どれくらい歩いただろうか。
飾りけのない岩の城の中を進む。だんだんと入口と現在地の距離を知覚することもできなくなる。
明かりだけがところどころに灯った、黒い岩の城――。
これは墓標なのかもしれない。ルウルウはそう思った。森から出たとき、人々の墓を見たことがある。墓は葬られた人間によって形もさまざまだが――神殿の印を刻んだ墓石が、印象に残っている。
黒い、石だった。
この岩の城は、エルフたちの墓標なのかもしれない。岩に灯る火が、まるで墓守の持つ明かりのようにも見えてくる。
「このさきに、カイルティプシ様はいらっしゃいます!」
ハクームが陽気に告げる。
ルウルウたちの前には、岩でできた扉がそびえ立つ。黒々とした扉は、ピッタリと閉じている。
「行こう、皆」
「うん!」
全員がうなずき、扉に向き直る。
ゴゴゴ……と低い音が響いた。岩の扉が、手もふれずに左右へと開いていく。そういう機構なのか、魔法なのかもしれない。
扉の向こうに、巨大な空間が広がる。黒い岩でできた、玉座の間――明かりだけが岩肌を飾る、虚飾のない場所だった。
はるか先に、岩でできた玉座がある。玉座の背もたれには、螺旋状の模様が描き出された岩が使われている。しかしそれは人の手による装飾ではない。はるか古代に存在したという、巨大な巻き貝が岩となったものだ。玉座として岩を切り出したとき、巻き貝の断面が装飾のように現れたものと推定できる。
そんな玉座に、座っている者がいる。小柄で、耳の尖ったエルフだ。
「カイル……!」
ルウルウはその姿を見て、一瞬ほっとして――そして息を呑んだ。
カイルは道化師の姿ではなくなっていた。まるで古代をモチーフにした絵画にあるような、古典的な長衣姿だ。真っ白な布を幾重にも重ねた、ローブである。
カイルの額と耳には白玉を連ねた装飾品が輝く。装飾品の色合いは、ルウルウの髪に似ている。乳白色で、何色にもきらめくツヤがある――真珠色だ。つまり、丸い海真珠を連ねたアクセサリーであろう。
「真珠の飾り……」
エルフの聖地シュヴァヴ山は、内陸にある森林と山ばかりの土地だ。そんな土地で、海でしか採れない真珠を連ねた飾りを身につけられる者は、限られている。かなりの高位存在――つまりはエルフにおける至尊の位、エルフ族の王である。
「来たんだね、みんな……」
カイル――エルフの王カイルティプシが、語りかけてくる。仲間でいたときと変わらないはずなのに、どこか深みのある声だ。憂いを帯びた声は、いままでのカイルのそれではないようにも聞こえた。
「カイル……」
ルウルウが一歩、前に出る。一刻も早く、カイルに尋ねたい気持ちがはやる。
カイルが左手を前へと差し出した。その動作を見るや、ジェイドが前に出る。ジェイドが剣を抜き、左に払った――同時に金属音が響き、床に矢が叩き落されている。
「さすがだ、ジェイドの旦那」
カイルはいままでと変わらない呼び方で、ジェイドに言う。
カイルの手が差し出された瞬間――どこからか、矢が放たれたのだ。それはルウルウたちを狙っていた。ジェイドがそれを悟って、叩き落とした。
「カイル、貴様ッ!!」
ランダが自身の弓に、矢をつがえる。しかしその前に、ジェイドが背を向けて立ちはだかる。
「ジェイド! どきな!!」
「待ってくれ、ランダ」
ジェイドはランダの前から動かない。ランダが歯噛みして、弓を下げる。
「……カイル、いまのは俺たちを試したんだろう?」
ジェイドの質問に、カイルは答えない。その沈黙には、答えが含まれている。
ルウルウがジェイドの隣に立った。試した――とジェイドは言った。カイルは沈黙で肯定した。ルウルウはそのように感じ取った。
「カイル」
ルウルウはカイルに視線をやる。カイルの紫色の瞳を、見据える。カイルの目元には、真珠に彩られた、深い深い悲しみのようなものが浮かんでいる。
「カイル、なにがあったの?」
ルウルウは自分をもどかしく思った。こんな言葉しか出てこない。カイルの行方不明を皆で心配していたこと、カイルの正体を知って皆で驚いたこと、全部伝えたいが言葉にならなかった。
いまはただ――知りたい。
カイルという者の、本当のところが知りたい。
それは、知ってしまえばすべてが壊れる話なのかもしれない。だが、知らずにはいられない。ルウルウは心臓の音が高まっていくのを感じる。
「カイル」
「そんな顔しないで、ルウルウ」
カイルは静かに応えた。
第3話へつづく