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第3-3話 混乱(3)

 ルウルウは走り出した。レークフィア王国の王に向かって、魔物が剣を飛ばしていた。その剣の前に身を躍らせ、ルウルウは国王を守ろうとした。


 一瞬のとき――ルウルウの左肩に、剣が突き刺さる。騎士の剣が、深々と突き立った。


「ああーーーーッ!!」

「ルウルウ!?」


 ジェイドが血相を変えた。おのれを襲っていた杖や剣を叩き落とし、ルウルウのそばへ走る。ルウルウは床に倒れる。起き上がれない。


「ルウルウ! ルウルウ!!」

「う、うう……!」


 ルウルウのまとうドレスに、血が大量ににじんでくる。ルウルウは苦しげに顔をしかめる。傷は痛むというより、熱い。ひどく熱くて、恐怖が心を炙る。なにか言いたいのに、うめき声しか上げられない。


「ルウルウ! しっかりして!!」


 カイルが剣をかいくぐり、ルウルウとジェイドのもとへ走ってくる。


「ど、どうしよう、剣を抜かないと!」

「ダメだ、ここで抜いたら出血がひどくなる! 退避する!」


 ジェイドが撤退の意志を示す。だが宰相の姿をした魔族は、つまらなさそうに鼻で笑った。


「この程度で、逃げ出されては困るのう」


 魔族ディセンは赤黒い瞳で、アッシュを見る。青ざめた顔のアッシュが、ビクリと震える。


「父上……本当に、あなたは……」

「いやいや、喰らったというのは冗談じゃ。肉体はいまもディセンのものよ」


 ディセンの顔で、意外なほど優しい口調で、魔物はアッシュに語りかけた。


「どうじゃ? そこなる剣士ジェイドを見事倒してみせたら、ディセンの肉体を返してやろうではないか。そうしてわしはここを去る。わしが去ればディセンの呪いも解ける……」


 アッシュが息を呑む。彼の腰にはまだ剣がある。それに手を伸ばす。


「耳を貸すでない、近衛騎士団長よ! 魔物の甘言だ!!」


 ハラズーンが叫ぶ。数本の剣を叩いて落とす。

 魔族ディセンが手を差し出す。


「父親を助けたいであろう? 近衛騎士団長」


 にっこりと笑った顔で、魔族ディセンが優しくアッシュに告げる。


「否、我が息子アッシュよ。……助けておくれ?」

「――ッ!」


 アッシュが唇を噛み、剣を抜いた。ルウルウたちに向かって剣を構え、走り出す。


「チッ!」


 ジェイドがショートソードを構え、襲いくるアッシュの剣撃を受ける。火花が散るほどの一撃を防ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。


「アッシュ、落ち着け! よく考えろ!」

「これしか……これしか、我が父を助ける方法は……!」


 ジェイドがなだめようとするが、アッシュは耳を貸さない。騎士の持つロングソードが唸りを上げて、ジェイドに襲いかかる。


「ハァッ!!」

「くぅっ!!」


 ロングソードはジェイドの持つショートソードに比べて、間合いが長く威力も高い。騎士団長の腕前を以てすれば、ジェイドのショートソードを叩き落とすこともできるだろう。ジェイドもそれをわかっており、まともに一撃を受けようとはしない。


「ジェ……イド……」


 ルウルウはかすむ視界で、ジェイドを見た。長身の騎士と相対する、異国の剣士。その姿を見て、ルウルウは涙があふれそうになる。痛みなど大したことはない。ただジェイドが無事であってほしい――そんな気持ちだけがある。


「カイル……ジェイド、に……魔物、弱点……」

「えっ、えっ、ルウルウ、わかるの!?」

「呪い、しるし……呪いじゃ、ない……」


 ルウルウは必死で言葉を紡ぐ。混濁する意識の中、いま思いついたことを伝えようとする。カイルが真剣に耳を傾ける。


「ジェイド! 魔物の弱点……呪いの印だ!」


 カイルが泣きながら叫ぶ。その言葉を聞いて、アッシュの勢いが増した。一閃、ロングソードがジェイドのショートソードを打ち上げる。ショートソードがジェイドの手から離れ、宙を舞った。


「カカカ……!」


 魔族ディセンが勝ち誇った表情を浮かべ――次の瞬間、目を見開いていた。


「な……?」


 ディセンの肉体に、ロングソードが突き立っている。ロングソードの持ち主は、アッシュだ。厳しい表情で、ディセンを見据えている。


「な、にゆえ……ゴホッ」


 魔族は血を吐いた。かの者の肉体――呪いの印がある場所を、ロングソードが貫いている。間違いなく、魔族の弱点を破壊している。


「――熱くなっては、剣を振るえない」


 アッシュの表情は、いつもの飄々としたものではない。苦しみ、絶望し、静かな怒りに染まっている。


「剣を振るうために、冷静になったまでのこと。……父上が、私に教えてくれた。いつでも冷静であれ、と」

「アッシュ……」

「貴様は魔族だ! 父上の仇!!」


 アッシュがロングソードを、魔族の肉体から引き抜いた。大量の血がしぶいて、魔族は倒れる。その肉体が歪んで、悪魔のような姿になる。


「カ、カカ……我が悪意もこれまでか……」


 魔族はおかしそうに笑って、ひとつ目を閉じた。ジェイドはショートソードを拾い、魔族に突きつける。


「待て……魔王様のお言葉を伝える……」

「なんだと?」


 虫の息のまま、魔族は話し始める。ジェイドたちは様子を見るしかない。


「我が側近を倒せし者、我を打倒せんとする者らよ」


 まるでかの者の口が勝手に動いているかのようだ。魔族はメッセージを伝える。


「待っておる。月と星の揃うときまでに、シュヴァヴの山へ入られよ……」

「シュヴァヴ山……?」


 聞き慣れぬ地名だ。だが魔王はシュヴァヴ山で待っている、と伝えている。


「タージュの愛弟子ルウルウ、そしてルウルウに与する者らよ……待っておる」


 そこまで言うと、魔族は事切れた。その肉体が、もろもろと黒い灰になって消えていく。


「ああ……!!」


 アッシュがロングソードを取り落とし、みずからの顔を手で覆って膝をついた。父親の死を知った絶望と、その顔を借りた魔族を倒したという高揚が、同時に彼を襲っているようだった。


「アッシュ殿」

「ジェイド殿……申し訳なかった」

「いや、冷静に剣を振るってくれて、感謝する」


 ジェイドが一礼すると、アッシュは顔を手で覆ったままうなずいた。

 ほどなくしてブラックドッグも倒される。騒ぎは収束しようとしていた。

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