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第1-1話 王の矜持(1)

 ジェイドの突き出した剣が、カイルの腹部を貫いた。


 暗澹あんたんたる岩の城。城を取り囲む湖が、カイルの起こす風によって荒れ狂っていた。その風が収まっていく。カイルの魔法が乱れ、霧散する。それにともなって、穏やかになっていく――とは言い難いが、風も波も収まっていく。


「ああ……!」


 ジェイドとカイルの姿をまっすぐ見据えながら、ルウルウの瞳から涙が落ちた。

 ルウルウは杖をぎゅっと握る。聖杯の魔女タージュが残した、御守りの杖。幾度となくルウルウを支えた杖だ。ルウルウは勇気を振り絞り、ジェイドたちに向かって駆け出した。


「う、あ……ッ!」


 カイルが黄金の杖を取り落とした。その口から、ガハッと血を吐く。カイルは膝をつくが、ジェイドが剣から手を引かない。カイルは腹部を貫かれたまま、愕然とした表情でジェイドを見る。


「ジェイ、ド……!」

「ルウルウが、俺にそうしろと――だから、こうする。俺の意志だ」


 ジェイドは、ルウルウの意図を汲んでいた。ルウルウが魔法で起こした大波――それによって生まれたスキを突き、カイルを攻撃せよという意図だ。


「はぁ、はぁ……カイル!」


 駆け寄ってきたルウルウが、カイルの前で膝をつく。彼の腹部を突いた剣を見て、ルウルウは涙がさらにあふれるのを感じた。


「カイル、お願い、わたしたちの味方になって……!」

「な、にを……?」

「エルフの皆のことは、わたしがなんとかする……! だから、一緒に、魔王と戦って……!」

「はは……ずいぶん、と調子がいいんじゃない……?」


 カイルの口から、呆れたような言葉がこぼれる。

 膝をついたカイルを見下ろし、ジェイドが冷たい口調で言い放った。


「拒否するなら、ここで死んでもらう」


 ジェイドの言葉は脅迫じみている。いまだジェイドの剣は、カイルの体内に潜り込んだままだ。ジェイドがひとひねりすれば、カイルは致命傷を負うだろう。カイルの生殺与奪は、ジェイドの手にかかっている。


