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第2-3話 亡霊の湖(3)

 ルウルウたちは、エルフの亡霊で形成された橋を渡る。同じくエルフの亡霊たるハクームとともに、ハラズーン、ルウルウ、ランダ、ジェイドの順で並んで渡る。ハクームはハラズーンより前にプカプカと浮かびながら、先導する。


 じっとりと暑い、地底湖の上を渡っていく。橋の上はひんやりとしているのが幸いだ。


 やがて全員が、対岸へと至る。黒壇色の岩でできた、城のような場所へ。橋を渡り切ると、前庭のような広場がある。


 そこはまさに城であった。岩場が王宮のようにそびえ立っている。前庭に低木のように突き出した岩々の先端には、不可思議にも火が灯っている。あたりは明るい。


 四人が橋を渡り切ると、橋が霧散していく。青い光の玉たちが、クスクスと笑いながら――ある者は水に落ち、ある者は空中を漂っている。この玉のすべてがエルフの亡霊なのだとしたら、彼らはルウルウたちを見つめようとしているのだ。いまから起ころうとすることを、見届けようとしている。


「カイルティプシ様! カイルティプシ様!!」


 ルウルウたちを先導したハクームが、空中でクルクルと回転しながら、呼びかける。ピコピコと短い手足を動かす。まるで星がしゃべっているようだ。


「ルウルウ様がたをお連れ申し上げました!!」


 ハクームが呼びかけると、岩場にともった火が大きく揺れた。地鳴りとともに、目の前の城に入口が現れる。岩の城に、ぽっかりと入口が形成された。


「さぁさぁ、お入りください! ということだと思います!」

「待て、カイルは中にいるのか?」


 ハラズーンが、ハクームに尋ねた。これが罠だとすれば――という疑念がある。


「はい! カイルティプシ様は玉座の間にてお待ちでございます!」

「玉座の間、ねぇ……」


 ランダが疑わしげにつぶやく。道化師だった彼が、王として君臨している――想像すると、不思議な気持ちになる。


「俺が先に行こう」


 橋を渡るときはしんがりだったジェイドが、申し出る。

 ジェイドを先頭にして、四人は岩の城へと入っていった。


 岩の城の中は――当然ながら、岩でできていた。天然の岩を削ったような、黒い廊下がずっと続いている。岩を使っているところが、ハラズーンの故郷・竜人谷の構造物とよく似ている。


 一方で、城には装飾があまりない。岩を自然そのままにしてある部分も多い。殺風景、と言ってしまってもよいかもしれない。


「なんていうか……飾りけのない城だね」


 ランダが歩きながらつぶやく。先導するハクームが、クルクルと回転する。


「この城に住まうは、カイルティプシ様ただおひとりでございますので」

「アンタたちは住んでない、ってこと?」


 ランダの言葉に、ハクームはクスクスと笑う。


「当然でございます、我らは亡霊でございますので!」


 あの橋の規模を考えると、エルフの亡霊はかなりの数がいるのだろう。だが彼らは城にも住まず、地底湖に沈んでいるようだ。そうするしかないのだろう。


「…………」


 明かりしかない、岩の城――その廊下を歩みながら、ルウルウは考え込んでいる。カイルは、おそらく最初から魔王の手先だった。魔王とのことを隠し、ジェイドに背負われて、ルウルウの家に担ぎ込まれた。


 あの出会いからして、間違っていたのだろうか――。

 そんな気持ちになる。ルウルウは、無意識にジェイドの外套を握る。


「……ルウルウ?」

「間違って、ないよね?」

「どうした?」


 ジェイドが歩みを止め、ルウルウに向き直る。全員が足を止める。ルウルウはうつむいた。


「カイルを助けたの……間違いじゃないよね?」


 初めてカイルと出会ったとき――彼の背には、矢が突き立っていた。瀕死の重傷だった。ルウルウはジェイドに請われて、カイルを治療した。

 あの行為がなければ、今日のような悲しい想いもしなかったのだろうか。ルウルウには自信がない。


「間違っていない」


 ジェイドがはっきりと告げた。ルウルウはジェイドの顔を見上げる。ジェイドの黒い瞳にも、葛藤が見て取れた。それでもジェイドは「間違っていない」とルウルウに告げた。


「傷つき、困った者を助ける。ルウルウのやったことは、何も間違っていない」

「……うん」


 ルウルウは小さくうなずいた。涙があふれそうだ。目頭を熱くする、小さな涙を感じる。


「責められるべきは、俺だ」

「ジェイド……?」

「あいつの正体も知らず、ルウルウのもとへ運んだ。だから――」

「ち、違うよ! ジェイドのせいじゃ、ない……!」


 ルウルウは首を激しく横に振った。


「誰のせいでもないってこったろ?」

「うむ、そのとおりだ」


 ランダとハラズーンが口を挟む。特にランダが呆れたような口調で、ルウルウの鼻先に指を当てる。


「もうすぐカイルに会えそうなんだ、イチャついてる場合じゃないよ!」

「イチャ……?」


 ルウルウがぽかんと口を開け、ハラズーンがブッと吹き出した。

 ジェイドが肩をすくめる。


「ランダ、それはないだろう」

「フン、アタシたちだって仲間なんだからね! ひとり欠けたくらいでメソメソされちゃ困るんだよ」

「……そ、そう、なんでしょうか」


 ランダの刺々しい言葉に、ルウルウはさらにしょげてしまう。ハラズーンがカラカラと笑った。


「ジェイド、ルウルウ、堪忍してやれ。ランダはこれで元気づけようというハラなのだ」

「ハラズーン! 余計なこと言うんじゃないよ!」

「おぬしは道化師のように、とはいかんのう……弓手よ」


 カイルのようにおどけるのが下手だ、とハラズーンは言っている。ランダはむうっとした顔で口をつぐむ。ジェイドが苦笑する。


「すまない。ありがとう、ランダ」


 ジェイドはそのまま、ルウルウの肩をポンと軽く叩く。優しい顔で、ルウルウにほほ笑んだ。黒い瞳で、ルウルウを見つめる。


「ルウルウ、これからなにがあるかは、わからない。だが……」

「だが……?」

「カイルは俺たちの、大切な仲間であることに変わりはない」


 ジェイドの言葉は、ルウルウの心に染み入るようだった。ルウルウのしぼんだ心に、水のように降り注ぐ。


「……うん」


 ルウルウもほほ笑んで見せた。

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