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第2-1話 留められて(1)

 翌朝、ルウルウの姿は王宮の大図書館にあった。


「わぁ……」


 目の前の光景に、ルウルウは感嘆の声を漏らした。

 広大な施設の中に、どこまで行っても書物が並ぶ書架がある。書架は人の背よりも高く、はしごが架けられたものもある。そうした書架を縫うように、司書を担当する役人や宮廷魔術師たちが立ち働いている。


「どうでしょう、カイル殿、ルウルウ殿?」


 近衛騎士団長アッシュが尋ねる。

 ルウルウはひとりではない。同じく魔法が使えるカイルも来ている。


 ジェイドやランダ、ハラズーンたちは別行動だ。彼らは昨日会えなかった貴族たちへの挨拶回りをさせられている。ジェイドはともかく、ランダとハラズーンが出る前からげっそりしていたのが印象的だった。


「すごい……本がこんなにたくさん。初めて見ました」

「ほう?」


 ルウルウの答えに、アッシュの片眉が上がる。


「ルウルウ殿は、どうやって魔法を覚えなさったのです?」

「えっと、お師匠様の本を読んで」

「お師匠様……からの手ほどきは?」

「ほとんどありません」


 アッシュが驚いたような表情になる。


「なんと! 独りで学ばれたということか! 素晴らしい!」


 アッシュの大声に、役人や宮廷魔術師たちが振り返る。誰も口にはしないが、静かにしてほしいという視線に、アッシュは軽く咳払いをした。


「こほん、失礼」

「あの……やっぱり、頼りないですよね?」


 ルウルウはおずおずと尋ねた。

 彼女は宰相の受けた呪いを解くという、困難な仕事を任された。正式な教育を受けている宮廷魔術師たちでも歯が立たない仕事だ。このような図書館に籠もったところで、魔王の呪いの正体にたどり着ける気はしていない。心苦しい結果になるだろう、という予想もつく。


「いいえ、ルウルウ殿。独学であるからこそ、見える視点があると……私は思います」


 アッシュはにっこりと笑った。カイルに向き直る。


「カイル殿も魔法を使うのでしょう? どちらで学ばれたのですか?」

「エルフは魔法を学ばないよ。息をするように知ってるんだ」

「それはそれは」


 感心したように、アッシュが軽く手を叩く。

 自然と受け入れていたが、エルフがどうやって魔法を学んでいくのか、ルウルウも知らない。カイルの言うとおりであれば、エルフは魔法使いとしてかなり優秀だ。


「でも、回復魔法ができるルウルウと違って、ボクは風魔法――しかも矢避けだけだからね~お役に立てますかどうかぁ~?」


 カイルがわざとらしく体をくねらせる。アッシュが苦笑する。


「そうおっしゃらず。期待しています」


 アッシュは司書役人に指示をして、ルウルウとカイルを図書館の一室に連れていく。一室とはいえかなり広く、書架に数百冊は本が並んでいる。

 司書によれば、魔法に関する書物をまとめてある部屋らしい。この部屋にある書物に、悪しき魔法や呪いに関する記述もあるだろう、とのことだった。


「まとめてある、といっても内容はさまざまでして。いまだ詳しく読み込まれていない書物もあると聞いています」

 司書の役人がもみ手をしながら、語る。


「ほかの部屋、たとえば古書の倉庫のような場所にもご案内できますが……」

「いえ、まずはこの部屋で調べてみます」


 ルウルウは気合を入れて、部屋に踏み込んだ。カイルもついていく。

 部屋の入口で、司書がアッシュに小声で話しかける。


「よいのですか、騎士団長殿?」

「宮廷魔術師たちでは気づかなかったことにも、彼らならば気づくかもしれませんからね」

「左様でございますか」


 国を支える宰相の、命の危機である。だが宮廷魔術師たちでは、魔王の呪いに歯が立たなかった。


「……特に、ルウルウ殿ならば」


 アッシュの笑っていた目が、真剣味を帯びる。そしてまた笑って、アッシュが部屋の中に呼びかけた。


「夕刻になりましたら、お迎えに上がります。ああ、食事などはお届けしますので、ご安心を」

「わかりました。なにからなにまで、ありがとうございます」

「いいえ。我が父のためのことですから」


 そう言って、アッシュは司書とともに退室した。

 一方のルウルウは、数冊の魔導書を手に、椅子に座った。小さな椅子とテーブルが用意されている。そこに書物を置くと、軽くホコリが舞い上がった。


 カイルもルウルウに指示された数冊の書物を持って、そばにやってくる。


「ルウルウ、どうしたらいい?」

「えっと、まず呪いに関する記述があるか確かめようかと」

「……全部、読むの?」

「もくじがあればそこを読んで……目処を立てたりできるけど。基本は全部読む、かな」


 カイルが渋い顔で天井を仰ぐ。


「すごい……手間……!」

「一応、宮廷魔術師さんたちが調べた本の目録ももらってるから。この目録にない本を中心に調べてみるといいかも」

「なるほど……」


 ルウルウが持ってきたのは、宮廷魔術師たちが調べきれていない書物ばかりだ。彼らが目をつけないのであれば、取るに足りない内容かもしれない。だが万が一ということもある。


「ジェイドは、数日やってみてダメだったら、別のアプローチをしようって言ってたし」

「あきらめて、読むしかないか~!」


 カイルが手首をグルグルと回す。


「よし、いっちょやってやりますかぁ!」

「ふふ、ありがとう。カイル」


 ふたりは書物を開き、内容に目を通し始めた。

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