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第1-4話 大都に渦巻く(4)

「弱ったね」


 カイルが言う。

 ルウルウ一行は、王宮の一室にいた。一室、といっても中で部屋が三つに分かれている。入ってすぐは、テーブルや椅子が並ぶ広い部屋だ。その奥に、人数分のベッドが整った部屋があり、もう一室には衣服がずらりと並んでいる。中庭につながる扉もある。


「これは解呪するまで先に進めないんじゃない?」


 豪華な椅子のひとつに座って、カイルが首をかしげる。


「宮廷魔術師たちの歯が立たないのに、僕たちでどうにかなるとは思わないんだけどぉ」

「えっと……ごめん、なさい……」


 カイルの言葉に、ルウルウがしゅんとした。その肩をランダが軽く叩く。


「しょうがないよ、あれはあっちが上手くハメやがったんだ」

「え?」

「あのアッシュという騎士野郎、なかなかやりそうじゃない?」


 ルウルウは頭から疑問符が出ているが、カイルとジェイドは理解した様子だ。

 腕を組んだハラズーンが、ふんす、と息を吐く。


「要するに、我らはどうすればよいのだ?」


 ハラズーンの言葉に、ジェイドが応じる。


「魔王の手がかりだと思って、大人しく解呪の方法を探る。わからなければ、上手くここを抜けて、魔王を探す旅を再開する」

「それっきゃなさそうだね~」


 カイルが両腕を頭のうしろで組んだ。ふああ、と大きくあくびをする。


「ああ~それにしても疲れちゃった~~! 寝ようよ!」

「いいねぇ、アンタは。緊張感がなくて」

「違うよぉ、緊張してたから疲れちゃったの!」


 たしかに、全員疲れているのは否めない。歩きづめだった旅から一転、豪華な服を着させられ、国王や貴族たちに会った。一日で経験するには、多すぎる仕事量だったと思う。


 一行は装飾品を外し、思い思いにベッドに横たわった。

 ルウルウにもすぐに眠気が押し寄せてくる。ウトウトとまどろんだのち、深い眠りに落ちてしまう。それはほかの者とて同様だった。


 何時間、眠っただろうか。

 ふと、ルウルウは目を覚ました。あたりは静かで、真っ暗だ。まだ深夜らしい。


 部屋は暗いが、光が差し込んでいることに気づいた。中庭から、月の光が入ってきている――とルウルウは理解した。


「…………」


 仲間たちを起こさないよう、ルウルウはベッドから出た。中庭に出てみる。春先に咲く花々が、つぼみを膨らませて月明かりに揺れている。


「あ……」


 中庭に、先客がいた。ジェイドだ。彼は東方の衣服のまま、月を見上げている。

 ジェイドの姿を見て、ルウルウは不思議と胸の奥が温かくなるのを感じた。


「起きてしまったか、ルウルウ?」

「あ、うん……自然と目が覚めて……」


 ジェイドのせいで起きたのではない、とルウルウは言っている。ジェイドもそれを理解したようで、穏やかに笑う。


「ねえ、ジェイド」


 ルウルウはジェイドの隣に立った。月を見上げる。月は雲にも隠れず、淡い黄金色に輝いている。その光は、強いようでいて弱々しい。


「東方大陸、ってどんなところ?」

「そうだな……」


 東方大陸。西方大陸――今いる大陸のはるか東にあるという、広大な土地。ルウルウは本の中でしか、その存在を知らない。


「東方大陸には、巨大な帝国がある。たったひとりの皇帝のもとに多種族が集まり、政治をする」

「帝国……」


 地方都市国家や王国とはまた違った形態の国――それが帝国だ。皇帝を頂点として、広大な領地と多種族・多民族で構成される国家だという。


「俺はかつて、皇帝に仕える武官だった。この国でいうところの、近衛騎士のようなものだ」

「近衛騎士……え、じゃあ、とっても偉かったってこと?」

「さてな、どうだろう」


 ジェイドはとぼけた。彼はまったく自分を偉い者だとは思っていない――とルウルウには理解できた。


「皇帝のそばにいると、多くの出会いがあり、別れもあった」


 ジェイドの黒い瞳が、遠くを見ている。月よりももっと遠くを。それは過去に思いを馳せているからだろう。

 ルウルウは尋ねた。


「でも……それならどうして、西方大陸に?」

「おのれの立場が不自由で、息が詰まると思ったときがあって……気がついたら帝都を出奔していた。旅をしてわずかばかり路銀を持ち、西方大陸行きの船に乗ったんだ」


 ジェイドが苦笑する。


「知っているか、ルウルウ? 冒険者という職業は、西方大陸にしかないんだ」

「そうなの?」

「ああ。東方大陸にも似たような生活をしている者はいるが、西方ここよりもずっと身分の保証がない。奴隷以下だと言う者もいる」


 東方大陸は、西方とは違う。言葉も文化も考え方も異なる。それが人々の生き様にも現れてくる。


「俺は代々武官の家の出だったから、皇帝のそばに仕えるにしても、苦労は少なかった。だから、おのれの身ひとつで成した物事がないと思っていた」


 ジェイドの語りぶりからすると、彼は良家の子息だったらしい。武官の才に恵まれ、出世に困難はなく――それがかえって、彼の悩みになっていたようだ。


「だが西方大陸には冒険者という職があるという。身ひとつで英雄にもなれる、素晴らしい自由な生き様だ」

「ジェイドは、冒険者に憧れたの?」

「ああ、自由になりたいと思っていたら、自由になれる職と場所があると知ったんだ」


 どうして自由になりたかったのか――それをジェイドは語らない。

 ルウルウはなんとなく、ジェイドに訊いてみる勇気が出なかった。彼の表情がわずかに切なさを含んでいたからだろう。


「だから必死で言葉を学んで、西方に来た」

「……怖くなかった?」

「ああ、怖くはなかった。後悔はすこしだけ、したが」


 ジェイドも故郷を遠く離れ、旅をしている――そう思うと、ルウルウは心強く感じた。


 つづく

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