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第1-3話 霊域シュヴァヴ山(3)

 シュヴァヴ山の山裾やますそに、穴が空いた――。


 そうして地中へと落下したルウルウ一行。

 いったいどれくらい落ちていったのか。わからないくらい落ちた、とルウルウは思う。


 どぱ、と音がした。ルウルウの体に衝撃が加わる。全身がグルグルと回転する。急に口の中に生温かいものが流れ込む。体がふわりと浮き上がり、ルウルウは口の中の液体を吐き出した。


「ぷあぁっ!」


 気がつくと、杖を握ったまま水面に浮いている。そう認識すると同時に、体を誰かにつかまれる。


「きゃっ!?」

「落ち着け、俺だ!」

「あ……ジェイド!?」


 ルウルウをつかんでいたのは、ジェイドだ。

 水面が淡く発光しており、たがいの顔がわかるほどに明るい。ジェイドはルウルウを抱えて、泳ぎだした。見れば岸辺があり、ハラズーンやランダが横たわっている。ルウルウは杖を離さないよう、ぎゅっと握りしめた。


「そろそろ足がつく。落ち着いて、岸に上がるんだ」

「う、うん……」


 浅瀬に足をつき、岸辺に上がる。岸辺は、白い砂が堆積した、小さな丘のような場所だ。砂を踏んで陸に上がると、濡れた服が重たくなる。びしょびしょの服をしぼりながら、ルウルウはあたりを見回す。


 ジェイド、ランダ、ハラズーン。三人しか、見当たらない。


「ねぇ、カイルは?」

「わからない」


 ジェイドははっきりと答えた。どうやらカイルが行方不明らしい。


「そんな……!」


 カイルも水に落ちたはずだ。ルウルウは思わず、杖を放りだして水へ入ろうとした。ルウルウの腕をジェイドがつかむ。


「ダメだ、その体ではカイルを見つけても溺れる」

「でも……!」

「ダメだ」


 ジェイドの制止に、ルウルウは泣きそうになった。そこへ、横たわったランダが疲れたように言う。


「ジェイド、もう小一時間は泳いで探してくれてたんだよ……」


 ランダが言うには、ランダとハラズーンを岸辺に上げたのもジェイドらしい。


「そ……そうなの? ジェイド」

「……ああ」


 ジェイドは水の中を泳いで、ランダとハラズーン、そしてルウルウを見つけた。だがカイルだけは見つからなかったようだ。


「ど、どうしよう……!?」

「落ち着け、ルウルウ。ここの水には流れを感じた。別の岸辺に流れ着いた可能性もある」


 ジェイドは小一時間泳いでいたとは思えない、はっきりとした口調で答えた。彼が探して見つからなかったのだ。ジェイドの言う、ほかの岸に流れ着いた可能性に賭けるしかないだろう。


「ルウルウ、ジェイドを休ませてやれ。温かいとはいえ、水に浸かりすぎだ」


 ハラズーンがゆっくりと起き上がる。彼もまた疲れたように頭を振った。

 ハラズーンの言うように、あたりは確かに温かい。水も空気も、凍えないほどの温度を保っている。生温かい地下空間だった。


「全員、服をしばらく乾かそう。残っているものも確かめるんだ」


 上着にしている衣服や鎧を外し、しぼれるものは水分をしぼって、近くの岩場に広げておく。火を焚ければよかったが、あいにく火種がない。武器はそれぞれ手放さずに済んだ。手元に置いておく。食料の入った袋は水没し、中身が濡れてしまっている。もう長くはもたないだろう。


「ふう……」


 軽装になったジェイドがため息をつき、砂地の上に身を投げ出した。疲れ果てた様子だった。ジェイドの隣に、ルウルウも座る。


「ジェイド、ずっと皆を探していたの?」

「ああ」

「……ありがとう」


 水に入り続けたジェイドは、かなり体力を消耗したはずだ。まずは自分たちが回復することが必要だと、ルウルウも思う。回復といっても、ルウルウの魔法でできる回復ものではない。長く休む時間が必要な、体力の回復が求められている。


「カイル、どこに行ったんだろう……」


 カイルを探しに行きたい気持ちはあるが、手がかりがない。淡く光る水面を、ルウルウは見つめる。目の前に広がる、雄大な地下空間。その下半分を満たす、広大な水面――地底湖と呼べる場所だろう、と推測できた。


 地底湖のふちには、砂が堆積し岩場が並ぶ岸辺が続いている。岸辺を伝っていけば、どこかに出るのだろうか。


「…………」


 ルウルウは上を見上げた。落ちてきた穴がどこかにあるはずだが、どこにも見当たらない。かなりの距離を落ちたのだ。もう見えなくて当然かもしれない。

 水面の明るさに助けられているが、もし暗闇だったら誰も助からなかっただろう。


「大丈夫だ、ルウルウ」


 ジェイドが横たわったまま、言う。


「ジェイド……」

「カイルは生きている。この地下からも出る方法があるはずだ」


 ジェイドの言葉を信じたい――とルウルウは思った。彼の言葉が嘘だったことはない。ジェイドは小一時間も水に入って、カイルとルウルウを探してくれていたのだ。彼は信頼するに足る人物だ。彼の言う希望に、ルウルウもすがるしかない。


「しばらく、寝る」


 ジェイドはそう言うと、深くため息をついて眠り始めた。その端正な横顔を見つめて、ルウルウも砂地に横になった。ざらざらした地面は、眠れる場所なのかという疑問がわく。しかしほどなくして、ルウルウはまどろんでいった。

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