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第2-4話 留められて(4)

「ごめん、ルウルウ~~!」


 王宮の客間にて、カイルがルウルウに詫びていた。


「思わず怒鳴っちゃった~! これで変なコトに巻き込まれたらゴメン~~!」

「えっと、カイル……だ、大丈夫だよ!」


 ルウルウはカイルを元気づけるように、明るい口調で励ます。


「アッシュ様だって謝っていたし……うん、しかたないよ!」

「え~~!? あのひと、絶対に根に持つタイプだと思うな~~!!」


 カイルの長い耳殻が、しゅんと垂れた。反省している様子だ。


「大丈夫、カイル。それに……」

「それにぃ?」

「助けてくれて、ありがとう」


 ルウルウが礼を言うと、カイルはきょとんと目を瞬かせた。


 そこへ、ジェイドとランダ、それにハラズーンが戻ってきた。飾った正装のまま、ランダが長椅子に倒れ込んだ。


「あ~~! 疲れた~~!!」


 彼女やジェイドたちは、貴族への挨拶回りに行かされていた。礼儀を要求される場に振り回され、疲労困憊といった感じだ。


「こっちは見世物じゃないっつーの! まったくもう……」

「ランダさん、お疲れ様です」


 ルウルウがランダの背中を撫でる。


「ありがとう……癒やしだね……」

「魔法ではありませんが……」


 ランダはルウルウの治癒魔法のことを言っている。ルウルウは苦笑して、彼女のドレスをゆるめてやる。


 客間付きの侍従が、果実水を持ってやってくる。ブドウや柑橘類の果汁を水で割ったものだ。全員分のグラスに、赤紫色の液体が満たされる。侍従を部屋から下げさせ、ジェイドがグラスを取る。


「とりあえず、今日も無事だったことに乾杯しよう」

「さんせーい……」


 全員が疲れた表情で、乾杯をする。果汁水の入ったグラスに口をつける。甘酸っぱい味が、全員を癒やした。体だけでなく、心もほぐれる気持ちがする。


「ああーッ、ちょっとだけ生き返った!」


 ランダがグラスを置いて、大きく伸びをした。パンツズボンの上から、ふくらはぎを揉む。彼女は底が高い靴を履かされており、脚が疲れるのも無理はなかった。


「ルウルウ、そっちの首尾はどうだい?」

「はい……」


 ルウルウは正直に、起こったことを話した。

 調べ物には大した収穫はなかった。そしてアッシュや宰相、ひいては国王が聖杯を手に入れたがっていることを話す。カイルとアッシュが口論になったことは伏せた。カイルはルウルウを助けてくれたのだから。


「聖杯が政争の材料になっているのか……」


 話を聞き終わったジェイドが、ため息をつく。

 レークフィア王国は大国だ。内部では国王と神殿が、政治をめぐって対立している。国王は、神殿の至宝たる聖杯を手に入れることで、神殿の者たちを抑えようとしている。宰相とその息子たる騎士団長アッシュは、国王の意を受けて動いている。


「だが、聖杯を渡すという約束はしなかったんだな?」

「一緒に考えよう、とは言ったけど……」

「それでいい。約束できることじゃないからな」


 ジェイドの言葉に、ルウルウはホッとした。ルウルウの判断は誤っていなかったようだ。


「もしお師匠様の魂を聖杯ごと取り戻したとして……魂を肉体に戻すまで、聖杯を持って旅をしないといけないかもしれないし……」

「その、タージュ殿の肉体ってのは、どこにあるんだい?」

「魔王のところにあるのか、どこかに隠しているのか……だと思います」


 老賢者アシャはそこまでは告げなかった。ルウルウたちも思い至らなかった。

 ルウルウが悩むと、ハラズーンが口を挟む。


「もし、肉体が失われておったら、どうするのだ?」

「あ……」


 ルウルウは想像する。

 もしタージュの肉体が失われていたら、どうするべきか。肉体がなければ、あのタージュの魂とてこの世に存在し続けられない。いまは聖杯に宿って、必死で聖杯を守っているとしても、いずれ消えてしまうだろう。


