんだ」

「地図が欲しいの。ここがどこか分かるような地図」

ダーシーとその両親は頭の上にはてなを浮かべたような表情をした。

「別に構わないが…そんなことでいいのか?」

「ええ。道に迷って困ってたの」

「そうだったのね!私を助けてくれたのは奇跡的な巡り合わせね」

ダーシーは合点がいったといった表情で言う。

「地図を出してくる」

そう言って父親は部屋を出て行った。そこで母親が紅茶を差し出してくる。

「待ってる間お茶でも飲んでましょ。あの人の書斎はすごいことになってるから、探すのも時間がかかると思うわ」

そう言ってお茶目にウインクしてくる。本当によくダーシーに似ている。

「ねえ、ひとつ聞きたいのだけれど」

(え、エレナさんちょっと待って。それは多分失礼だと思…)

真の声を遮ってエレナが口を開いた。

「ダーシーは【喪失者】と名乗っているのに、どうして追い出したりしないのかしら」

エレナの問いに、今までニコニコしていたダーシーの母親が真剣な表情になる。そして何か逡巡したような素振りを見せたが、覚悟を決めたような表情で語り出した。

「…私はね、お腹を痛めて産んだ子供が、ただ【喪失者】だって理由だけで見放すような、そんな真似はできなかったの」

「お母さん…」

ダーシーの母親はダーシーの手を握りながら言う。

「たとえ街での生活を捨てて今のような生活になったとしても、私は何も後悔してないわ。だって、ダーシーは私の…私たちの自慢の娘だもの」

「…そうなのね、わかったわ。酷な事を聞いてごめんなさい」

「いいえ、構わないわ。ダーシーの命の恩人ですもの」

そう話していると、ダーシーの父親が部屋に戻ってきた。丸められた紙の束を持っている。

「ここら辺の地図と、世界地図両方持ってきた。これで足りるか?」

「ありがとうございます!」

礼を言いながら受け取る。地図を見てみると、少し離れたところにそれなりに大きそうな街があることが分かった。

(当面の目的地はここ…かな)

(そうなりそうね)

エレナも地図を覗き見ていたようだ。

「それと、今日はここに泊まっていくといい。もう夜だし、ここら辺は野犬が出て危険だ」

「いいんですか?」

「狭いところだけど、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます」

ダーシーの両親からの申し出をありがたく受け入れ、今日は泊まらせてもらうこととなった。野宿を覚悟していただけにありがたい。

「…」

そんな中、ダーシーは何か考えているようだった。

------

(良かったね、兄さん。布団で寝られるよ)

(全くだ。野宿は経験がないからな…)

(あら、どうせ明日からは野宿よ)

客室に通された俺たちは会話をしつつ、明日以降の段取りを進めていった。

(明日からはこの街…マンフォードに向かうことにしよう)

(それがいいわね。大きな街には情報が集まるわ)

そう脳内で会話していると、コンコンとノックの音がした。

「はい、なんでしょう」

ドアを開けるとそこに立っていたのはダーシーだった。なにか覚悟を決めた、やる気に満ちた表情をしている。

「あの…ッ!私も一緒に旅に連れて行ってくれませんか!?」

「え?」

突然の申し出に一瞬脳がフリーズする。旅に同行する?このか弱い少女が?

「いや、危険だよ」

「それは百も承知です。でも、お母さんの話を聞いて…いつまでも独り立ちできないまんまじゃ駄目だと思ったんです。【喪失者】だけど、薬草とかの取り扱いは出来ます!だから、お願いします!」

「…いいんじゃないかしら。」

「エレナ!?何かあったら責任がとれないんだぞ」

「責任は自分でとります!」

「ほら、そう言ってることだし」

「お前なぁ…」

エレナの無責任な態度に呆れながら、この申し出をどう断ったものか悩む。俺たちの旅は危険が約束されている旅だ。【喪失者】たちとの戦いに、この幸せな場所で生きている少女を連れ出す訳にはいかない。

「…私からもお願いします」

ダーシーの後ろからダーシーの父親が出てくる。ちょっと待て、親公認かよ。

「ダーシーをこのままここに閉じ込めておくのが、良いことだとは思えないのです。外に連れ出してやってくれませんか」

「うぅん…」

(いいんじゃない?お父上もそう言ってることだし、何かあっても守れるくらいには強いと思うよ、僕たち)

真の声がする。真も賛成派のようだ。ええい、仕方ない。

「分かりました。でも、本当に危険なことがあったら帰らせます。それでいいですか?」

「はい!頑張ります!」

ダーシーは瞳をキラキラさせて頷いた。

「娘をよろしくお願いします」

父親は深々と頭を下げた。どうにも慣れなくて居心地が悪い。頭を上げるよう再三言ってなんとか頭を上げてもらった。

「じゃあ、明日出発だから、準備をしていてくれ。よろしく、ダーシー」

「よろしくお願いします、リンさん、エレナさん!」

-------

朝。出発の日である。ダーシーの母親が豪華な朝ごはんを作ってくれた。娘の出立祝いだろう。トーストの上に目玉焼きを乗せて食べるのが好きなのでそうしていると、エレナが信じられないものを見たような目で見てきたので真似するよう促した。半熟の黄身が垂れないようあたふたしていたが、味は気に入ったようでニコニコしながら食べていた。

さて、出発の時である。ダーシーは急いでかき集めたらしき荷物を背負って玄関先に出てきた。母親は涙ぐんでいる。

「お母さん、泣かないでよ!絶対成長して帰ってくるから!」

「ええ、信じてるわダーシー」

その様子につられて泣きそうになる。親子の愛情というのはどの世界でも共通なのだなと胸に去来するものがあった。

「じゃあ、行ってきます!」

ダーシーは大きく手を振りながら俺たちの後について出発した。

目指す街マンフォードまでは徒歩で約5日といったところらしい。森を抜けて街道に出れば乗り合い馬車などもありはするが、金がかかる。そして俺たちの懐事情は…

「え、お金持ってないんですか!?」

そう、ゼロだ。異世界から来たんだからしょうがないじゃないか。女神が金を持ってないのもどうかと思うが…とエレナをみると、目を逸らして口笛を吹いている。

(エレナさんはなんでお金持ってないの?)

