翌朝、ルウルウの姿は王宮の大図書館にあった。
「わぁ……」
目の前の光景に、ルウルウは感嘆の声を漏らした。
広大な施設の中に、どこまで行っても書物が並ぶ書架がある。書架は人の背よりも高く、はしごが架けられたものもある。そうした書架を縫うように、司書を担当する役人や宮廷魔術師たちが立ち働いている。
「どうでしょう、カイル殿、ルウルウ殿?」
近衛騎士団長アッシュが尋ねる。
ルウルウはひとりではない。同じく魔法が使えるカイルも来ている。
ジェイドやランダ、ハラズーンたちは別行動だ。彼らは昨日会えなかった貴族たちへの挨拶回りをさせられている。ジェイドはともかく、ランダとハラズーンが出る前からげっそりしていたのが印象的だった。
「すごい……本がこんなにたくさん。初めて見ました」
「ほう?」
ルウルウの答えに、アッシュの片眉が上がる。
「ルウルウ殿は、どうやって魔法を覚えなさったのです?」
「えっと、お師匠様の本を読んで」
「お師匠様……からの手ほどきは?」
「ほとんどありません」
アッシュが驚いたような表情になる。
「なんと! 独りで学ばれたということか! 素晴らしい!」
アッシュの大声に、役人や宮廷魔術師たちが振り返る。誰も口にはしないが、静かにしてほしいという視線に、アッシュは軽く咳払いをした。
「こほん、失礼」
「あの……やっぱり、頼りないですよね?」
ルウルウはおずおずと尋ねた。
彼女は宰相の受けた呪いを解くという、困難な仕事を任された。正式な教育を受けている宮廷魔術師たちでも歯が立たない仕事だ。このような図書館に籠もったところで、魔王の呪いの正体にたどり着ける気はしていない。心苦しい結果になるだろう、という予想もつく。
「いいえ、ルウルウ殿。独学であるからこそ、見える視点があると……私は思います」
アッシュはにっこりと笑った。カイルに向き直る。
「カイル殿も魔法を使うのでしょう? どちらで学ばれたのですか?」
「エルフは魔法を学ばないよ。息をするように知ってるんだ」
「それはそれは」
感心したように、アッシュが軽く手を叩く。
自然と受け入れていたが、エルフがどうやって魔法を学んでいくのか、ルウルウも知らない。カイルの言うとおりであれば、エルフは魔法使いとしてかなり優秀だ。
「でも、回復魔法ができるルウルウと違って、ボクは風魔法――しかも矢避けだけだからね~お役に立てますかどうかぁ~?」
カイルがわざとらしく体をくねらせる。アッシュが苦笑する。
「そうおっしゃらず。期待しています」
アッシュは司書役人に指示をして、ルウルウとカイルを図書館の一室に連れていく。一室とはいえかなり広く、書架に数百冊は本が並んでいる。
司書によれば、魔法に関する書物をまとめてある部屋らしい。この部屋にある書物に、悪しき魔法や呪いに関する記述もあるだろう、とのことだった。
「まとめてある、といっても内容はさまざまでして。いまだ詳しく読み込まれていない書物もあると聞いています」
司書の役人がもみ手をしながら、語る。
「ほかの部屋、たとえば古書の倉庫のような場所にもご案内できますが……」
「いえ、まずはこの部屋で調べてみます」
ルウルウは気合を入れて、部屋に踏み込んだ。カイルもついていく。
部屋の入口で、司書がアッシュに小声で話しかける。
「よいのですか、騎士団長殿?」
「宮廷魔術師たちでは気づかなかったことにも、彼らならば気づくかもしれませんからね」
「左様でございますか」
国を支える宰相の、命の危機である。だが宮廷魔術師たちでは、魔王の呪いに歯が立たなかった。
「……特に、ルウルウ殿ならば」
アッシュの笑っていた目が、真剣味を帯びる。そしてまた笑って、アッシュが部屋の中に呼びかけた。
「夕刻になりましたら、お迎えに上がります。ああ、食事などはお届けしますので、ご安心を」
「わかりました。なにからなにまで、ありがとうございます」
「いいえ。我が父のためのことですから」
そう言って、アッシュは司書とともに退室した。
一方のルウルウは、数冊の魔導書を手に、椅子に座った。小さな椅子とテーブルが用意されている。そこに書物を置くと、軽くホコリが舞い上がった。
カイルもルウルウに指示された数冊の書物を持って、そばにやってくる。
「ルウルウ、どうしたらいい?」
「えっと、まず呪いに関する記述があるか確かめようかと」
「……全部、読むの?」
「もくじがあればそこを読んで……目処を立てたりできるけど。基本は全部読む、かな」
カイルが渋い顔で天井を仰ぐ。
「すごい……手間……!」
「一応、宮廷魔術師さんたちが調べた本の目録ももらってるから。この目録にない本を中心に調べてみるといいかも」
「なるほど……」
ルウルウが持ってきたのは、宮廷魔術師たちが調べきれていない書物ばかりだ。彼らが目をつけないのであれば、取るに足りない内容かもしれない。だが万が一ということもある。
「ジェイドは、数日やってみてダメだったら、別のアプローチをしようって言ってたし」
「あきらめて、読むしかないか~!」
カイルが手首をグルグルと回す。
「よし、いっちょやってやりますかぁ!」
「ふふ、ありがとう。カイル」
ふたりは書物を開き、内容に目を通し始めた。