「お師匠様が……消える……」


 最悪の想像をして、ルウルウは震えた。師であり養い親たるタージュを、完全に失う。急に足元が崩れるような気持ちになる。不安だ。


「大丈夫、ルウルウ?」

「う、うん……」


 カイルが心配そうに声をかけ、ルウルウはうなずいた。ルウルウは息を整え、考える。あのタージュなら、なにもかも考えていることだろう。打開策だってきっと持っているはずだ。いまは心配しても仕方がない――と、ルウルウは思った。


「お師匠様を取り戻せたら、きっとお師匠様が導いてくれます」

「そうか……そうであるな」


 ルウルウの言葉に、ハラズーンもうなずく。


「ジェイド、そっちはどうだったの?」

「ああ、あまたの貴族たちに挨拶をさせられたが……」


 ジェイドがため息をつき、ランダが横にしていた体を起こす。


「あーりゃダメだね。アタシらを支援してくれそうな、奇特な貴族もいやしない」


 貴族ともなれば、魔王の脅威を理解している者も多いはずだ。そして魔王を退けようとしているジェイドらに支援を申し出てきても、不思議ではない。


 だがレークフィア王国の貴族たちは、物珍しげにジェイドたちを見るばかり。達者な口ぶりばかりで、支援の話を本格的にしようという者はいなかったという。


「だいたい、宰相の呪いを解くにしても……謝礼の話だってまだないんだしね。あっちが助けてくれないなら、アタシらも応じる義理はないんだよ」

「そう……なのでしょうか」


 ルウルウは釈然としない気持ちになる。

 ジェイドが言った。


「魔王の呪いだと判明しているならば、やることはひとつしかない。魔王を退けることだ」

「うん……」

「魔王の居所に関する情報は、いまだ入手できていない。呪いを解くなら、急いで魔王を探しに出るしかないだろう」

「ん、だとしたらさ」


 カイルが口を挟む。


「この国の連中、どうして魔王を探しに行かないんだろう?」

「……それもそうだな」


 ジェイドが考え込む。そしてハッとなにかに気づく。


「まさか、すでに魔族の手が回っているのか?」

「あり得る……ね」


 魔族がレークフィア王国の深い部分に、すでに手を回している――十分にあり得る話だ。


「いままでの出来事から考えると、魔族が何者かに成り代わっている……?」

「宰相は呪いで伏せってるから……王様や、王様の侍従とかに化けてるのかも」


 ジェイドたちは、いままで出会った者を疑っていく。国王や大臣たち、貴族たちを思い出していく。国王の側仕えたちも、できる限り思い出す。


「うーむ。宰相に最も近しいのは……おそらく、近衛騎士団長であろう?」


 ハラズーンの推理に、皆がうなずいた。

 近衛騎士団の団長――アッシュ。国王の側近であり、宰相の息子。美しく流麗な彼が、すでに魔族に入れ替わっているとしたら。彼が国王や宰相を上手く操っていたとしても、不自然ではない。


「こりゃ食わせもんだねぇ」


 ランダが大げさにため息をついた。

 ハラズーンがジェイドに尋ねる。


「どうする、国王に申し上げてみるか?」

「いや、いくら俺たちの言葉でも、証拠もなしに近衛騎士を疑える国王ではあるまい」

「ふむ。宰相も同様であろうな」


 最も信頼する者が、すでに魔族になっている――にわかには信じがたいだろう。明確な証拠を突きつけないかぎり、アッシュを疑うことなどできはしないだろう。


「なんとかして、魔族の正体を暴くしかないが……」


 魔族は狡猾だ。下手に動けば、魔族のほうがより強い一手を打ってくるだろう。

 ジェイドがルウルウに確認する。


「ルウルウ、図書館に出入りできるんだよな?」

「う、うん」

「この国の神殿と王宮。両方の所持する秘宝を調べてくれないか?」

「そっか。秘宝の中に、使えるアイテムがあるかも……!」


 ハラズーンの出身地、竜人谷ルーガノンには秘宝のつまった蔵があった。そこに事態を打開する秘宝が必ずあった。まして大国のレークフィア王国には、より強力な秘宝があったとしても不思議ではない。


「わかった、調べてみる!」


 ルウルウは力強く答えた。自分でできることが判明すると、頭の中がクリアになっていく。やるべきことが見えてくるのは、心強い。


 その夜、ルウルウ一行は平穏に休むことができた。


 つづく

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