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第1-4話 王の矜持(4)

 閉じてしまった目が、開けられない。

 聖杯をキャッチした勢いで、地面に倒れた。思わず目をつぶってしまった。


 遠くで、大量の水が砕ける音がした。複数の叫び声がする。きっとジェイドたちだ。トオミさんが起こしたあの波に飲まれれば、彼らとてただでは済まないだろう。


 自分はまだなんともない。早く目を開けないと。開けて、みんなを助けないと。

 怖い。目が開けられない。


 手の中に、冷たい器の感触がある。華麗な装飾の、フタのある器――聖杯。第一の神が世界を潤せし、聖遺物。魔王が神となるための、キーアイテム。師匠タージュが称されし、現世に遺る神の器。


 ああ、お師匠様。タージュお師匠様。


 わたしは、あなたのことを知らなさ過ぎる。いまになってそう思う。


 幼い頃は、実の母親のように慕った。お師匠様から「あなたは庵の前に捨てられていた」と聞かされたときは、それなりにショックだった。けれどもお師匠様の態度はいつも変わらなかった。


 つまりは――愛情を注いでくれた。

 文字を教えてくれた。本を読んでくれた。魔法を解き明かしてくれた。薬の作り方を指導してくれた。ともに薬草を摘み、ともにお茶を淹れ、ともに笑い、ともにいてくれた。


 わたしの望んだことを、なんでも教えてくれた。

 ゆえにわたしは、あなたのことを知らずに育ってきた。


 そんな必要がなかったから。いまが幸せだったから。


 お師匠様は、神殿に仕える巫女だったそうですね。聖杯を収めた神殿で、なにが起こったのでしょう。お師匠様はなぜ追放されたのでしょうか。


 もう一度会えたら、あなたのしてきた冒険を聞きたいです。お師匠様。


 わたしにとって、あなたは世界です。お師匠様。

 どうかわたしに、勇気をください。


 目を開ける、小さな小さな勇気を――。



 つづく

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