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第1-4話 霊域シュヴァヴ山(4)

 数時間後――。

 ルウルウとジェイド、それにランダとハラズーンは歩き出していた。生乾きになった衣服をまとい、地下を流れる水についていくように岸辺を歩いている。カイルはいまだに見つからない。


 地底湖の水がなぜ光っているのか、ルウルウにもわからない。魔力を帯びているとすれば、そこに宿る魔力の量はかなりのものだと思う。水すべてを光らせるほどの、大量の魔力――このことを魔王は知っているのだろうか。そう思うと、すこし怖くなる。


 軽口を叩く余裕もなく、一行は岸辺を歩いていく。時おり天井が低くなり、道が曲がり、先行きは見えない。どこかで岸辺が途切れてしまえば、それまでだ。地下から脱出する手段も見つからず、全員が全滅するだろう。


 それでも希望を失わず、歩き続けたのち――ルウルウたちは開けた場所に出た。


「わぁ……!?」


 さきほどの地底湖よりも、ずっと広い空間に水が満ちている。光る水が照らし出す広大な空間――巨大地底湖の中心に、城のような岩場がそびえている。そこに至るには、水を渡るしかないようだ。


「まさか、あれが……」

「魔王の城……!?」


 城のような岩場は、おそらく人間の王宮にも匹敵する巨大さがあると推定できる。城の表面には、いくつかキラキラと光るものが見える。窓の明かりのようだ。ただの岩場でないことは明らかだった。


「渡る方法を見つけよう」

「泳いでは……無理だね、さすがに」


 城まではかなり距離がある。泳いで渡るのは現実的ではない。


「ルウルウの魔法ではどうにかならぬか?」


 ハラズーンが提案する。たしかに、ルウルウの水魔法を使えば、道を作りながら渡ることも可能だろう。水を凍らせながら渡ればよいのだ。


「ダメだ、魔力の消費が多すぎる。それは最終手段にしよう」


 しかしジェイドが反対した。たしかに、数百メルテの距離を凍らせながら移動するのは骨が折れる。魔王の城に至ったときに、魔力切れで失神するのは避けたい。


「ここから見えていないだけで、渡る手段はどこかにあるかもしれない。それを探してからだ」

「うん、それがいいと思う」


 ジェイドの意見に、ルウルウも賛成した。岸辺が地底湖を囲むようにぐるりと続いている。対岸まで行けば、魔王の城へ渡る方法もあるかもしれない。それを確認せずに水を渡るのは早計だと思われた。


「カイルもどこかに流れ着いているだろう」


 全員がうなずき、左手に向かって歩き出す。砂地と岩場を越えながら、ゆっくりと岸辺を回っていく。


「ふぅ……」


 歩いているうちに、体力が削られていく。足場は砂地と岩場、けっして歩きやすい場所ではない。砂に踏み込むと、足取りが重くなる。


 数百メルテを歩いたところで、全員の足が止まる。疲れた。歩けないような気さえしてくる。


「ちょっと休憩しよう」

「うん……」


 ジェイドの言葉に、全員がホッとした。ルウルウはへたりと座り込んだ。ランダやハラズーンも同様だ。


「……暑いな」


 空気は寒くない。最初はそれがありがたかったが、徐々に生暖かさが体にこたえるようになっている。体力が奪われ、気力が削がれる。あせる気持ちが、余計に体力を奪うようだった。


 そのとき――淡く光る水面が、こぽりと膨れ上がった。


「――!」


 ジェイドが即座に反応して剣に手をかける。ランダとハラズーンも構える。


「ま、待って!」


 ルウルウが制止の声を上げる。持ち上がった水面がぱかりと割れて、中から淡く光る玉のようなものが出てくる。玉はくるりと回って、短い手足を伸ばした。


「ようこそお越しくださいました」


 手足の生えた玉が空中に浮かぶ。玉の中央部には二つの点があり、目のようだ。玉は甲高い声で、ルウルウたちに挨拶した。


「ようこそ、ようこそ、ルウルウ様、ジェイド様、ランダ様、ハラズーン様」

「え、っと……」


 ルウルウは困惑しつつ、浮かぶ玉に向かって姿勢を正した。


「こんにちは。あなたは誰ですか?」

「これはこれは、失礼をいたしました」


 玉はクルクルと空中で回り、ルウルウの前に飛んでくる。


「わたくしはハクーム。エルフの王家に仕えた者の、魂……いえ、残りカスでございます」

「の、残りカス……?」


 ルウルウが困惑して繰り返すと、ハクームと名乗った玉はクスクスと笑った。


「はい。おおよそ千五百年前、この地で栄えたエルフ族は多くが滅びました。いまは皆、亡霊となってこの地底湖で眠っています」

「ハクーム……さん、も亡霊ということですか?」

「はい!」


 ハクームは嬉しそうに答えて、空中でクルクルと回る。

 ルウルウは彼の目的を尋ねる。


「ハクームさんは、どうしてここに?」

「もちろん! それはお出迎えするためです!」


 ハクームははっきりとした口調で言った。


「エルフの王、カイルティプシ様がご帰還なされたので!」

「カイルティプシ……カイル!?」


 ルウルウ一行は驚きの声を上げ、ハクームだけがクスクスと笑った。


 つづく

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