「カイル。ここであっけなく死ぬか、生きて俺たちの仲間となるか。ふたつにひとつだ」


 あっけなく――という言葉を聞いた瞬間、カイルの肩がびくりと震えた。


「……っ、はぁ……」


 カイルの顔色はすでに真っ青だ。いくら剣が腹から抜けていないといえど、カイルが負ったダメージは大きい。いつまでもこうしていられるわけもない。


「…………」


 ルウルウがジェイドに視線をやる。ジェイドは厳しい表情で、ルウルウを見返し――カイルにふたたび視線を戻す。


「死ぬか、カイル」

「死……」


 カイルの身に、冷酷な選択が落ちかかっている。生か死か。

 エルフの少年王の体が、ブルブルと震えだす。


「死にたくない……!」


 カイルの口が、その言葉を絞り出した。


「死にたくない、死ねない、こんなところで、死ねない……!」


 カイルの紫色の瞳から、涙があふれる。痛みだけではない。哀しみと恐怖が、彼を震わせている。


「みんながいるのに……死ねないよぉ……!」


 悔しそうな口調で、カイルは吐き出した。


「カイル」


 ジェイドが語りかける。その口調は、わずかに慈悲を帯びたあたたかさがある。


「俺たちもいる。だから」

「……」

「絶対に、なんとかする」


 カイルがゆっくり頭をもたげ、ジェイドとルウルウを見た。涙で濡れた、子供のような表情だった。


「たすけ、て……」


 カイルの口から、その言葉がこぼれ落ちた。


「水よ、この世をあまねく濡らす――」


 ルウルウは詠唱を開始する。

 ジェイドが剣の柄を握りしめ、慎重にカイルの腹から抜く。ショートソードのぞっとする冷たさが体から抜けると、カイルが再び血を吐いた。


「我が願いに応え、慈悲なる奇跡を示せ!」


 ルウルウは魔力を編み上げ、魔法を放つ。パッとあたりが明るくなる。回復魔法がカイルの体に注がれる。


 ――初めて、出会ったときのように。

 ――矢に貫かれた彼を、治療したときのように。


 違いがあるとすれば、あのときよりも回復魔法に魔力をこめた。カイルはジェイドによって、致命傷にも近い傷を負った。回復魔法を強めなければ、治療はできない。


「……は……」


 カイルの肉体がぐらりと傾いで、倒れそうになる。それをジェイドが受け止めた。カイルの腹の傷は、見事に塞がっている。もう痛みもないはずだ。


「これで、君は俺たちの仲間だ」

「ひどいや……旦那……ルウルウ……」

「カイル……!」


 ルウルウはカイルの体を抱きしめた。カイルの体を飾っていたアクセサリーが、ほどけて落ちる。黒い岩の地面に、真っ白な真珠がカラカラと転がっていく。


「カイル、カイル……ごめんなさい、わたし、わたし……!」


 ルウルウの淡青色の瞳からも、涙があふれた。


「あなたの苦しみ、知らなくて……ごめんなさい……」

「お人好しだなぁ、ルウルウは」


 カイルが気だるげに、笑う。自身の血で汚れた口元を、白い袖でぬぐう。


「話さなかった、僕が悪いんじゃないか……」

「まったくだよ!」


 ランダたちも、カイルのそばへやってくる。ランダが怒った口調で、カイルに詰め寄る。


「アンタ、これでルウルウに借りができたんだからね! 魔王なんかとは手を切って、ちゃーんとアタシたちに協力しなよ!」

「本当にそうだな」


 ハラズーンがカラカラと笑う。


「で? どうやってここから出て、魔王の城へ行くんだい?」

「魔王への道は……開かれるよ。ここへの道が開かれたように」


 カイルが言う。


「あなたたちは地底湖に落ちたと思っているだろうけど。ここは同時に、壺中でもある」

「壺中? つまり……」


 ジェイドがなにか言いかけたとき、全員に異変が起きた。


 体が、ふわりと宙に浮いた。ルウルウが最初に浮いた。次にジェイド、カイル、ランダ、ハラズーンの順で体が浮かぶ。


「おおおっ、なんだこれは!?」

「カイル!」

「僕じゃない……魔王が呼んでるんだ」


 宙に浮かんだ全員の周囲を、キラキラと光が舞う。エルフの亡霊たちの光ではない。黄金色に輝く、星屑のような光だ。複数の星がまっすぐに並び、ルウルウたちの周囲を舞っている。


「皆、寄れるか!?」

「近寄るったって、ムリムリムリ! うわわわわっ!」


 ジェイドが素早く呼びかけるが、宙に浮いてしまうとなにもできない。ランダが両手をバタつかせても、体はふわふわと空中に浮かんだままだ。水中を泳ぐように、とはいかない。


「あ……っ!?」


 ルウルウの体があっという間に高度を上げ、岩の城から離れていく。ジェイドたちも次々と高度が上がり、地底湖から離れていく。


「わあああぁぁ……!」


 落ちたときとは逆の感覚。まるで背中をなにかに引っ張られているかのようだ。暗闇の中を、どんどん浮かび上がっていく。ルウルウは、岩の天井にぶつかるかもしれない、と思った。だが体はどこまでもどこまでも浮かんで昇っていく。


「ああぁぁぁぁ……!」


 ルウルウはタージュの杖を握りしめた。上も下も見ることができない。暗闇の中、風を切っていく感覚だけがあり――時折、光を感じる。黄金色の、大きな光――まるで月だ。月と星屑の光の中を、ルウルウは昇っていく。


 やがて、ルウルウの意識が遠くなった。

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