(俗世とは離れた生活をしていたから仕方ないじゃない!女神はクリーンなのよ!)

(ええ…逆ギレ…)

真の呟きに笑みを噛み殺しながら、ダーシーにすっからかんの財布を見せる。

「私も家ではほぼ自給自足生活でお金なんてそんなに持ってないですよ…」

一応ある程度は持たせてくれましたけど、と財布の中身を見せてくる。確かに“ある程度”はありそうだ。

「これは徒歩移動ね」

「そして野宿だな」

「まあ覚悟はしてましたけど…」

食べ物とかどうするんですか、とダーシーが問いかけてくる。ああ、全く考えてなかった。ちょうどよく食べ物になる野生動物がいる訳でもないし、食べられる山菜が見分けられるわけでもない。あれ、これ詰んでないか。

「私、食べられる山菜の見分けつくわよ」

エレナの衝撃発言。ちなみにキノコもいけるわ、と追加情報まで出してきた。

「なんで分かるんだ?」

「私の能力のひとつに、“世界の図書館”にあるすべての知識にログイン出来るっていうのがあるのよ。それを使えば山菜やキノコの判別なんて簡単だわ」

「さすが女神、チートだな」

「ちーとってなんですか?」

ダーシーはチートという言葉を知らないらしい。世界が違うわけだから言葉の普及率も違って当然か。

「チートってのは…なんだろうな…とにかくすごいってことだな」

(兄さん…あんまり分かってなかったんだね…)

真の声に悲哀が滲んでいるような気がするが無視する。なんとなくニュアンスが分かっていればいいじゃないか。

「じゃあとにかくご飯は山菜とキノコだな…探しながら進むか」

(知識があってもキノコの見分けとかプロじゃないと難しいと思うんだけど…大丈夫?)

(あら、私が失敗するとでも言いたいの?)

(いやまぁ…有り体に言えばそうだね…)

(舐められたものね!絶対大丈夫よ!)

エレナは真に舐められたと憤慨しているが、確かにちょっと不安はある。でも何も手掛かりがない状態で挑むよりはマシだろう。自分に言い聞かせながら進んでいく。

「お金が落ちてたらいいんだがなぁ」

「あはは、そんな上手いこといきませんって」

ここら辺でちょうど良く暴漢が現れてくれたらちょっと迷惑料を拝借することもできるのに…などと考えつつまだまだ進む。森の景色は変わらないため進んだ気がしないのが難点だ。

「おいそこのお前ら!痛い目見たくなかったら金を寄越しな!」

ふとガサガサと音がして5人組の輩が現れた。その時俺たちの心はひとつになった。

「金だ!」

「金だわ!」

(お金だ!)

「お金です!」

輩たちは俺たちの声に一瞬ビクッとしたようだったが、すぐに気を取り直しじりじりと間合いを詰めてくる。

「金だあ?俺たちに懸賞金がかかってることを知っているようだな!なおさら逃がせねえ」

「なんてナイスタイミングなの!」

エレナが感嘆の声を上げる。懸賞金がかかってるだなんて、願ってもない話だ。

「リン、ちゃちゃっとやっつけて懸賞金をゲットよ!」

エレナはノリノリで言う。

(兄さん、試したいことがあるんだけど)

(なんだ?)

(僕も戦ってみたいんだ。いいかな?)

真の申し出に一瞬逡巡するも、いいぞ、と返すとふわりと身体が軽くなる。幽体離脱とはこのような感覚だろうか。

「…君たちは僕が相手をするよ」

ちょうど晴れだしね、と真は言うとその辺にあった木の枝を拾い杖のように構えた。

「…“フエゴ”」

そう真が唱えると、輩たちの服に火が付いた。

「“ヴィエント”」

風が巻き起こり、火の勢いが強くなる。輩たちは魔法を使われることを想定していなかったらしく、あたふたとするだけで有効な手立てが打てないようだ。

「クソッ魔法使いかよ…!」

「お頭、どうします!」

「逃げるぞ!」

そんな会話が聞こえてきた。まずい、逃げられる。

「“ムロ・デ・イエロ”」

エレナの声がしたと思ったら、輩たちを囲むように鉄の壁が出来上がった。そうか、エレナも魔法が使えるのか。

輩たちは鉄の壁の中で蒸し焼き状態だ。なす術もないらしい。

「降参!降参だ!」

「このままじゃ死んでしまう!」

エレナが魔法を解除する。輩たちは本当に息も絶え絶えといった風情で白旗を上げていた。

「“ソーガ”」

真が唱えると、輩たち全員が捕縛される。なんだその呪文?使い勝手良すぎないか。

「じゃあこれを警邏隊にでも引き渡せば懸賞金ゲットね」

「うまくいって良かったよ…兄さん、替わるね」

グイ、と重力に引きずられる感覚を覚えると、俺の身体の制御権は俺に戻っていた。

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