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第3-1話 混乱(1)

 数日ののち――ルウルウ一行の姿は、レークフィア王宮の中にあった。


「国王陛下に、お願いしたきことがございます」


 謁見の間で、ジェイドは国王に申し立てた。今日も正装をさせられ、貴族たちが好奇の目でジェイドたちを見ている。近衛騎士団長アッシュの姿は見えない。別の近衛騎士たちが、国王のそばに控えている。


「魔王を追い詰めんとする勇士たちの願いか。申せ」


 多くの貴族が見守る中で、国王は大仰に答える。大国ゆえの様式美といったところだろう。

 ジェイドは一礼して、まっすぐ国王を見る。願いを端的に言う。


「破魔の鏡を、神殿からお借りいただきたい」


 ざわ、と周囲の者たちがどよめいた。国王と神殿が不仲であるのは、周知の事実だ。ジェイドの言う破魔の鏡は、神殿の秘宝である。その秘宝を借りたい――国王に願ったとて、簡単に叶う話とは思えなかった。


「こちらのルウルウに調べさせましたところ、神殿に、魔族の正体を暴くことのできるアイテムがあることがわかりました」


 あれから――ルウルウの調査によって、魔族の正体を暴く秘宝「破魔の鏡」が、神殿に納まっていることが判明した。ルウルウたちは相談して、このアイテムを手に入れられないか、国王に願い出ることにした。


「魔族は狡猾な相手です。破魔の鏡を使うことができれば、魔王を追い詰めることができましょう」


 この申し出は、ルウルウ一行にとって賭けだった。

 もし国王が無理だと突っぱねれば、これ以上できることはないと言って、王宮から出ていける。魔王を退ける旅に戻れる。もし国王が了承すれば、破魔の鏡の力を借りて、魔族をあぶり出すことができる。

 どちらに転んでも、魔王の力を削ぐことができるだろう。


「それは急ぐ話であるか?」

「はい」


 国王が尋ねる。

 ジェイドが肯定し、ルウルウたちもうんうんとうなずいた。


「魔王は、魔族の目を通して大陸中に悪意をばらまいています。我らの申し出も、いつ魔族の……魔王の耳に届くか、わかりません」


 魔王に伝わるかもしれない――アッシュがいないのは幸いだった。彼が魔族であるという疑いを、ルウルウたちはかけている。彼に破魔の鏡のことが伝わるのが遅くなれば、それだけこちらは有利になる。


 いまアッシュはいない。だがいずれ彼の耳には届くだろう。そうなったとき、アッシュがどう行動するかは未知数だ。


「ううむ……」


 国王の表情は、かなり難しいものとなっている。

 破魔の鏡を神殿から借りてほしい――これに対する王の返答だけで、レークフィア王国がざわめくのは目に見えている。


 ジェイドたちが調べたところ、レークフィア王国は大きく国王派と神殿派で分かれている。国王派と神殿派は国の統治をめぐって、静かに対立している。基本的には国王に臣従している貴族たちも、実情は国王派と神殿派に分かれている。ゆえに国王も宰相も、苦労しているらしい。


「……すこし、考えさせてほしい」


 国王の返答はもっともなものだった。ジェイドたちも想定していた答えだ。


「宰相の意見も聞いてみなければ、な」


 国王が続けた言葉に、貴族たちがまたどよめいた。

 宰相は長く呪いに伏せっており、政務に応えられるだけの力はないと思われているらしい。中には宰相が力尽きるのを心待ちにしている者もいるという。これもジェイドたちが集めた王宮の噂だ。噂といえども、嘘とは断じることのできない真実味があった。


 大臣のひとりが進み出る。


「畏れながら、陛下。宰相閣下は伏せっておられますが」

「破魔の鏡のことは、神殿の者どもをも説き伏せねばならぬ。宰相の知恵なくしては乗り切れぬ」


 国王の口調は、長く仕えた臣下を信頼しているかのようだ。

 一方で、宰相は死ぬ前にもうひと仕事してゆけ――という、辛辣な意図も感じる。秘宝を借り受けるという神殿派への借りとなるこの仕事を、上手くこなすために命を使え。そういう国王の意志が感じられた。


「よし、そうと決まれば、宰相に訊かねば。今すぐ――」


 国王がジェイドたちの謁見を切り上げようとした、その時。


「陛下」

「お、おお……!?」


 謁見の間に入ってきた者がいる。レークフィア王国宰相ディセンその人だ。老人用の杖をつき、アッシュがその体を支えている。支えられつつ、宰相はゆっくりと歩んでくる。貴族たちの人垣が割れて、宰相とアッシュは国王の前に進み出る。


「お話、承りました。この老骨がいまだお役に立つのであれば、望外の喜び。しかし……」


 ディセンは痩せ細った指を、ジェイドたちに突きつける。


「感心しませんな、ひとの息子を魔族扱いとは」

「――ッ!?」


 その場にいた全員が、息を呑む。一瞬の静寂ののち、貴族たちがどよめき始める。


「どういうことだ、宰相?」

「そのままの意味でございます。この冒険者たちは、我が息子アッシュが魔族であろうと疑っております」


 国王の問いに、宰相はよどみなく答えた。

 ジェイドがわずかに眉を寄せる。ランダとカイルは渋い顔になり、ハラズーンはあごを掻いている。ルウルウもわずかに青ざめた。一行の目論見が、すべて見破られている。


「我が子にして近衛騎士団長アッシュが魔族である、と? カカカ、おもしろい見立てをしたものだ……」


 宰相はおかしそうに笑った。彼を支えるアッシュの表情は、ほとんど変わっていない。だが視線は鋭い。ルウルウたちを睨んでいるかのようだ。


「お集まりの皆に問う。我が息子アッシュが魔族であるなら、すでに王宮は落ちたも同然。そのようなことがあろうか?」


 宰相が問いかける。近衛騎士団長たるアッシュが魔族であった場合の、最悪の想定を。

 貴族たちは当惑したように顔を見合わせ、ヒソヒソとなにかを話す。そのうちに、大臣のひとりが進み出る。


「畏れながら、陛下、宰相閣下。そのようなことはないと思われます」

「いやいや! そうでないかどうかは、わからぬ!」


 大臣がもうひとり、進み出た。


「魔王と対峙せんという勇士たちの見立てだ。ここは一度、アッシュ殿を謹慎させ、正体を検めてはどうだ!?」

「なんと無礼なことを申されるか! 貴殿、神殿からいくら寄進を受けたのだ!?」

「それはいま関係のある話か!?」


 複数の大臣や貴族たちが、口々に発言し始める。国王派と神殿派に分かれて、好き勝手にたがいをなじり合う。混乱が生じようとしていた。


「あ、あの!!」


 ルウルウは思い切って、声を上げた。心臓がドキドキと早鐘のように打つ。


「さ、宰相様。ご子息を疑ったことは謝ります。ですが……」


 ルウルウにはひとつ、疑問が湧いていた。それを確かめずにはいられない。


「どうやって、わたしたちの考えていることを、知ったのですか?」

「カカカ、それを尋ねるか? 聖杯の魔女タージュの弟子よ」


 宰相ディセンはふたたびおかしそうに笑った。貴族たちの混乱さえ、楽しんでいるかのような態度だ。呪いに長く伏せって落ち窪んだ目が、ルウルウを見据える。


「わしも聖杯には手を焼いておるからよ」


 宰相の答えは、漆黒の意志に満ちていた。

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