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第3-3話 螺旋状の想い(3)

 荒れ狂う地底の中に、ルウルウたちはいた。強風が渦巻き、まるで嵐のようだ。黒い岩の城を取り囲む地底湖は、大波を揺らして波をしぶかせる。


 ルウルウたちは追い詰められていた。

 前方には、強風と大波が荒れ狂う地底湖。

 後方には、強大な魔法を使うであろうエルフの王――カイルティプシ。


 どこにも逃げ場がない。カイルティプシ――カイルはおそらく、ルウルウたちがバラバラにはぐれるように仕掛けてくるだろう。ルウルウだけを魔王のもとへ連れて行くのが、カイルの目的だ。それを思うと、一か八かで湖に飛び込むこともできない。


「あははははははははは……」


 笑っている。エルフの亡霊たちが笑っている。彼らの幽体は青く輝き、渦巻く風に乗って流されている。風の音と彼らが笑う声が重なり、おぞましい音となる。


「どうする、ジェイド!」

「カイルと戦う」


 ジェイドが決断する。非情な決断だが、それしか答えがない。


「ジェイド……」

「ルウルウ、わかってくれ」


 ルウルウは泣きそうな気持ちで、杖を握りしめた。肩の傷跡が、ジンジンとうずく。

 ジェイドはランダに視線をやる。


「ランダ」

「あいよ」


 ジェイドに答えて、ランダが矢筒から矢を抜いた。弓につがえて、城の出入り口へと向ける。暗い。だが弓手の目のよさで、ランダは矢を放った。


「矢避けの奇跡を示せ――」


 城の出口に、カイルの姿があった。おもしろくもなさそうに、カイルはそう唱えた。ランダの放った矢が、スウッと浮き上がってどこかへ飛んでいく。


 しかしそれは目くらましだった。矢を放つと同時に、ジェイドとハラズーンが駆け出している。矢がそれると同時に、ジェイドが剣を、ハラズーンが棍棒を振り上げる。ふたりは同時に、カイルへと武器を叩き込もうとして――。


「愚かな」


 カイルが右手で杖を掲げ、左手を軽く上げる。ジェイドの剣が杖にぶつかる。ハラズーンの顎を、空気の塊が襲った。ハラズーンは顎をしたたかに打たれ、空中で一回転した。地面へ叩きつけられる。


「ぐおおっ!?」

「転がっててよ、ハラズーン」


 カイルが左手でクルリと円を描く。風が起こり、地面に転がったハラズーンをさらに転がす。まるで視えない手が、ハラズーンをつかんで転がしているかのようだ。


 そうしているうちにも、カイルは右手の杖でジェイドの剣技を受けている。ジェイドが剣を引き、ふたたび打ち込む。その一撃を、カイルは杖で受ける。黄金色の杖が剣撃を受けて、火花を散らす。


 カイルが杖を跳ね上げる。ジェイドはふたたび剣を引く。ジェイドは攻めあぐね、カイルから距離を取る。転がされたハラズーンのそばへ駆け寄る。


「立てるか、ハラズーン?」

「うむぅ、大丈夫だ」


 ジェイドとハラズーンをあしらったカイルが、杖を掲げた。鋭く空を切った矢が、カイルの目前で静止する。ランダが新たに放った矢だ。


「チッ、スキができたと思ったのに」

「侮ってもらっては困るなぁ、ランダ」


 カイルの目の前――空中で静止した矢。魔法の風が矢を留めているらしい。


「矢避けの応用で、こういうこともできるんだよ」


 カイルが杖で地面をトンと叩いた。空中で静止していた矢がクルリと回転し、やじりをランダのほうへと向ける。次の瞬間、矢がランダに向かって飛ぶ。


「ハッ!!」


 鋭い矢の一撃を、ランダは転がってかわした。まっすぐ飛んできた矢だ。それで躱せたはずだった。

 ランダをすれすれで逃した矢が、空中でぐるんと回転し、鏃をランダに向けた。


「――ッ!」


 矢の飛ぶ方向が変わり、再びランダを狙う。ランダは飛び下がって避けた。同時に矢の飛ぶ方向が変わる。ランダに襲いかかる。一本の矢が、空中で何度も方向を変えて、襲いかかる。


「なんだい、こりゃ!?」

「風魔法の応用だよ。そら、当たるまで矢は飛ぶよ」


 ランダを執拗に狙う、一本の矢。ランダは歯噛みして避けていたが、らちが明かない。矢が向かってくる――バスッと音がして、ランダの外套を矢が貫いた。


「ランダさん!」

「ええい、大丈夫だよ!」


 ルウルウが悲鳴のように叫んだ。ランダは外套に矢が刺さると同時に、外套で矢を巻き取った。矢にまとわりついていた風が、散じる。矢が動かなくなる。


「カイル、もうやめて!」


 ルウルウは叫んだ。仲間たちが相争うのを、見たくない。正直、そう思った。


「やめてもいいけど、条件がある」


 カイルが答える。


「魔王のところに、ルウルウだけが行くんだ。僕が導いてあげよう」

「それは……」

「魔法使いよ、聞くでない!」


 ハラズーンが怒鳴った。


「魔王のところにひとりで向かって、なにが起こる!? 聖杯がまっこと魔王のものとなり、悪意にまみれた神が生まれるのみであろう!」


 ハラズーンの言うことは正しい。ルウルウだけが魔王のもとに向かったとしたら――タージュの守る聖杯が、ルウルウを鍵として解き放たれる。魔王は聖杯を手に入れ、魔神へと昇華する。悪辣な魔神の手によって、世界に悪意がばらまかれることだろう。


「道化師――否、エルフの王よ、貴様も目を覚ませ!」

「そうだ、カイル。魔王がなぜ、お前の願いを叶えると思う?」


 ハラズーンの言葉に、ジェイドが続けた。

 カイルの表情が一瞬、曇った。


「……そんなこと、考えてないとでも思った?」


 カイルが眉根を寄せたまま、答える。


「魔王は僕の願いを、皆の願いを叶えないかもしれない。エルフは再興なんてできないかもしれない。僕がずっと恐怖してきたことだ。だが――」


 紫色の瞳で、カイルがギッとジェイドを睨む。


「だが叶えるかもしれない。僕はそれにすがるしかない!」

「馬鹿野郎!」


 ジェイドが弾かれたように、カイルと間合いを詰める。ジェイドが剣を振るう。カイルが杖で受ける。何度も火花が散る。


「ああ……!」


 ルウルウは震えていた。おのれの無力さを感じていた。

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