ジェイドの突き出した剣が、カイルの腹部を貫いた。
「ああ……!」
ジェイドとカイルの姿をまっすぐ見据えながら、ルウルウの瞳から涙が落ちた。
ルウルウは杖をぎゅっと握る。聖杯の魔女タージュが残した、御守りの杖。幾度となくルウルウを支えた杖だ。ルウルウは勇気を振り絞り、ジェイドたちに向かって駆け出した。
「う、あ……ッ!」
カイルが黄金の杖を取り落とした。その口から、ガハッと血を吐く。カイルは膝をつくが、ジェイドが剣から手を引かない。カイルは腹部を貫かれたまま、愕然とした表情でジェイドを見る。
「ジェイ、ド……!」
「ルウルウが、俺にそうしろと――だから、こうする。俺の意志だ」
ジェイドは、ルウルウの意図を汲んでいた。ルウルウが魔法で起こした大波――それによって生まれたスキを突き、カイルを攻撃せよという意図だ。
「はぁ、はぁ……カイル!」
駆け寄ってきたルウルウが、カイルの前で膝をつく。彼の腹部を突いた剣を見て、ルウルウは涙がさらにあふれるのを感じた。
「カイル、お願い、わたしたちの味方になって……!」
「な、にを……?」
「エルフの皆のことは、わたしがなんとかする……! だから、一緒に、魔王と戦って……!」
「はは……ずいぶん、と調子がいいんじゃない……?」
カイルの口から、呆れたような言葉がこぼれる。
膝をついたカイルを見下ろし、ジェイドが冷たい口調で言い放った。
「拒否するなら、ここで死んでもらう」
ジェイドの言葉は脅迫じみている。いまだジェイドの剣は、カイルの体内に潜り込んだままだ。ジェイドがひとひねりすれば、カイルは致命傷を負うだろう。カイルの生殺与奪は、ジェイドの手にかかっている。
「カイル。ここであっけなく死ぬか、生きて俺たちの仲間となるか。ふたつにひとつだ」
あっけなく――という言葉を聞いた瞬間、カイルの肩がびくりと震えた。
「……っ、はぁ……」
カイルの顔色はすでに真っ青だ。いくら剣が腹から抜けていないといえど、カイルが負ったダメージは大きい。いつまでもこうしていられるわけもない。
「…………」
ルウルウがジェイドに視線をやる。ジェイドは厳しい表情で、ルウルウを見返し――カイルにふたたび視線を戻す。
「死ぬか、カイル」
「死……」
カイルの身に、冷酷な選択が落ちかかっている。生か死か。
エルフの少年王の体が、ブルブルと震えだす。
「死にたくない……!」
カイルの口が、その言葉を絞り出した。
「死にたくない、死ねない、こんなところで、死ねない……!」
カイルの紫色の瞳から、涙があふれる。痛みだけではない。哀しみと恐怖が、彼を震わせている。
「みんながいるのに……死ねないよぉ……!」
悔しそうな口調で、カイルは吐き出した。
「カイル」
ジェイドが語りかける。その口調は、わずかに慈悲を帯びたあたたかさがある。
「俺たちもいる。だから」
「……」
「絶対に、なんとかする」
カイルがゆっくり頭をもたげ、ジェイドとルウルウを見た。涙で濡れた、子供のような表情だった。
「たすけ、て……」
カイルの口から、その言葉がこぼれ落ちた。
「水よ、この世をあまねく濡らす――」
ルウルウは詠唱を開始する。
ジェイドが剣の柄を握りしめ、慎重にカイルの腹から抜く。ショートソードのぞっとする冷たさが体から抜けると、カイルが再び血を吐いた。
「我が願いに応え、慈悲なる奇跡を示せ!」
ルウルウは魔力を編み上げ、魔法を放つ。パッとあたりが明るくなる。回復魔法がカイルの体に注がれる。
――初めて、出会ったときのように。
――矢に貫かれた彼を、治療したときのように。
違いがあるとすれば、あのときよりも回復魔法に魔力をこめた。カイルはジェイドによって、致命傷にも近い傷を負った。回復魔法を強めなければ、治療はできない。
「……は……」
カイルの肉体がぐらりと傾いで、倒れそうになる。それをジェイドが受け止めた。カイルの腹の傷は、見事に塞がっている。もう痛みもないはずだ。
「これで、君は俺たちの仲間だ」
「ひどいや……旦那……ルウルウ……」
「カイル……!」
ルウルウはカイルの体を抱きしめた。カイルの体を飾っていたアクセサリーが、ほどけて落ちる。黒い岩の地面に、真っ白な真珠がカラカラと転がっていく。
「カイル、カイル……ごめんなさい、わたし、わたし……!」
ルウルウの淡青色の瞳からも、涙があふれた。
「あなたの苦しみ、知らなくて……ごめんなさい……」
「お人好しだなぁ、ルウルウは」
カイルが気だるげに、笑う。自身の血で汚れた口元を、白い袖でぬぐう。
「話さなかった、僕が悪いんじゃないか……」
「まったくだよ!」
ランダたちも、カイルのそばへやってくる。ランダが怒った口調で、カイルに詰め寄る。
「アンタ、これでルウルウに借りができたんだからね! 魔王なんかとは手を切って、ちゃーんとアタシたちに協力しなよ!」
「本当にそうだな」
ハラズーンがカラカラと笑う。
「で? どうやってここから出て、魔王の城へ行くんだい?」
「魔王への道は……開かれるよ。ここへの道が開かれたように」
カイルが言う。
「あなたたちは地底湖に落ちたと思っているだろうけど。ここは同時に、壺中でもある」
「壺中? つまり……」
ジェイドがなにか言いかけたとき、全員に異変が起きた。
体が、ふわりと宙に浮いた。ルウルウが最初に浮いた。次にジェイド、カイル、ランダ、ハラズーンの順で体が浮かぶ。
「おおおっ、なんだこれは!?」
「カイル!」
「僕じゃない……魔王が呼んでるんだ」
宙に浮かんだ全員の周囲を、キラキラと光が舞う。エルフの亡霊たちの光ではない。黄金色に輝く、星屑のような光だ。複数の星がまっすぐに並び、ルウルウたちの周囲を舞っている。
「皆、寄れるか!?」
「近寄るったって、ムリムリムリ! うわわわわっ!」
ジェイドが素早く呼びかけるが、宙に浮いてしまうとなにもできない。ランダが両手をバタつかせても、体はふわふわと空中に浮かんだままだ。水中を泳ぐように、とはいかない。
「あ……っ!?」
ルウルウの体があっという間に高度を上げ、岩の城から離れていく。ジェイドたちも次々と高度が上がり、地底湖から離れていく。
「わあああぁぁ……!」
落ちたときとは逆の感覚。まるで背中をなにかに引っ張られているかのようだ。暗闇の中を、どんどん浮かび上がっていく。ルウルウは、岩の天井にぶつかるかもしれない、と思った。だが体はどこまでもどこまでも浮かんで昇っていく。
「ああぁぁぁぁ……!」
ルウルウはタージュの杖を握りしめた。上も下も見ることができない。暗闇の中、風を切っていく感覚だけがあり――時折、光を感じる。黄金色の、大きな光――まるで月だ。月と星屑の光の中を、ルウルウは昇っていく。
やがて、ルウルウの意識が遠くなった。