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第2-3話 留められて(3)

 アッシュの企みに、ルウルウも気づきつつある。

 アッシュのように王政に携わる者たちは、神殿の者たちよりも先にルウルウ一行をもてなした。ルウルウたちを王宮に留めることに成功した。そうするだけの理由がある。

 彼らは――聖杯を求めているのだ。


「……聖杯が、ほしいのですか?」


 ルウルウがおずおずと尋ねる。アッシュが笑うのをやめて、真剣な表情でうなずいた。


「はい。神殿の者たちを抑えるには、それしかありません」

「どういうことでしょう?」

「聖杯は、神殿にとって唯一無二の至宝です。それが我々の手にあれば、神殿の者たちとて黙らざるを得ない。陛下も、父も……いえ、宰相閣下も、望み通りの政治ができるようになる」


 つまり聖杯を盾にして、王政を進めたいということだ。

 ルウルウはどう答えるべきか、考える。魔王からタージュとともに聖杯を取り戻し、アッシュたちに渡せばいいということだろうか。


「ルウルウを政治利用するつもり?」


 突然、尖った声がルウルウとアッシュに届いた。カイルが渋い顔で立っている。不機嫌そうな顔だ。


「カイル……」

「カイル殿、お目覚めでしたか?」


 アッシュは柔和な言葉をカイルにかける。だがカイルはそれを無視した。


「ルウルウは僕たちと一緒に、タージュ殿を探す。それだけだよ」

「それだけなら、なおさら……タージュ殿とともに聖杯を取り戻し、こちらに渡してほしいものですね」

「約束はできないなぁ」


 カイルが不機嫌そうに、アッシュに答える。


「僕らはタージュ殿を取り戻して、魔王を退ける。聖杯は僕らに必要なものだ」

「ほう?」

「タージュ殿は聖杯とともにある。タージュ殿を取り戻すとき、聖杯とともに新しい旅に出ないといけないかもしれない」


 ルウルウはハッとする。タージュの魂は聖杯とともにある。タージュを完全に取り戻すためには、彼女の魂を肉体に戻す必要がある。そのすべがわかればよい。わからなかったとき――ルウルウたちは、タージュを取り戻すという新たな旅を必要とするだろう。


 カイルは唇を尖らせた。


「だいたい、王政に神殿が邪魔なら、王様がきちんと政治をしないとダメでしょ?」

「これはこれは手厳しい。道化師が政治を語るとは」

「道化師だからだよ。不遜な言葉も、道化師の口から出るなら不敬にならない」


 カイルの紫色の瞳が、厳しく騎士団長を見据える。


「王とは、国の民のため、最善を尽くす存在だ」

「ええ、もちろん」

「でも本当に……聖杯を手に入れることは、民のためになるのかい?」

「どういう意味でしょう?」


 アッシュの口調はとぼけている。


「そのままの意味だよ。神殿の至宝をまるで人質のようにして、平穏な政治ができるとは思えないね」


 神殿と王政が相争えば、単なる権力闘争では済まないかもしれない。襲撃が起こるかもしれない。もっと大規模な戦も起こるかもしれない。


「そういうことじゃなくて、もっとやりようがあると思うけど?」

「ほう――」


 アッシュの瞳が細くなる。カイルを見下ろし、つぶやく。


「エルフが言うと、実感がありますね――」

「……なんだって?」


 カイルの表情が厳しくなる。

 ルウルウはおろおろとカイルとアッシュを見ている。


「知っていますよ。エルフは王を失って久しい種族だと」

「……ッ」


 カイルが息を呑む。


「王を失った……?」

「はい、ルウルウ殿はご存知ないのですか?」


 アッシュが穏やかに笑う。


「第一の神の被造物、美しきエルフ。彼らには王様がいた。だが王が出奔したため、エルフは衰退し、滅び去ろうとしている」

「…………」

「道化師なんて、たいていは人買いに売られた者がなるものです。エルフは身を売らねばならぬほど、落ちぶれてしまっている」

「だまれ!」


 カイルが怒りをこめて怒鳴った。


「王を愚弄するか、無礼な泥の短命種が!」

「フフ、図星だったようだ」


 泥の短命種――エルフが人間を罵倒するときに使う言葉だ。

 ルウルウはカイルがこんなに怒っていることに驚いた。いつもお調子者で臆病な彼に、こんな一面があるとは知らなかった。


 カイルはいまにもアッシュにつかみかかりそうだ。ルウルウは彼の腕をつかんだ。


「や、やめてください、ふたりとも!」

「ルウルウ……」

「アッシュ殿、歓待には感謝します。そしてお力になれないことをお詫びします」


 ルウルウは内心ドキドキしながら、言葉を考える。カイルの前に進み出て、アッシュと対峙する。


「わたしたちでは、宰相閣下の呪いをどうにかするには……魔王を退けるしかないと思います」

「…………」

「ですから、すぐにここを発ちたいと思います」


 アッシュやカイルが言葉を挟まぬよう、ルウルウは一生懸命口を動かす。


「聖杯をお望みであれば、わたしたちの旅が完全に終わってから……一緒に考えたい、です」


 一緒に考える――ルウルウの思いつく、最善の方法だ。聖杯が政争の道具になることは、きっとタージュも望まない。どうすればよいのか、知恵を振り絞って考えるべきだ。ルウルウはそう考えた。


「なるほど」


 アッシュがうなずいた。


「ご無礼、お許しを。貴殿らの思いは理解いたしました」


 アッシュは詫びるように一礼した。

 ルウルウは内心、ホッとする。


「おわかりいただけたのなら……よかったです」

「必ずや、聖杯については一緒に考えましょう」


 アッシュは「一緒に」を強調する。そしてルウルウたちを図書館から出るように促す。

 侍従を呼び寄せ、アッシュはルウルウたちを客間へと連れて行かせた。


「……ふう」


 金髪の騎士団長は、ため息をつく。


「やれやれ、聖杯ひとつ思い通りにならないとは」


 誰もいない廊下でつぶやき、アッシュは自身の父――宰相の元へと戻っていった。

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