数時間後――。
ルウルウとジェイド、それにランダとハラズーンは歩き出していた。生乾きになった衣服をまとい、地下を流れる水についていくように岸辺を歩いている。カイルはいまだに見つからない。
地底湖の水がなぜ光っているのか、ルウルウにもわからない。魔力を帯びているとすれば、そこに宿る魔力の量はかなりのものだと思う。水すべてを光らせるほどの、大量の魔力――このことを魔王は知っているのだろうか。そう思うと、すこし怖くなる。
軽口を叩く余裕もなく、一行は岸辺を歩いていく。時おり天井が低くなり、道が曲がり、先行きは見えない。どこかで岸辺が途切れてしまえば、それまでだ。地下から脱出する手段も見つからず、全員が全滅するだろう。
それでも希望を失わず、歩き続けたのち――ルウルウたちは開けた場所に出た。
「わぁ……!?」
さきほどの地底湖よりも、ずっと広い空間に水が満ちている。光る水が照らし出す広大な空間――巨大地底湖の中心に、城のような岩場がそびえている。そこに至るには、水を渡るしかないようだ。
「まさか、あれが……」
「魔王の城……!?」
城のような岩場は、おそらく人間の王宮にも匹敵する巨大さがあると推定できる。城の表面には、いくつかキラキラと光るものが見える。窓の明かりのようだ。ただの岩場でないことは明らかだった。
「渡る方法を見つけよう」
「泳いでは……無理だね、さすがに」
城まではかなり距離がある。泳いで渡るのは現実的ではない。
「ルウルウの魔法ではどうにかならぬか?」
ハラズーンが提案する。たしかに、ルウルウの水魔法を使えば、道を作りながら渡ることも可能だろう。水を凍らせながら渡ればよいのだ。
「ダメだ、魔力の消費が多すぎる。それは最終手段にしよう」
しかしジェイドが反対した。たしかに、数百メルテの距離を凍らせながら移動するのは骨が折れる。魔王の城に至ったときに、魔力切れで失神するのは避けたい。
「ここから見えていないだけで、渡る手段はどこかにあるかもしれない。それを探してからだ」
「うん、それがいいと思う」
ジェイドの意見に、ルウルウも賛成した。岸辺が地底湖を囲むようにぐるりと続いている。対岸まで行けば、魔王の城へ渡る方法もあるかもしれない。それを確認せずに水を渡るのは早計だと思われた。
「カイルもどこかに流れ着いているだろう」
全員がうなずき、左手に向かって歩き出す。砂地と岩場を越えながら、ゆっくりと岸辺を回っていく。
「ふぅ……」
歩いているうちに、体力が削られていく。足場は砂地と岩場、けっして歩きやすい場所ではない。砂に踏み込むと、足取りが重くなる。
数百メルテを歩いたところで、全員の足が止まる。疲れた。歩けないような気さえしてくる。
「ちょっと休憩しよう」
「うん……」
ジェイドの言葉に、全員がホッとした。ルウルウはへたりと座り込んだ。ランダやハラズーンも同様だ。
「……暑いな」
空気は寒くない。最初はそれがありがたかったが、徐々に生暖かさが体にこたえるようになっている。体力が奪われ、気力が削がれる。あせる気持ちが、余計に体力を奪うようだった。
そのとき――淡く光る水面が、こぽりと膨れ上がった。
「――!」
ジェイドが即座に反応して剣に手をかける。ランダとハラズーンも構える。
「ま、待って!」
ルウルウが制止の声を上げる。持ち上がった水面がぱかりと割れて、中から淡く光る玉のようなものが出てくる。玉はくるりと回って、短い手足を伸ばした。
「ようこそお越しくださいました」
手足の生えた玉が空中に浮かぶ。玉の中央部には二つの点があり、目のようだ。玉は甲高い声で、ルウルウたちに挨拶した。
「ようこそ、ようこそ、ルウルウ様、ジェイド様、ランダ様、ハラズーン様」
「え、っと……」
ルウルウは困惑しつつ、浮かぶ玉に向かって姿勢を正した。
「こんにちは。あなたは誰ですか?」
「これはこれは、失礼をいたしました」
玉はクルクルと空中で回り、ルウルウの前に飛んでくる。
「わたくしはハクーム。エルフの王家に仕えた者の、魂……いえ、残りカスでございます」
「の、残りカス……?」
ルウルウが困惑して繰り返すと、ハクームと名乗った玉はクスクスと笑った。
「はい。おおよそ千五百年前、この地で栄えたエルフ族は多くが滅びました。いまは皆、亡霊となってこの地底湖で眠っています」
「ハクーム……さん、も亡霊ということですか?」
「はい!」
ハクームは嬉しそうに答えて、空中でクルクルと回る。
ルウルウは彼の目的を尋ねる。
「ハクームさんは、どうしてここに?」
「もちろん! それはお出迎えするためです!」
ハクームははっきりとした口調で言った。
「エルフの王、カイルティプシ様がご帰還なされたので!」
「カイルティプシ……カイル!?」
ルウルウ一行は驚きの声を上げ、ハクームだけがクスクスと笑った。
つづく