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第3-2話 混乱(2)

「わしも聖杯には手を焼いておるからよ」

「……父上?」


 宰相ディセンの答えに、アッシュがわずかに眉を寄せて父親を見る。父親ディセンは口調を変え、おもしろくなさそうに語る。


「第一の神より地に下されし聖杯。その中にたまる酒水を飲まば、第二の神を超えた存在に昇るという」

「第二の神を超える……魔神を超える、存在」

「だがタージュはみずから身を捨て、その蓋になりよった。わずらわしいこと、この上ない」

「――ッ!」


 ルウルウは宰相の言葉にゾッとする。ジェイドが厳しい表情になり、腰の剣に手を伸ばした。周囲の騎士がどよめいて、ジェイドを取り押さえようと前に出てくる。ランダとハラズーンが騎士たちを止めようと、揉み合いになる。


「まさか、貴殿か!」


 騎士たちと揉み合いになりながら、ジェイドが叫ぶ。


「宰相ディセン、魔族たるは貴殿か!?」

「カカカ」


 宰相ディセンは杖を掲げ、トン、とひとつ床を叩いた。


「見立て誤ったのう、東より来たりし勇士どもよ」


 ディセンの言葉とともに、騎士のひとりがふらりとよろめき、仰向けに倒れる。その耳から黒い光がツタのように伸び、全身を覆っていく。


「な、なんだ!?」

「魔族となる呪いだ! 皆を退避させろ!!」


 貴族たちが当惑する中、ジェイドが叫ぶが――間に合わない。

 黒い光のツタに覆われた騎士が、ごぼりと膨らむ。鎧が弾け飛び、その肉体が巨大な獣に変じていく。複数の頭がある、巨大な猟犬に似た姿だ。


「ブラックドッグ……!?」


 漆黒を帯びた、猟犬型の魔獣。地獄からの使者とも言われる、多頭の猟犬。鋭い爪と牙が黒く光り、よだれを垂らしながら咆哮する。


 ――ガオオオオオオンッ!


「きゃあああああーッ!」

「化け物だ!!」

「に、逃げろ!!」


 魔獣の出現に、貴族たちがパニックを起こす。国王は青ざめて玉座に座り込んでいる。騎士たちが剣を抜いて、魔獣を取り囲む。ジェイドたちは自由になる。


「父上、どういうことです!?」


 アッシュが狼狽した声を上げた。


「父上、か」


 ディセンが含み笑いをする。


「年りて骨ばった身ではあったが」


 宰相の瞳が、赤黒く変色する。そして地の底から響く声で話す。


「存外、美味ではあったぞ」

「喰った、のか!?」


 ジェイドの言葉に、アッシュも青ざめる。


「外道が!」


 ランダが反応した。矢を素早く弓につがえ、ディセンに向かって放つ。ディセンが杖を掲げると、矢が逸れて浮き上がり、天井へと突き立つ。


「チッ、矢避けか!」

「カカカ、あまりこちらに構っておると……」


 ディセンの姿をした魔族が、笑う。同時に、猟犬型魔獣が雄叫びを上げた。魔獣を取り囲む騎士の円陣のうち、目の前にいる騎士に襲いかかる。


「うわぁッ!!」

「慌てるな、応戦しろ!!」


 騎士たちが次々と魔獣に応戦し、怪我をした者を助けて下がる。魔獣は前足と複数の頭を振るって、騎士たちを薙ぎ払おうとする。


 貴族たちは我先にと逃げていき、侍従たちがあとを追うように逃げ惑う。国王もまた近衛騎士に囲まれて退避しようとしている。


「すこし、この国を乱そうか」


 ディセンの姿をした魔族がつぶやく。

 ブラックドッグが吠え立てた。頭を下げると、その背の毛がザワザワと逆立つ。


「あ……っ!」


 ルウルウは反射的に飛び出していた。ブラックドッグの背から、黒い光のツタが射出される。それは国王を狙っている――ルウルウは自身の杖を掲げた。


「水よ、我が願いに応え、飛泉の奇跡を示せ!」


 呪文がルウルウの中で魔力を編み上げる。ルウルウが杖を振り下ろす。同時に大量の水がどこからともなく奔流となって現れ、ブラックドッグに襲いかかる。ブラックドッグの足元がすくわれて、体勢を崩す。射出されたツタが逸れて、玉座のすぐ上の壁へと突き立って消える。


「ほう、それは新たな呪文か」

「っ、はぁ……!」


 ディセンが興味深そうにつぶやく。

 ルウルウはへたり込みそうになったが、耐えた。図書館で学んだばかりの呪文を唱えたためか、体に脱力感が襲ってくる。魔力の消費が多い。


「――ハァッ!!」


 ディセンに向かって、ジェイドがショートソードを振り上げた。ディセンは杖を掲げ、ジェイドの剣撃を防ぐ。火花が散る。ディセンの杖は、ただの老人用の杖ではないようだ。杖の周囲に風が渦巻く。


「カカカ、どうじゃ? 風の防御は、そら、攻撃にも使えるぞい」


 ディセンが右手をかざす。彼の手から杖が離れて浮き上がり、ジェイドに襲いかかる。ジェイドはショートソードで杖の攻撃を防ぐ。まるで剣と剣が交わるように、杖とショートソードが打ち合う。


「チッ、風の力で杖を操っているのか!」


 飛んでくる杖をショートソードで押さえつつ、ジェイドが舌打ちする。


「そらそら、杖一本だけではないぞ?」


 ディセンの口元が邪悪に笑う。左手をかざすと、新たな風が次々と発生して渦巻く。風は騎士たちの手から武器を取り上げ、空中でグルグルと回転させる。そして次々とジェイドやランダ、ハラズーンにも襲いかかる。


「――避けて!!」


 ルウルウは叫んだ。騎士の手から離れた剣の一本が、国王に狙いを定めていた。ルウルウは駆け出した。国王の前に立ちはだかろうとして――そこへ、剣が飛んでくる。

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